第8話 取り付く島もない
入学式から一週間が経った。
高校一年と差ほど変化がなく、高校二年に進学しても輝瑠の日常は、代わり映えのない日々を過ごしていた。
学校へ登校してすぐ机に突っ伏して寝てることが多く、休み時間も寝ているか、読書をしている事がほとんど。たまに蓮太に話しかけられ、会話することもあるくらいである。
周囲のクラスメイトは既に新しいグループで談笑し、もう馴染んでいた。まだ輝瑠の噂を気にするクラスメイトはいるが、話題にせず、関わろうともせず、意識的に輝瑠を認識しないようにしていた。
このまま噂が風化してくれれば、周囲からの視線を気にする必要もなく気が楽になるが、未だに裏でヒソヒソと後ろ指をさされたりするから鬱陶しく、余計気になる。
高校二年もこのまま学生らしい青春を謳歌できない事を悟り、輝瑠は既に諦めていた。きっと高校三年も同じ状況が続き、無為な三年間を過ごす事になるだろう。
「俺の青春灰色だな」
ぼっちである事に輝瑠は何も気にしていない。学校生活だけが全てが決まるわけではないのだから。大学生になり、社会人になれば環境も変わり、人付き合いも変わる。そこで相性の合う友人と出会うこともあるだろう。
高校で友達ができなくとも、学生生活が失敗していても、今の輝瑠にはアルバイト先での環境がある。輝瑠の根の葉も無い噂も知らないし、先輩方は優しい人たちばかり。よく話す先輩だっている。
つまり、輝瑠がぼっちで友達がいなくとも、会話する相手が少なからずいる。今ではSNSも発達しているし、学校以外でも友達を作ることだってできる。
ただ輝瑠のコミュ力と行動力が皆無のため、自分の力では友達を作ることが難しく、悲しいことにほぼ他力本願になってしまう。
チャイムが鳴り、ホームルームが終了すると、雪美は業務連絡を一言二言告げて教室を出て行こうとする。引き戸に手を掛けたところで、振り返る。何か言い忘れたことがあるのだろうかとクラスメイトは怪訝な顔をする。しかし、雪美は特に口を開くことは無く、視線がある一点へ止まる。
ちょうど、帰宅しようと輝瑠が鞄を机の上に置いて、雪美が教室を出て行く気配がない事に輝瑠が視線を上げた時である。二人の視線がぶつかった。
「愛瀬は職員室に来るように」
ニッと口角を上げる雪美が、それだけを告げて去っていく。クラスメイトから奇異な視線が向けられる。また何かしたのかという雰囲気が漂うが、それも一瞬の事。すぐに教室内は喧騒に包まれ、各々この後の予定を会話し始めた。そんな青春を謳歌するクラスメイトを尻目に輝瑠は鞄に必要なものを詰める。視界の端に蓮太が友達と談笑する姿を見かけたがそれだけである。
雪美に呼ばれていることもあり、さっさと用を済ませようと周囲の喧騒の中、一人教室を出て職員室へ向かった。
輝瑠が職員室から顔を出して、雪美のいる席へ顔を向ける。すると、雪美と視線が交わり、手招きされる。
近づいてポケットに手を入れて態度悪そうな格好で「なんかようすか?」とメンチを切ってみた。
「輝瑠、制裁付きの説教か、制裁、どちらがいい?」
「どっちも遠慮したいです」
ポケットから手を出して素直に謝罪する。
「昨日の事だ。ちゃんと手伝ってくれたと聞いた。お前のことだから、私が居なくなった後に帰ったんじゃないかと思ったがな」
「そんな事ないですよー」
輝瑠は視線を逸らし、若干カタゴトで口にする。
「おまえという奴は・・・・・・帰ろうと思っていたな? しかし、後が怖いから渋々手伝ったってところだろ?」
輝瑠の考えはお見通しのようで、ぐうの音も出ない。
呆れ顔の雪美は溜息をしつつ、薄い黒のタイツを履いた足を組んだ。妙にエロさを感じるその姿が、雪美に似合っていると感じた。近くにいた男子教師の視線が、雪美の足を一瞥しているのを輝瑠は視認。
「まあ渋々とはいえ、帰らずに手伝った事は評価する。今後も輝瑠には頼み事をするからよろしく」
「そんなの横暴ですよ。身内だからって贔屓はよくないです。俺だって色々と忙しいんですよ」
「バイト以外に何が忙しいことがあるか? ぼっちの輝瑠に放課後の予定なんか無いに等しい」
教師が生徒をぼっち扱いはヒドいと思いながら。
「ありますよ?」
「なら何がある」
「えっと・・・・・・ほら、あれです」
雪美の言うとおり予定はなく、必死に言い訳を探そうと考えるも、雪美の鋭い視線に射抜かれて言い訳が出ない。それに何を言った所で反論される未来しかなかった。
「ないだろ? 家帰ってゲームか、漫画を読むくらいしか輝瑠のやることがない」
「か、勝手な決めつけはよくないですよ」
