第7話 予兆夢再び

 暗闇の中で、寄せては引いていく波の音が鮮明に聞こえてくる。

 輝瑠はゆっくりと目を開くと、茜色の眩い光に半分目を閉ざし、手で光を遮る。

 しばらくして、光で見えなかった周囲の景色を瞳に映す。


「ここは・・・・・・?」


 ベッドで寝ているはずの輝瑠は、いつの間にか浜辺に立っていたようだ。

 それを知った輝瑠は周囲を見渡す。

 左右にはどこまでも続く浜辺、正面は夕日で赤く染める海が広がっている。背後には国道が浜辺と一緒でずっと続いている。自動車が走っている様子もなく、周囲に人の気配も無い。


「・・・・・・またか」


 輝瑠がいる場所が夢の中だと感取した。そして、この夢が輝瑠が見ているワケでは無く、誰かに誘引されて。その夢の主が誰なのか見当はついている。


「関わるなと言われても、やっぱり見て見ぬ振りもできないよな」


 ひとまず輝瑠は目的の人物を探しに歩き始めた。

 波の音は穏やかな音色で奏で続ける。その何度もリピートする音色に、心は落ち着き、何度も聞きたくなるようなリラックスした気持ちになる。

 そう感じるのは、波の音は母親の胎内と似た音をしているらしい。確かにどこか懐かしさがあり、胎内回帰したような安心感がある。

 しばらく歩いていると輝瑠は誰かの視線を感じた。立ち止まり振り返るが、誰もいない。


「鳴野じゃないよな・・・・・・? 気のせいか?」


 人がいるような様子もない。

 輝瑠は思い違いだと思って、再び歩き出す。

 そして、歌声が風に乗って輝瑠の耳に届いた。輝瑠は聞こえた歌声の方へ視界を向ける。そこには最初出会った時の姿で浜辺に座る華月の姿を見つけた。

 最初夢で会ったときと比べ、歌声に覇気が感じられず、随分と印象が違っていた。輝瑠は華月の顔が見える場所まで近づくと、その横顔は哀愁漂う表情をしていた。それに気づいた輝瑠は歩みを止めて、話しかけるのに躊躇した。

