第6話
「おぉ、おかえり!」
「……どうも」
シーハ村から帰ったセラフィーナ。
普段は離れの部屋で静かに過ごしている所だが、丁度ジルベルトが朝食を食べ終わった所だったため顔を合わせることになった。
奇特な冒険者によって魔物と戦うようなことにはならなかったが、行き帰り4日の行軍による心労はある。
邸に戻れて一息つきたいところでのジルベルトとの鉢合わせに、セラフィーナに返答は思わず冷たくなってしまった。
「魔物の退治に行ったんじゃなかったかい?」
シーハ村周辺の魔物の討伐を掲げて兵と共に向かったため、帰ってくるならもう少し先のはずだ。
それがこんなすぐに帰ってきたのだから、不思議に思うのも当然のことだろう。
「色々あって早くことが済んだのよ」
「へ~……」
早く帰って来たとを指摘され、セラフィーナはバツが悪そうに返事をする。
遠回しに、遊びに出かけたのかと聞かれているように思えてしまったからだ。
「何にしても無事で何よりだ」
「……カスタール家としては残念じゃないの?」
自分の身を案じるような発言に、セラフィーナは意外に思う。
カスタール家が息子を婿に出してきたのは、ローゲン家が潰れた後の領地が目的なのだろう。
潰れるのが魔物によるものなのか、経済的なものによるのかのどちらかだとしても、少しでも早く手に入れるには、自分が死ぬのが一番速い。
ジルベルトに毒殺させるという手もあるが、そんなことして犯行が露見すればカスタール家へも無関係で済まないだろう。
念のためジルベルトを離れに隔離しているが、やはり何かをしてくる気配はない。
そのジルベルトが自分の安否を気遣っているのが、セラフィーナとしては不思議で仕方がなかった。
「確かに父や兄たちは残念だろうね。私は名ばかりといっても今はローゲン家の人間だからね。父たちの思い通りにいかなくてざまあみろってところかな……」
「…………、そう……」
実家のカスタール家から何か言われて婿入りしたのかと思ったのだが、ジルベルトの言葉を素直に受け取るならどうやら違っていたようだ。
あっけらかんとカスタール家が結婚の裏に隠している企み事を言われて、セラフィーナは拍子抜けしたように固まる。
そんなセラフィーナをそのままにし、ジルベルトはいつものように離れの自室へと向かっていってしまった。
「セラフィーナ様。アルヴァ―ロ殿がいらっしゃいました」
「いつものように応接室へ案内して」
「畏まりました」
帰っても休んでいる暇はないセラフィーナは、着替えてすぐに執務室に入り書類仕事に移った。
そんなセラフィーナの所へ、スチュアートが来訪の報告に来た。
その報告に対し、セラフィーナは応接室に通すように指示し、スチュアートはそれに従った。
今回シーハ村の魔物討伐に出たのは、ここヴィロッカのギルマスであるアルヴァ―ロから受けた報告によるものだ。
結果的に何もせずに帰ってくることになったが、色々と話さなければならないことができた。
そのため、すぐにアルヴァ―ロを呼び出したのだ。
「いらっしゃい。アルヴァ―ロ」
「お招きありがとうございます。セラフィーナ様」
セラフィーナの入室と共に挨拶をすると、案内されたソファーから立ち上がったアルヴァ―ロが挨拶を返してくる。
対面に座ると、セラフィーナはそのまま座るように手で合図する。
それに従い、アルヴァ―ロはソファーへと腰かけた。
「今回は行き違いになってしまい申し訳ありませんでした」
「問題ないわ」
まず初めに、アルヴァ―ロは今回のことを謝罪した。
領主であるセラフィーナへシーハ村の魔物のことを報告したのだが、そのすぐ後にギルドに来た冒険者によって、無駄な行軍になってしまった。
セラフィーナへ魔物討伐完了の報告をするには時間がなく、結局到着することになってしまった。
その謝罪に対し、セラフィーナは首を左右に振って否定する。
何もせずに帰ってきたということで言えば無駄足だったが、無駄だったとは思っていない。
今回のことで、奇特な冒険者の存在を知ることができたのだからだ。
「むしろ、優秀な冒険者派遣してくれて感謝しているわ」
「そう言って頂けるとありがたいです」
行き違いになってしまったのは仕方がないことだ。
別に文句を言うためにアルヴァ―ロを呼んだのではない。
「あなたに来てもらったのは、その冒険者の情報を知りたいと思ったの」