「まあこれからも何か頼み事があれば輝瑠を使うようにするから、安心しなさい」
「人を便利屋のように使わないでくれませんか?」
「美人な教師に構ってもらえるんだから役得だろ?」
「婚期ーー」
「は?」
余計な事を口にしようとした瞬間、額に怒りマークが浮き出て、マジのトーンで雪美に睨まれる。蛇に睨まれた蛙のように硬直する輝瑠。
「今日これからバイトなんで、これ以上長居はできないんですが・・・・・・」
「そうか。私からの話は以上だ。また何かあったときは呼んでやる。それと堀本とは仲良くな」
「同じバイト仲間だし、仲良くしてますよ」
それだけを言って、輝瑠はすぐに職員室を出た。
昇降口で靴に履き替え、グラウンドからサッカー部のかけ声を聞きながら校門を出る。すると視線の先に華月の後ろ姿が見えた。
入学式の時以来、最後に会話したのは二度目の夢が最後だった。
ここ一週間、別に華月と出会わなかったワケではなかった。たまに見かける機会も多く、話しかけようと近づいた事もあった。しかし、華月の話しかけるなオーラ全開で、声を掛けづらく、逃げるように去って行き、今日まで会話することができないでいた。
見かけた以上話しかけようと思う輝瑠だが、今日はアルバイトがあることもあり、今日の所は話しかけず横を素通りする。
すると、突如手首を掴まれる。
驚愕する輝瑠を余所に、華月がその場から走り出して人気の無い場所へ連れられる。
華月が周囲に人がいないことを確認した後、眉を吊り上げて、不機嫌な顔をする華月。
「どうしていつもあたしに付きまとうんですか? もしかしてストーカーですか?」
「付きまとってないよ。偶然出会ってしまうだけで」
「そんなの信じられるわけないですよ」
ここ一週間、たまたま何回も顔を合わせれば、当然ストーカーされていると疑われても仕方ないかもしれない。
今日出会った事で、華月も我慢の限界が来て、文句を言いたくなったのだろう。
「普通はそう思ってしまう気持ちは分かるが、本当に偶然なんだよ」
「これ以上付きまとうようなら警察呼びます」
華月が口調を強くして、いつもと雰囲気が違って焦燥感に駆られているように見えた。
最初、輝瑠に対して腹が立っているのかと感じていたが、原因は別にある様子。
「何かあったのか?」
「ーー、何も、ないですよ。はぁ・・・・・・ごめんなさい。少し冷静じゃなかったです」
一度華月が息を吐いて、気持ちを落ち着いてから謝罪した。
よくよく見れば、華月の目元には隈があり、疲れた顔をしていた。それが攻撃的な態度で、苛ついていたのが起因しているのか。
そして、それはおそらく華月の悩みに直結する可能性が高い。
しかし、今の輝瑠では華月が抱える問題に踏み込むことはできない。
ここで焦って誤った選択肢を選ぶワケにはいかない。
一度引いて、機会を窺うことにした輝瑠は別の話題を探す。すると、輝瑠の視線が、華月が手に持っている一枚の音楽ジャケットを映した。
それが誰の曲なのか、パッと見では判断できないけど、話題を振るのにちょうど良いだろう。
「そのCD、いつも鳴野が聴いてるのか?」
「・・・・・・・・・・・・」
輝瑠の問いかけに、沈黙する華月。無表情でじっと手に持つCDへ目を落とす。
地雷を踏んでしまったと輝瑠は思った。
長く感じた沈黙は華月が破り、輝瑠へと視線を向ける。
「先輩って本当にしつこい人ですね。人のことあれこれ詮索して迷惑ですよ」
「・・・・・・確かに会って間もない相手に、ずかずかと踏み込まれたら気分悪いよな。普通なら俺だってそんな事しないし、放って置くよ。だけど・・・・・・悪いが予兆夢を見た以上、俺は鳴野を放って置けない。この先、何が起こるか分からないけど、ハッキリ言えるのがきっと鳴野は誤った道を進んでしまい、後悔してしまう。それを阻止したいんだ」
「あたしが後悔する道を進む? 意味が分からないです! 先輩が何を言ってーーッ!?」
華月が何かを言う前に、着信音が鳴り響いた。その音は華月から聞こえてくる。
何コールも鳴り響く着信音に、出ようともしない華月。
「電話いいのか?」
「・・・・・・・・・・・・」
輝瑠に問われて、華月は渋々スマホを取り出した。しばらく、画面を凝視する。それが誰からなのか、輝瑠からは画面が見えない。
それから華月が輝瑠へ鋭い視線を向けると。
「今度あたしに付きまとうような事があれば、本当に警察を呼びますから」
それだけ告げて、華月はその場から去って行った。そんな彼女の背中を眺め、これからどうしようかと思い悩むのだった。
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