第20話 デート

 珍しく休日に、朝起きをした輝瑠は洗面所で顔を洗い、鏡の中に映る自分を凝視する。まだ眠たげな目をして、腐った魚の目がこちらを睨んでいる。蓮太のような爽やかなイケメンとは違い、普通の顔である。桃音と朱璃からの評価から総合的な自己判断で、平均的だと自負していた。

 しかし、華月のような美少女にデートを申し込むなど笑止千万、釣り合わないだろうと自覚していた。まあ、あくまで少しでも距離を縮めて、この状況を解決するための必要な行動に過ぎない。


「・・・・・・いや、あれは流石にないよな」


 できるだけ蓮太ならこうするだろうと想像し、それを模倣した結果、一方的に要件を伝え、さっとカッコ良くその場から去っていくという蛮行となってしまった。しかも大勢の観衆がある中で。

 それを思い返して、頭を抱えた輝瑠は悶絶するほどの後悔に襲われた。

 周囲からは嘲笑され、恥ずかしい行動をネタに笑われているのだろう。

 これから華月に会うのもそうだが、週明けの学校へ行くのも嫌になってくる。


「お兄ちゃんどうしたの?」


 後悔の念に苛んでいた輝瑠の背後からうろんげな目を向ける桃音が立っていた。


「・・・・・・桃音? え? もうそんな時間!?」


 休日はいつもお昼過ぎぐらいに起きてくるはずの桃音が既に起きている。その事実に輝瑠は慌てると、桃音はスマホの画面を見せてくる。

 そこに表示されてる時刻は8時前だった。

 約束の時間まではまだ余裕がある。

 万が一華月が来ていて、遅刻するような事があれば、最悪の事態になっていた。

 安堵した輝瑠だが、休日なのに珍しく早起きの桃音に驚きの目を向ける。


「桃音がこんな朝早くに起きるなんて、雪でも降るんじゃないのか?」


「お兄ちゃん、ももをバカにし過ぎだよ!! ももだって朝早くに起きることだってあるんだからね! それよりもお兄ちゃんがこんな時間から出かける方が珍しいよ」


「たまには朝早くに散歩するのもいいだろうと思ってな」


 桃音に疑いの眼差しを向けられ、輝瑠は適当な事を言うが、桃音は未だに疑っている。


「出不精なお兄ちゃんに限ってそれはないと、ももは思います! これは怪しい・・・・・・。もしかしてデート?」


 まさかいきなり言い当てられるとは思わず、一瞬の間を与えてしまった。勘のいい桃音は直ぐに気付き、自分が口にしたことに驚いていた。


「ちょっと待って!? ええ!? お兄ちゃんがデート!? いやいや、あのお兄ちゃんだよ!? それ本当にデート?? もしかしてレンタル彼女とかじゃないの?」


「俺が金払ってまでレンタル彼女すると思うか?」


「それはないかも・・・・・・。って事は本当にデートなの? あのお兄ちゃんが?」


 未だに信じられない桃音は、輝瑠の事を言いたい放題に貶して、まだ懐疑的だった。

 流石に言い過ぎだと思いながら、自分でも確かにあり得ない事だと思った。

 その後、リビングで焼いた食パンを租借して朝食を摂る二人。時間まで余裕がある間、桃音にどんな人とデートするのか、色々と質問が投げられる。

 もし世界から忘れられた月花とデートする事を伝えたら、きっと桃音は驚くだろう。

 しばらくして、家を出る時間に迫っていた。遅刻なんかできない。

 少し早めに出かける準備を終えて、玄関で靴を履いていると、桃音がニヤニヤとして立っていた。


「お兄ちゃん、今日は無理に帰らなくてもいいよ! 朝帰りでももも許可します!」


「なにバカなことを言ってんだ」


 呆れた輝瑠は玄関を開けて「いってきます」と告げる。桃音は手を振って「いってらっしゃーい」と返す。


 輝瑠は空を見上げると、曇り一つない快晴が広がっている。燦々と降り注ぐ太陽の光は暖かく、過ごしやすい気温である。デートするには絶好な天気。

 とはいえ、デートする事自体初めての経験となる輝瑠。

 服装はそれなりの格好で、慣れないワックスを付けている。デートするのに適した格好かと言われると自分では分からないが、桃音からはお墨付きを貰っている。

 そして駅へ向かう途中で。


「ん? 輝瑠じゃないか?」


 後ろから誰かに声を掛けられる。


「げっ」


 振り向くと雪美の姿があり、思わず顔をしかめてしまう。まさか、ここで雪美とエンカウントするとは思わなかった。


「なんだ? 私と会ったらマズいことでもあるのか?」


 雪美の鋭い視線に思わず目を逸らす輝瑠。


「いやーははは、なんでもないですよ?」


 雪美は輝瑠の姿を観察し、ニヤニヤした顔を向ける。


「ほう? 気合いの入った服装に普段付けないワックスをつけて、何でもないだと? そうかそうか」


 既に何かを察している顔をする雪美。もはや誤魔化すことはできないと輝瑠は諦める。


「ちょっと出掛けるだけです」


「例のデートか?」


「・・・・・・」


 大勢の前でデートの約束をした噂が流れてるのなら、それを雪美が知っていてもおかしくない。

 それをネタにしばらく雪美にからかわれそうだと思うと、大胆な行動をしてしまった自分を呪った。


「うんうん。人が大勢いる中で、大胆に告白なんて青春してるねー! これからデートするんだろ? いやー若いっていいねー! 遅刻させても悪いし、話はあとで聞かせて貰うことにするよ!」


