第14話 生徒会長に偽名がバレる

 あれから5日が過ぎる。

 その間、輝瑠は華月と会おうとするも、運悪く華月と出会う事ができなかった。華月のクラスを尋ねても、校門で待っても、姿を見かけることも出来ずすれ違うばかり。

 まるで神様が華月に会わせないよう邪魔されているかのようだ。それとも華月がそう願って、不思議な力が働いているのか。もしそうなら非常に厄介だ。


「今会っても果たして解決出来るか分からないしな・・・・・・どうしたらいいのか」


 ここずっと、カラオケでの出来事を考えていた。

 以前のように歌うことが出来ず、辛そうな華月。思い通りに歌うことが出来ず、彼女はスランプに陥っているのかと最初輝瑠は思っていた。

 しかし、スランプという理由だけで予兆夢を起こすのだろうか。何か別の理由で華月は苦しんでいるのではと、輝瑠は考えていたけど、全く原因が分からない。少しでも解決出来るヒントがあれば動きやすいのだが。


「何で俺、こんな必死になってんだか」


 明らかに困っている状況で、それでも誰かに助けを求めない人に手を差し伸べるほど、お人好しではない事は自分が理解している。普通なら放って置いてと言われたら、その言葉通り、輝瑠は放って置く。

 正義感に強い性格でもないのに、なぜ輝瑠は悩み苦しむ華月を助けようと必死になっているのか。

 その理由が予兆夢にあった。それが発端となって、予兆夢を見せる人を放って置けなくなった。


(あれさえ無ければ、マシな学校生活になってたんだろうか)


 突っ伏していた輝瑠は顔を上げると、教壇の前で雪美がちょうど連絡事項を話し終わった所だった。


「あー、他に連絡事項はない。ホームルームは終わりだ。・・・・・・っと、愛瀬この後少し職員室へ来い」


 雪美が教室を出て行こうと扉に手を掛けたところで、振り返って輝瑠へ声を掛けた。輝瑠は嫌そうな顔をするが、伝えることだけ伝え、さっさと雪美は教室を出て行った。

 既にクラスは輝瑠の事を気にせず、いくつかの陽キャのグループで放課後の予定を話し合っていた。

 呼ばれ慣れた輝瑠は鞄の中へ適当に必要な教科書を詰めていると、誰かの気配を感じた。顔を上げるとそこに蓮太がいた。


「何かやらかしたのか?」


「なぜ俺がやらかした前提なんだ。そこら辺にいるモブと一緒の俺が、問題を起こすはずがないだろ?」


「輝瑠は普通じゃないからね」


 蓮太が笑うのを見て、不服そうにする輝瑠。


「何か俺に用があるんだよな?」


「まあちょっとね。でも倉知先生に呼ばれてるんじゃ、後ででもいいかな」


「そっか」


 蓮太の用が気になった輝瑠だが、雪美を長いこと待たせると面倒な事になる。それを危惧し、蓮太と別れて早々に教室を出た。

 華月の事も気になっているが、今日も会えないと思って諦めることにした。

 少しして職員室に辿り着く。

 輝瑠は学校の中で職員室があまり好きじゃ無い。

 そこでこっぴどく叱られたとか、苦い思い出があるワケではない。ただ雰囲気とか、大人が大勢いる場所が居心地悪いだけで苦手意識を持っている。とはいえ、学生ならほとんどの生徒が、職員室に苦手意識を持っているはずだ。

