第21話

「簡単だ。領主殿を守るだけだ!」


 外で話すコルヴォの声は宿屋の中にまで聞こえて来ており、無事だった宿屋の夫婦と共に、部屋の一室で身を潜めていたセラフィーナの耳にも届いていた。

 そして、その聞こえてきた言葉に、セラフィーナは1人俯いていた。


「……大丈夫ですか? セラフィーナ様」


「っっっ……」


 俯くセラフィーナに、執事のスチュアートが問いかける。

 顔を隠しているが、生まれてからずっと面倒を見ているスチュアートには、セラフィーナがどんな顔をしているのかなんとなく分かる。

 というより、真っ赤になっている耳を見れば他の者でも分かるかもしれない。

 生まれて初めて好いた男性に大切に思われている。

 それがコルヴォにとってどういう意味のものかは分からないが、それでもセラフィーナにとっては嬉しいのだろう。


『……やはり、お嬢様の婚姻は早計でしたな……』


 王家に婚姻を薦められたため相手探しをすることになったが、来たのは昔からローゲン家と魔の森開拓を競い合うカスタール家の3男坊。

 聞いていた噂通りに何もしない彼と結婚してしまい、今さらになって初恋をすることになるとは思いもしなかった。

 コルヴォも結婚しているという話なので彼と結婚することはできないだろうが、好きになった者と結婚するという当たり前の感情を持ったセラフィーナは、今後ジルベルトと結婚したことを深く後悔することになるだろう。

 その時のことを思うと、スチュアートはせめてジルベルトとの結婚だけは止めておくべきだったと心の中で悔いていた。






「チッ! まさかS級のコルヴォがあんな女に心を奪われているなんて……」


 動揺させようと思って、裏ギルドの長はここまで一緒に来たアルヴァ―ロたちの襲撃をコルヴォに伝えたのだが、まさか冒険者仲間よりもセラフィーナを取ると思っていなかった。

 冒険者なら、潰れる寸前の領主1人を守ることに懸命になる必要はない。

 それよりも、仲間である冒険者の方を助けた方が、今後の仕事にとって有利になる。

 それが分からないようなバカがS級になれるわけはない。

 しかし、それでもセラフィーナの方を守るというのはそう受け取っても仕方がない発言だ。


「慌てんなよ。長」


「ステファノ……」


 多くの仲間が殺され慌てている裏ギルドの長とは違い、セラフィーナを追い詰めた巨体の男が話しかける。

 その男の言葉に、長の男は反応する。


「随分減ったな……」


 巨体の男ことステファノは、周囲に転がる仲間たちの死体を眺めつつ呟く。

 仲間が殺されているというのに、その表情は何故か笑みを浮かべている。


「これで俺に入る報酬の額も上がるな……」


「貴様! だから黙って見てたのか!?」


 仲間がコルヴォに攻めかかる中、彼はただ黙って見ていることしかしていなかった。

 それはどうやら、彼らではコルヴォに勝てないと分かっていて見過ごしていたようだ。

 ステファノのその発言を聞いて、長の男は怒りを露わにする。

 今回のことは裏ギルドにとって最重要な案件だ。

 ごろつきと言っても実力はある連中を集めたのは、カスタール家に付いて返り咲くためでもある。

 失敗すれば、出資者であるカスタール家が破滅してしまい、裏ギルドだって存続できなくなるだろう。

 そんな時に自分の報酬を上げることを考えているなんて、非常識極まりない。


「まあ、まあ……。殺された奴らなんて所詮はA級程度。俺に比べりゃ雑魚同然だ。それはコルヴォにとっても同じだろ? だから、こいつらを使ってコルヴォの実力を見極めようと思ったのさ」


「……じゃあ、勝ち筋は見えたのか?」


「当然だ」


 セラフィーナの殺害を邪魔されたため、本来なら自分が真っ先にコルヴォへ攻めかかるつもりでいたが、長が賞金アップを口にしたせいでコルヴォへ一斉に攻めかかるようになってしまった。