「・・・・・・」


 言いたいことを言って、ひらひらと手を振ってその場を去っていった。


「一生ネタにされて、からかわれそうだ・・・・・・」


 知られたくない人に弱みを握られてしまった。あの時の自分の行動に、自己嫌悪するが、兎にも角にも気分を切り替えることにする。

 駅前へ到着し、時間を確認すると約束の時間まで20分の余裕があった。

 ただ、一方的に約束で果たして華月は来るのか懸念していた。大勢の前でデートの約束をしてまで、華月が来なかったら輝瑠の大損である。

 来ることを切望し、約束の場所へ向かうと、視線の先に大学生くらいの男が3人、誰かと話している姿が映った。目を凝らすと、3人の男は女性を囲って、ナンパをしていた。

 輝瑠は気の毒だなと思ったが、よく確認するとその女性に見覚えがあった。


「一緒に食事するだけだからさお話でもしようよ」


「俺らが奢ってあげるからどう?」


「・・・・・・」


 華月だった。

 大学生相手でも物怖じした様子はなく、男たちの話を無視して、ただスマホを弄って誰かを待っていた。当然、その待ち人は輝瑠だろう。

 おそらく内心では、輝瑠に文句を垂れ流しているはずだ。

 そんな華月の沈黙に、構わず必死に気を引こうと話し続ける。


「俺らそんなに怪しくないから。女子には優しいし、な?」


「そうそう。お、そうだ、もしよかったら連絡先交換とかしない?」


 華月のスマホに目を向け、男の一人がスマホを取り出して、無理に連絡先を聞こうとする。

 徐々に距離を詰めてくる三人の男。背後は壁があり、下がることが出来ない華月。

 当然周囲の人々は華月を助けよとせず、見て見ぬ振りをして通り過ぎる。

 そんな様子をいつまでも見てられない輝瑠は駆け足で近づく。

 相手は見た目から陽キャに属する三人である。心は怖じ気づいて関わりたくないと訴えるが、華月を放っておくワケにはいかない。


「あのー、俺の彼女に何か用ですか?」


「あぁ?」


「何だよおまえ?」


「邪魔だから消えろよ」


 輝瑠の言葉が理解できないのか、三者三様悪態を吐く男達。この状況を何とかしないと華月とデートする時間が削られる。溜息が零れて、頭を掻いた輝瑠は諦めの悪い男達をどうやって対処しようか考える。


「俺が彼女と約束してるんです」


「は? 知らねーよ。どっか行ってくんない?」


「彼女もお前より俺らと食事する方がいいって言ってるんだよ」


 華月は一言もそんな事を口にしてないし、頭を横に振って否定している。しかし、男達の中では華月と遊びに行く事が決定事項のように話す。なんて傲慢な男達だろう。

 これ以上話を続けても無駄だと判断した輝瑠は、強引に男達の間を割り込んで肩をぶつけて蹌踉けさせ、華月の手を取って連れ出す。


「なに勝手に連れ出そうとしてんだよ!」


 肩を掴まれた輝瑠の足が一瞬だけ止まる。その隙に男二人が輝瑠の前へ立ち、進路を妨害する。男達の一触即発の雰囲気に、少しだけ輝瑠の足が竦むが、輝瑠達の不穏な空気に周囲の人々が少しざわつき始める。それを確認し、行動に移した。