 輝瑠は未だに慣れず、緊張しながら職員室の中へ入ると、雪美と目が合った。手招きされて「失礼します」と小さな声を漏らして雪美がいる場所へ歩く。

 周囲の教師からは、またかという空気を感じた。

 そんな問題児を見るような視線を送らないでくれと、輝瑠は不満に思いながら雪美の席へ辿り着く。


「ちゃんと来たみたいだな」


「職員室に呼び出されるような事、俺何もやってないと思うんすけど?」


「職員室に呼び出されたら叱られるとでも思ったのか? 何を勘違いしてるんだ。ちょっと聞きたい事があったんだ」


「聞きたい事ですか?」


 雪美のいつも履いている黒タイツに包まれた足を組んだ。それを合図に口を紡いだ。


「鳴野華月という一年生がいることを知っているな?」


「え・・・・・・?」


 雪美の口から華月の名前を聞かされるとは思わず、眠たげな目が一気に覚めたように目が見開く。


「なぜ私が輝瑠の交友関係を知っているかって顔をしているな。私は色んな生徒を見ているんだ。輝瑠の事は心配だから特に気に掛けている。ここずっと、君は鳴野の事を聞いて回っていただろう?」


「あー・・・・・・」


 心当たりがあった。

 どうにかして華月に会いたい一心で、華月のクラスメイトに何度か尋ねたり、下校中の一年生に尋ねたり。それがおそらく変な噂が流れているのだろう。もしかすると、蓮太の用はその事に関係ありそうだ。


「なぜ輝瑠が鳴野の事を探しているのか、少し考えてたんだ。そして結論は一つしかないと私は思った。ずばり、輝瑠は鳴野の事が気になっている。ラヴなんだって結論に至ったワケだ」


 雪美はドヤ顔で的外れな事を言い出した。

 近くにいた女性の教師からなぜか輝瑠は暖かい視線を向けられた。


「恋バナのために呼び出されたんですか?」


 輝瑠は呆れた顔で言う。


「半分そうだな」


「半分・・・・・・?」


「残り半分は、例の噂が一年生まで広まってしまってな。輝瑠に対して苦情が来たんだ」


「そういう事ですか。一年の教室へ行くなって忠告なんですね」


 輝瑠の言葉に雪美は苦笑した。


「そう気に病むな」


「まあ別にいつもの事ですので気にしていませんよ」


「そうか・・・・・・。けどな、君が気にしなくても、君の事を良く知る人達は快く思わないんだよ。・・・・・・はぁー」


 雪美は足を組み直し、背もたれに背中を預けて、溜まった疲労を吐き出すように吐息が漏れた。


「そんな溜息ばかりしてると幸せと婚期が逃げてーー」


「か、ぐ、る? 何か言ったか?」


「・・・・・・いえ、何も言ってません」


「それで輝瑠は鳴野に告白しようとして探してるのか?」


 話題は恋バナへ戻り、雪美は興味津々な瞳で聞いてくる。


「別にそうじゃないですよ」


 輝瑠は華月に恋を抱いているというワケではない。強いて言えば、月花の歌声に恋していると言っても過言ではない。決して恋慕ではないと強く否定する。


「そうか違うのか・・・・・・。輝瑠がついに恋人が出来ると思ってたんだが・・・・・・。その様子だと、まだ無理そうだな」


「俺より倉知先生の婚期がーー」


 懲りない輝瑠が言葉を続ける途中で、雪美の鋭い拳が腹部へ寸止めされるのを視界に入り、身体が強ばり、冷や汗を掻いた。


「ーーせ、生徒に暴力はどうかと」


「女性に対して失礼な事を言う輝瑠が悪いだろ。それに・・・・・・私だって結婚したいんだぞ!?」


 最後に小声で、雪美の切実な言葉が吐露され、思わず輝瑠の目頭が熱くなった。


雪姉ゆきねえ・・・・・・美人なのに不思議だな」


「輝瑠・・・・・・その言葉、本気にするぞ? この際輝瑠を襲って既成事実を作るぞ?」


「え? 怖い」


 獲物を狙う虎の目をする雪美に射貫かれ、寒気が襲う輝瑠。本当に襲われて既成事実を作られそうで恐怖を感じる。

 心なしか、雪美の瞳にはハイライトが消失しているように見える。

 なぜ雪美が結婚出来ないのか、少しだけ理解した輝瑠であった。

 今度から雪美の前で婚期の話は絶対にやめようと誓った。


「私の事は良いんだ。それより輝瑠だよ。学生の恋愛は学生の間しか体験できない貴重なイベント。それを逃せば大人になったとき、考えてみろ。絶対に後悔するから、マジだぞ?」


