第22話
「バカな!? ステファノはS級並の戦闘力を持っているというのに……」
目の前の出来事に、裏ギルドの長は目を見開く。
セラフィーナたちを殺すようにネルチーゾに言われた時、S級のコルヴォまで関わっているのでは難しいのではないかと思っていた。
それでも今回の暗殺依頼を受けたのは、ステファノの存在が大きい。
性格に難があるとは言っても、ステファノはちゃんと実力は示していたため、コルヴォ相手にしてもそう簡単に負けることはないと思っていた。
僅かに実力が足りないとしても、彼を援護する人数を付ければ勝てると踏んでいたというのに、始まってみれば怪我を負わせることなく殺されてしまったのだから、驚くのも無理はない。
「確かにあの巨体での動きとパワーを考えれば、S級になる可能性があっただろう」
策にハマったためにあっさりと勝った形のコルヴォだが、実際戦っていた時は結構焦っていた。
身体強化によるステファノの動きはかなり速く、しかも攻撃の威力もかなり高い。
もしも回避に失敗していれば、コルヴォでも危険だった。
たしかにS級冒険者になれるくらいの実力はあったと言える。
「だが、同じS級だからって、得意不得意がある。ステファノとか言うのは魔物相手の戦いこそ実力を発揮するタイプだろう。しかし、魔物の場合と人間との戦闘は違うものだ。奴が負けたのは、自分より実力が下の者しか相手にして来なかったんだろう」
あの移動速度とパワーなら、魔物相手にかなりの成果を出せるはずだ。
しかし、魔物は大概思考が短絡的なもの。
魔物相手の戦闘ばかりして来たであろうステファノでは、同レベルの戦闘技術を持つ人間を相手にした時それが通用するかはまた別のことだ。
今回の結果を見れば、それは一目瞭然といったところだろう。
「戦い方が読みやすかったしな」
ステファノの攻撃を見て、明らかにカウンターを待っているというのがコルヴォには分かっていた。
そんな相手にまともにカウンターを放てば、怪我をするのは分かり切っている。
そのため、戦闘前から用意していた魔法陣へ誘導して、ステファノを捕縛することにしたのだ。
「それよりも、お前にも証人になってもらおう」
「くっ!」
ここに集まった者たちは、完全にセラフィーナと護送中の犯人を狙ってきた。
ということは、彼らもローゲンで様々な事件を起こした貴族のことを知っているということになる。
ならば、彼らも捕まえて調査員に差し出せば、信憑性も上がるというものだ。
背後に隠れるようにして指示を出していたこの男なら、多くのことを語ってくれそうだ。
自分へと近付いてくるコルヴォに対し、裏ギルドの長は冷や汗を掻きつつ後退りした。
「おいっ! お前何とかしろ!」
「む、無茶言うな! あ、あんな化け物の相手ができない! 俺は降りる!」
恐れを成した裏ギルドの長は、目の前に立つ魔術師の男にコルヴォの相手を指示する。
しかし、魔術師の男はここまでのコルヴォの戦いを見で完全に戦意を喪失していた。
長の指示に対して、魔術師の男は拒否するように首を振った。
勝てない相手に挑むなんて、死に行けと言ってるようなものだ。
魔術師の男は、長のことを放置して逃げることを決断した。
「ふざけるな!!」
「ぐあっ!!」
カスタール家のネルチーゾのために、どんな相手でも暗殺できる組織を作り上げようとしてきた。
厄介者のこいつらを集めたのもそのためだ。
なのに、S級1人相手に元高ランク冒険者たちが手も足も出ず、勝てないと分かると逃げようとするなんて、これまでのことが全て無駄になってしまう。
そんなこと許せるわけもなく、裏ギルドの長は怒りと共に魔術師の男の背中に懐から取り出した短剣を突き刺した。
「……仲間も手にかけるか。どこまでも腐った奴だな……」
「うるさい! 俺はあの方のために何としてもセラフィーナを殺さなければならないんだ……」
勝てないと分かり逃げるつもりでいた仲間を殺したことに、コルヴォは非難する。
それに対し、魔術師の男を殺した長は息を荒くしつつ返答した。
「カスタール伯のために……」
「っ!!」
頭が真っ白になっていたため、長の男は思わず口を滑らせた。
その声は、小さいながらもコルヴォの耳に入った。
「今なんて言った!?」
「う、うるさい!」
先程の言葉に驚き、コルヴォは長の男に確認する。
しかし、もう我を忘れて半狂乱と化している長の男は、コルヴォに短剣を向けて襲い掛かってきた。
“ドッ!!”