「暴力はやめてくれませんか? 警察呼びますよ?」


 声のボリュームを周囲に聞こえるように上げる。棒読み感がある台詞だが、誰もそれに気付くこと無く、周囲の視線が男達へ注目する。騒然とし始めると、男達は狼狽える。


「あー萎えたよ」


「チッ、行こうぜ」


「ダッセーことしやがって」


 諦めた男達は捨て台詞と共にその場から去っていく。

 輝瑠達もその場から離れて、落ち着いて話せる場所へ移動した。

 終始無言だった華月に、今更気付いて大丈夫大丈夫か視線を向けると、目が合う。

 心なしか、華月の頬は赤く色づいていた。気恥ずかしく二人が視線を落とすと、未だに繋がれた手が映り、輝瑠は慌てて手を離した。


「わ、悪い」


「別に・・・・・・。その、ありがと」


「俺こそあんな目に合わせて合わせて悪い」


「別に先輩のせいじゃないですよ。・・・・・・あたしが早く来ちゃったから、あんな目に」


 輝瑠も20分早く来ていたのに、それよりも早く来ていた華月はいつから待っていたのだろうか。


「そうかそうか。早く来ちゃったかー。鳴野がそんなに楽しみにしていたんだな」


「は、はぁ!? ち、違うわよ! たまたま早く着いちゃっただけで・・・・・・楽しみにしてないわよ!? 勘違いしないでくれます!」


「男って単純だから普通に勘違いしちゃうんだけどな・・・・・・。もしかしたら来ないんじゃ無いかって不安だったし」


「大勢の前でデートして欲しいとか、一方的に約束して去って行くからですよ。それに、あんな大胆な行動されたら、行くしかないじゃないですか」


「大勢の前に行った甲斐はあったか」


「あれは遠回しに告白してるんですか? それともあたしに対する嫌がらせですか?」


「嫌がらせであんな事出来ないだろ。俺もダメージが大きいんだから・・・・・・」


「・・・・・・どうして先輩はそこまであたしに構うんですか?」


「鳴野が後悔する道を選ぼうとしているからだよ」


「誰かに助けてなんて言ってませんし、先輩には関係無いことですよね?」


「いや、鳴野は無意識に助けを求めている。予兆夢がその証明だ。本当は歌手を続けたいんじゃ無いのか? 月花の活動をやめたくないんじゃ無いのか?」


「・・・・・・先輩はまだ忘れていないんですね」


 輝瑠に背を向ける華月。何を思っているのか、その心を読むことは出来ないが、華月はまだ月花を忘れていない輝瑠の事で考えを巡らせていた。

 やがて、振り返った華月は再び口を紡ぐ。


「その予兆夢に拘る理由があるんですよね? それをあたしに教えてくれたら、先輩の望み通りにデートしてあげます」


 そう提案されて、輝瑠は口を閉ざした。

 過去に起こした過ち。

 それが脳裏に過ぎって、輝瑠の思考が鈍り、返事が遅れてしまう。

 ジッと見つめられる華月の視線を感じながら、しばらくしてから輝瑠は息を吐いた。


「少し長くなると思うから座って話そうか」


 近くの公園まで移動し、二人はベンチに座る。

 そして、輝瑠はぽつりと話し始める。


「俺には妹がいるんだ」


 輝瑠は予兆夢に拘るきっかけとなった妹の桃音のことを話し始めた。

 現在不登校の桃音が家で引き籠もり生活を送っている。その原因となるのが学校でのイジメだった。当時輝瑠は桃音がイジメにあっていたことを知らなかった。

 桃音は輝瑠の前では何でもないような態度で振るまい、桃音の心身が徐々に摩耗しているのを輝瑠は気付いてなかった。

 桃音の様子がおかしいと感じ始めたのは、予兆夢を見始めたのがきっかけだった。

 夢の中で桃音は涙を流し、なぜ自分がイジメられなければならないのかと独り言を吐く姿を見た。それで桃音がイジメられている事を知った。

 しかし、既に桃音の心は深く傷ついて、不登校となり、部屋からしばらく出てこなくなった。

 その時、輝瑠が取った行動は桃音をいじめた首謀者をあぶり出し、同じように痛い目に合わせようとしたことだった。当然、学校で問題視され、以降は学校中の教師や生徒から異常者を見る目で見られるようになった。

 その日を境に輝瑠は予兆夢を見るようになり、それは桃音を助けられなかった贖罪だと思うようになった。


「俺は桃音のSOSに気付かず、助けることができなかった。それが今でもずっと後悔している。どうするのが正解なのかって今でも悩み続けてる」


「・・・・・・」


「だから誰かが悩み苦しみ、俺に予兆夢を見せて助けを求めてるんなら助けたいんだ。俺のように後悔させたくないし、力になるためお節介するつもりだ」


 たまたま華月の予兆夢を見た輝瑠が贖罪から行動し、同じように後悔しない道へ誘導しようと手助けする。それはただの自己満足でもある。ただ、それを口にすることは華月はできなかった。


「・・・・・・あたしが関わらないでって言っても、それでも先輩はあたしを助けるんですよね?」


 輝瑠は頷く。


「わかりました」


 そう口にして、華月がベンチから立ち上がった。


「鳴野?」


「一つ聞きたいんですけど、先輩ってあたしに惚れてるんですか?」


 輝瑠に振り向いた華月が、茶目っ気を含んだ眼差しを向ける。今までの態度とは異なり、雰囲気も柔らかいものへ変化していた。

 その姿に目を奪われた輝瑠は一瞬だけ言葉を詰まらせるが、対抗するように言い返す。


「・・・・・・、そうかもな」


 まさか肯定してくるとは思わず、華月はさっと顔を背ける。今までに感じたことのない感情に、顔が熱くなって戸惑っていた。

 輝瑠からは華月の耳が赤くなっている事しか確認できなかった。

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忘却青春から始まる新たな1ページ 凉菜琉騎 @naryu0

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