 しかし、足音と気配に気づいた華月が振り返った。先ほどの表情から一変して、露骨に嫌な表情で溜息を吐いた。


「どうしてまたあなたがいるのよ」


「俺は君に呼ばれてここにいるんだよ」


「先輩の事なんて呼んでないわよ」


「覚えが無くても、鳴野は無意識に誰かに助けを求めてるんだ。それがなぜ俺なのかわからんけど」


「先輩が言ってた予兆夢ね・・・・・・」


 昼間のように何も話そうとせず、拒絶する華月は海へ視線を戻す。輝瑠もすぐには無理だろうと思っているため、今は無理に聞く事はせず、華月と一緒に海へ視線を移す。

 真っ赤に燃えるような茜色の空。正面には丸い夕日が半分ほど、海の水平線に沈んでいた。さっき輝瑠が見たときと同じ夕日の景色のままである。

 沈黙する二人。

 夢は覚める気配もなく、このまま無言でいる事に輝瑠は居心地が悪かった。

 心を開いてくれるまで、少しでも華月と会話しようと輝瑠は考え、話題を探す。

 輝瑠が横目で華月を見る。

 視線を感じた華月は咄嗟に胸を隠して、獣を見る目で輝瑠をキッと睨む。


「イヤらしい目で見ないでよ。変態、キモい」


「そんな疚しい目で見たわけじゃ・・・・・・。ただ・・・・・・改めてみると鳴野って美少女だよなって思って」


「やっぱりナンパしてるの? 先輩のような変態はお断りよ」


 告白したワケではないのに、振られる輝瑠。なぜか悲しい気持ちになった。


「学校ではあんな地味な格好をしていたのは、目立ちたく無いから?」


「・・・・・・そうよ。それにーー」


 何かを言いかけた華月は、口を閉ざした。


「何でも無いわ」


 会話が終了し、沈黙が訪れる。コミュ力不足の輝瑠では上手く会話を繋げる事はできない。さて、どうしようかと思案して、最初の夢の時やさっきの歌が脳裏に過ぎる輝瑠。


「鳴野は歌が好きなのか?」


「・・・・・・さあ」


 華月は一言曖昧な返事をする。


「歌上手いよな。鳴野の歌声、胸にぐっときて。俺、普段はあんまり曲を聴かないんだが、鳴野の歌声はもっと聴きたいって初めて思ったよ」


「・・・・・・みんなそう言うわ」


「友達にか? まああの歌声なら同じ感想を抱くだろうな。プロ並みの歌声だったし、あんなの聴かされると誰だって聞き惚れるだろ」


 ただ気になることが輝瑠は一つある。

 それは華月の歌声をどこかで聞き覚えがあること。それがどこで聴いたのか思い出そうとしても不明瞭で、思い出すことができない。

 そんなモヤモヤした気持ちでいる輝瑠に、華月が少し驚いた顔をして問いかける。


「先輩、あたしの事気付いてないの?」


「気付くって、どういうこと?」


「・・・・・・別に忘れて」


「余計に気になるんだけど?」


「あっそ」


 素っ気なく答え、結局華月が口にしようとした事を何も聞けなかった。


「なら鳴野の歌を聴きたい」


「嫌よ。そういう気分じゃないし」


 もしかしたら華月の歌を聴けば、モヤモヤが解消されると思っていたが、華月の嫌そうな返事に、輝瑠は残念そうな顔をする。

 それから輝瑠は会話を続けようと色んな話題を振るが、華月がすぐに放り捨てて会話が続かずに終了する。それを繰り返して、輝瑠は浜辺の上で寝転がる。

 夢はまだ覚めず、二人は無言で海に半分沈む夕日を眺める。

 時間は経過しているはずだが、一向に夕日は沈まない。そんな不思議な事に二人は疑問を口にしない。

 ここが夢の中なら、別に不思議に思う事はないだろう。時間が止まったような夢の中、輝瑠はふと小さく呟く。


「もう一度鳴野の歌が聴いてみたいな・・・・・・」


 輝瑠の脳裏に反響する華月の歌声。それをもう一度間近で聴きたいと思った。しかし、さっき断られた以上、何度言ったところで拒絶されるだろう。


「はぁ・・・・・・いつになったらこの夢が覚めるのよ」


 対して華月は輝瑠の呟きを聞いても、疲れた顔をして、早く夢から覚めて欲しいと切望する。


「そういえば現実で、最初会ったときから俺に敬語じゃないよな?」


「先輩が敬うに値しない変態だからよ」


「そっか~。まあそっちの方が親しい関係になれそうだし、いいんだけど」


「・・・・・・それなら敬語で話します」


「そんな無理しなくてもーー」


「先輩とは関わりたくないんです」


 余計な一言を口にしてしまい、輝瑠は失敗したと思った。

 華月と仲良くなるにはまだまだ時間が必要。前途多難だと思う輝瑠は溜息が漏れる。

 これからどうしようか思案する輝瑠は、起き上がって周囲へ視線を走らせた。

 華月には言わなかったが、夕日が沈む気配も無く時間が止まったこの夢自体に、華月の心情が映し出されている。

 沈まない夕日は停滞を表し、未来への不安や恐怖を表す。しかし、それを知った所で根本的に、華月が一体何に悩んでいるか知る必要がある。

 輝瑠は腕を組んで懊悩していると、一瞬だけ目の前が真っ暗になった。

 それはそろそろ夢が覚める前兆である。華月もそれを感じたのか、立ち眩みをしたように額を手で押さえていた。

 そして、最後に華月は言葉を紡いだ。


「先輩、これ以上・・・・・・あたしに関わらないでください。本当に迷惑・・・・・・ですから」


 それを聞いて輝瑠は口を開こうとするが、目の前がテレビの電源が切れたように突然真っ暗になった。

 最後に輝瑠が見たのは、華月の悲しい顔だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る