 そのセリフから学生時代の雪美は、後悔する学生生活を送っていた事が容易に想像できた。その辺をつつけば、やぶ蛇となると思った輝瑠は雪美の学生時代に触れないようにした。


「俺だって青春を謳歌できるなら味わいたいけど、噂のせいでそれは難しいと思ってる。もう諦めてるよ」


「噂くらいで諦めるな。君の事を分かってくれる人達と青春すればいい。まだ時間も残されているし、今からでも遅くない。この貴重な学生を堪能したまえ若人」


 輝瑠の腕をバシッと叩き、雪美はニヒルを浮かべた。

 今の輝瑠に友人と呼べる人物にあまり心当たりが浮かばず、唯一話しかけてくれる人物は蓮太くらいしかいない。蓮太は輝瑠を友人と認めているが、輝瑠の方はよくわかっていない。

 それから雪美の話は三十分続き、ようやく解放されると思った所で職員室の出入口から「失礼します」とよく通る声が聞こえてきた。その声には聞き覚えがあり、視線が出入口へ向けると、ちょうど女子生徒と目が合った。それからその人はニコッと微笑んだ。

 その女子生徒は輝瑠達の元へ近づいてきて、軽く頭を下げる。


愛瀬君・・・だよね? 入学式の時はありがとね」


「え? あーはい」


 入学式の時と言われて、しばし考える。その入学式があった日、雪美に仕事を強制され、パイプ椅子を片付けたことを思い出す輝瑠。その時に話しかけてきた生徒会長である。

 しかし、生徒会長に輝瑠は田中という偽名を名乗っていたが、さっき生徒会長は『愛瀬君』と言った。なぜ名前を知られているのか。

 ニッコリと微笑む生徒会長だが、その裏には少しだけ怒っているように感じられた。


「輝瑠はサボらずにちゃんと働いてたか?」


「愛瀬君、頑張ってましたよ。あの時は助かっちゃった」


「輝瑠の事だから私がいなくなった後、こっそり帰るんじゃないかと思ってたよ」


「ふふ。愛瀬君が勝手に帰ったり、をついたりする人じゃないですよ。ね、愛瀬君?」


「そ、そうですね」


 生徒会長が口元に手を置いて上品に笑う。

 明らかに生徒会長は、輝瑠が偽名を名乗って嘘をついた事を怒っている。

 その様子を見ていた雪美は肩を揺らして笑いを堪えていた。どうやら輝瑠が生徒会長に、『田中』と名乗った事を雪美は知っているようだ。なら輝瑠の名前を教えたのも雪美だろう。


「生徒会長に偽名を名乗るとはな、田中? くく」


「あの時はすみません、生徒会長」


 素直に謝罪すると、生徒会長は手をぶんぶん振って「もう気にしてないよ」と許してもらった。


「それにしても愛瀬君って噂の事で怖いイメージあったけど、やっぱり噂とは全く違うよね」


「おいおい、生徒会長が噂に流されるなんて良くないぞ?」


「ご、こめんなさい! 噂を信じてたワケではないんですが・・・・・・無意識にそう思ってしまった私が悪いよね」


 素直に頭を下げる生徒会長。


「気にしてないですよ。いつもの事なんで」


 今までそんな態度を取られたことがないため、輝瑠は戸惑いつつ、気にしてないことを告げる。

 頭を上げる生徒会長だが、その顔は未だに申し訳無さそうにしている。いつまでも生徒会長にそんな顔をさせて、居心地が悪いと思った輝瑠は早々に立ち去ろうと。


「倉知先生、もう用事は終わりましたよね?」


「ん? なんだ? 生徒会長と話せるチャンスなんだぞ?」


「仕事の邪魔しちゃ悪いし、倉知先生に用があるみたいですから」


「ふふ、気遣いありがと」


「いえ・・・・・・失礼します」


 二人に見送られながら職員室を出た。

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