 しかし、ステファノはそれを利用することにした。

 S級相手に、どんな武器を使うのか、どんな戦い方をするのかを全く見ないまま挑むのと、少しでも実力を見てから戦うのでは勝率が変わってくる。

 そのため、仲間を見捨ててコルヴォの動きを眺めることにした。

 コルヴォはS級まで上り詰めたような男のため、連中では勝ち目がないことは分かっていた。

 せめて傷でも負わせてくれたらラッキーだと思っていたが、それすらも無理だったようだ。

 攻撃を躱す速度はかなり速い。

 しかし、目で追えるレベルの動きだ。

 それならばなんとかなると、ステファノの中では勝算が見えた。


「だったら、さっさと奴を殺せ!」


「あいよ!」


 集めたごろつきの中でも、最も実力があるステファノ。

 裏ギルドにとって、性格に難があろうとも彼は重要な人物だ。

 彼程の実力なら、まともに依頼達成していればS級になれたはずだ。

 その彼が自信ありげに言うのだから、きっと大丈夫なのだろう。

 仲間を見捨てたことを帳消しにする代わりに、長の男はコルヴォの殺害を期待した。

 長の指示に軽い返事をし、ステファノはコルヴォに向かって歩き出したのだった。


「次はお前か?」


「おぉ、威勢がいいな。雑魚相手に勝ったからって、調子に乗るなよチビ……」


「っ!?」


 敵のトップとそれを守るように立つ火球を放った魔術師の男。

 それとステファノと呼ばれている巨体の男に、コルヴォの実力にビビッて動けなくなっているその他2名。

 冒険者の方にも援護に行かなければいけないと分かったコルヴォにとって、このステファノの相手は望むところだ。

 この中で一番強い彼を倒せば、敵も逃亡を開始するかもしれない。

 セラフィーナの命を狙っておいて逃げられるのは癪に障るが、殲滅よりも乗り切ることが重要だからだ。

 剣を構えようとしていたコルヴォだったが、会話をしている最中だったステファノの体がブレる。

 巨体に似合わぬ速度で、ステファノがコルヴォとの距離を縮めてきたのだ。

 そして、コルヴォに接近したステファノは、大剣を思いっきり振り下ろしてきた。

 その攻撃を、コルヴォは横に跳ぶことで回避した。


「でかい癖に速いな……」


 不意打ちに近い攻撃は失敗したが、ステファノは気にすることなくコルヴォを追いかける。

 かなりの速度で動いているというのに、ステファノが追い付いてくる。

 その動きで、巨体によるパワーに物を言わせた馬鹿ではないことが窺い知れる。

 速度に付いてくるステファノに、コルヴォは感心したように呟いた。


「ハッ! そいつはどうも!」


 動き回るコルヴォに、ステファノは大剣を振り回してくる。

 大きさなどから言って重量のある武器のはずだが、ステファノが使うと普通の剣並みの速度で振られてくる。

 受け損なえば、コルヴォの剣も一発で折られそうだ。

 そのため、コルヴォは剣で受けないように回避に専念する。


「なっ!?」「わっ!?」


「邪魔だ!!」


「「「っっっ!!」」」


 コルヴォは回避をしながら、ビビッて動けずにいた敵の2人の所へと移動する。

 その2人を盾にして、一旦ステファノの攻撃を止めようと考えたのだが、それは全く無駄に終わった。

 盾にしてもステファノの攻撃が止まることはなく、仲間であるはずの2人を斬り殺しつつ攻撃を続けてきた。


『手間が省けたな……』


 逃げるならそれでも良かったが、出来ればこの村に来ている敵は全員始末しておきたい。

 ステファノの攻撃を止めることはできなかったが、余計な敵を始末で来たことをコルヴォは内心で良しとした。


「どうした? 反撃してこないのか?」


 ステファノの中で導き出したコルヴォ攻略のカギは、カウンターの警戒。

 先程の迫り来る敵に対して、コルヴォは自分から攻撃をすることはなかった。

 そのため、コルヴォは敵の攻撃を利用した戦いが得意なのだとステファノは判断したのだ。

 ならば、カウンターに警戒すれば、コルヴォは倒せる。

 何なら、カウンターにカウンターを合わせてやろうと、ステファノは自分から攻撃をすることにしたのだ。


「じゃあ、そうしよう……」


「っ!? 何だ!?」


 自分の問いにコルヴォが返答したと思ったとたん、急に足が動かなくなった。

 突然の出来事に、ステファノは何が起きたのかと慌てる。


「魔法陣!?」


「あっさりかかるなんて、やっぱり見た目通りの脳筋だったな」


 動かなくなった足下を見て、ステファノはようやく何が起きたのか分かった。

 自分の足下に、魔法陣が描かれていたのだ。

 よく考えると、ここは戦い始める前にコルヴォが立っていた場所だ。

 不意打ち紛いに攻撃したことで気が付かなかったが、コルヴォが事前に準備していたようだ。

 まんまと策にハマったステファノに、コルヴォは呆れたように呟いた。

 実力があるのは認めるが、注意力散漫というしかない。

 魔物には通用しても、実力のある人間と戦ったことが無いのではないかと聞きたくなる。


「じゃあな……」


「ま、待て……」


 魔法陣に囚われて、身動きできなくなったステファノに、コルヴォは左手の手の平を向ける。

 そこに魔力が集まっているのを見て、コルヴォが何をするのかを察したステファノが命乞いをしようとしてきた。


“ゴウッ!!”


 命乞いなど聞く気など無く、コルヴォは左手の魔力を強力な火炎へと変化させ放出する。

 その火炎が治まる頃には足元の魔法陣も消え去り、全身黒炭と化したステファノの姿が残っていた。


「全部灰にならなかっただけすごいものだ……」


 形すら残さないつもりで放った火炎だ。

 しかし、その巨体と実力があった分、魔力抵抗力が高かったのかもしれない。

 とは言っても、所詮は炭化した死体に一言呟いて、コルヴォは残っている者たちに目を向けたのだった。


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