アルヴァ―ロを呼んだのは、これが目的だ。
大量の魔物を1人で倒し、多くの利益を与えてくれた冒険者のことが気になったからだ。
「……う~ん、情報ですか……」
セラフィーナの言葉に、アルヴァ―ロは渋い表情をする。
何か困ったような表情だ。
「個人情報を簡単に言う訳にはいかないでしょうけど……」
「いいえ、そう言う訳ではなく。彼はふらっと現れたものでして、私どももお話しできる情報が少ないのです」
「そう……」
話せないのは、アルヴァ―ロが何か特殊なルートにより依頼したのかと思ったのだが、そうではなくただ情報がないということだった。
その返答に、セラフィーナは残念そうに呟いた。
「話せるのは、彼がしばらくはヴィロッカを拠点にするということと、コルヴォと言う名のS級の冒険者であるということです」
「S級!? そんな存在がここヴィロッカに!?」
「はい」
「そんな冒険者が拠点にしてくれるなんてありがたいわ!」
アルヴァ―ロの情報を聞いて、スチュアートが入れてくれた紅茶をこぼしてしまいそうになるほどセラフィーナは驚きの声をあげる。
S級なんて、存在は知っていてもなかなか会うことができない存在だ。
なんなら、王に拝謁するよりも困難な存在といってもいいくらいだ。
そんな人間がこの赤字の領地に来てくれるなんて、喜ばしい情報だ。
「今回のことで感謝を言いたいわ。会わせてもらうことは可能かしら?」
「それが……、感謝はいらないので、面会するつもりはないそうです」
「……そう」
S級のような貴重な存在は、貴族なら自分の領地に取り込みたいと思うのが当然だ。
しかし、そんな事をして下手に敵対すれば被害を受けるのは自分たちになるため、下手に手出しをしないのが通常だ。
とは言っても、今回のことで感謝の言葉くらいは言いたい。
セラフィーナは面会を取りつけられないか、アルヴァ―ロへ打診した。
だが、今日の朝に依頼達成金を受け取りに来た時、コルヴォはセラフィーナがこう言うと分かっていたためか、先にアルヴァ―ロへ面会拒否の意思を告げていた。
会ってみたい好奇心があったのだが、断られているのでは仕方がない。
セラフィーナは若干気落ちしたように声のトーンが下がった。
「……どういうことかしら? ローゲン家と繋がりがあるというように思えるのだけれど……」
「もしかしたら先代や先々代に関係しているのではないでしょうか?」
コルヴォという冒険者のしていることに、意味があるのだろうか。
倒した魔物の売却金をポンと譲ったり、感謝不要ということは、無関係の相手にはできないことだ。
それゆえ、何かしらローゲン家と繋がりがあるようにセラフィーナが考えこんでいると、側に控えていたスチュアートが話しかけてくる。
「お父様とお爺様? ……そうかもしれないわね。お母様を含めた3人は、孤児院や困窮者に手を差し伸べていたもの……。最近では孤児院へもたいした額を出せなくなっている私が感謝されるようなことはないのだから……」
スチュアートが言うように、多くの者に手を差し伸べていた父や祖父に感謝している人間は少なくないはずだ。
その関係で、コルヴォという冒険者は、資金の提供などをしてくれたのかもしれない。
領主は自分だというのに、今も父や祖父に助けられているのだと思うと、セラフィーナは思わず俯いてしまった。
「っと! 空気が重くなってしまったわね。聞きたいことは聞けたわ。今日はありがとう」
「いいえ。今度は魔物の素材の売却額が出た時に伺います」
「えぇ、よろしく」
出来れば面会したいところだったが、無理強いは良くない。
このヴィロッカを拠点にするという話なのだから、もしかしたら会うこともあるかもしれない。
セラフィーナはその時に感謝を告げることにした。
話が済んだアルヴァ―ロは、コルヴォが倒した魔物の売却額が出た時の訪問を伝え、邸を後にすることにした。
「コルヴォ……、どんな人物なのかしら……」
S級なんて、武に関わる者なら一度は面会したい相手だ。
セラフィーナとしても、出来れば会ってみたいものだ。
そんなまだ見ぬコルヴォという冒険者を想像し、セラフィーナはまた書類仕事へ戻っていったのだった。
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