「ぐへっ!」
体ごとぶつかってきた長の男の攻撃を、コルヴォは難なく躱す。
そして、殺さない程度に手加減し、長の男の腹を殴って気を失わせた。
「カスタール……」
気を失った長の男を前に、コルヴォは小さく呟く。
この男はたしかにそう言ったように聞こえた。
懸命に領地を立て直そうと頑張っているセラフィーナに対し、裏で問題事を起こしていたのが自分の実家によるものだということだ。
父は当然として、兄たちはどこまで関与しているのだろうか。
こんなことをして、バレればどうなるかくらいは分かっていたはずだ。
「……今はそれどころじゃない!」
背後の貴族が誰だか分かったのはいいが、まさか自分の父とは思いもしなかった。
分かれば色々と思い当たることが出て来るが、今はそれどころではない。
セラフィーナの安全と、アルヴァ―ロや冒険者たちの援護に行かなければならない。
まずは、セラフィーナ。
そう考え、コルヴォは宿周辺にいる敵たちの殲滅に動き出した。
“コン! コン!”
「っ!!」
宿屋内で警戒しつつ身を潜めていたセラフィーナたちだったが、外の音が静かになった。
自分たちが助かるにはコルヴォにすがるしかない。
セラフィーナの中では、何故だかコルヴォならきっと何とかしてくれるという根拠のない自信が膨れ上がっていて、きっと静かになったのはコルヴォが敵を倒してくれたからだと考えた。
だからと言って、どんな状況になっているのか分からないのにすぐに外に出るようなことはしない。
警戒したまま状況を窺っていると、セラフィーナたちのいる部屋の戸をノックする音が聞こえた。
「領主殿。コルヴォです」
「コルヴォ!!」
ノックをしたのがコルヴォだと分かり、セラフィーナはすぐさま扉を開ける。
そして、コルヴォの姿を見た途端、一気に肩の力が抜けた。
「外は始末し終わりました」
「ありがとう! また助けられたわ」
また助けられて嬉しくなり、セラフィーナは思わず抱きつきたくなる。
しかし、自分の側にはスチュアートたちがおり、コルヴォの背後には傷だらけの兵も控えているため、そんな事をできる訳もなく何とか耐える。
「急いでいるので手短に言います。集団に指示していた者を捕えました。領兵と共に見張っていてください」
「分かったわ!」
顔を合したコルヴォは、早口で説明をする。
その理由は、セラフィーナにも分かっている。
コルヴォが捕まえたという男が、アルヴァ―ロや冒険者たちの方にも刺客を送ったと言っていたからだ。
「私はアルヴァ―ロたちの所へ向かいます!」
「了解よ。気を付けてね」
「はい。では……」
「っ!!」
不利な人数ではあったが、領兵たちは懸命に敵を宿の中に入れまいと頑張った。
怪我をしていたが、何とかコルヴォが来るまで耐えきった。
彼らとセラフィーナなら、捕まえてある長の男を見張っていることはできるだろう。
これでアルヴァ―ロさえ助かれば片が付く。
そのためにも急ぐコルヴォは、セラフィーナの前で転移の魔術を発動した。
「消えた……」
突如姿を消すように、コルヴォは姿を消した。
セラフィーナは呆然とするが、少しして転移魔術だと理解した。
「……やっぱりすごいわね」
「…………」
新たに捕縛した証人と共に驚きを残していったコルヴォに、セラフィーナは思わずため息を吐いた。
その表情は呆れているのか、それともこれだけの実力のあるコルヴォを諦めなくてはならないことを再確認した憂いの表情なのか。
それがどちらなのかは、長年仕えるスチュアートにも分からずじまいだった。
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