第19話 忘却の世界③
ニュースで騒がれていた月花の引退疑惑は、どこのニュースにも、ネットやSNSでさえ、取り上げる事がなくなった。
試しにネットで検索しても月花の事は一件もヒットされなかった。
不思議な力の作用によって、存在自体が最初っから消されている。
既に輝瑠のいる世界が、歌手の月花が存在しない世界に書き換わっている。
有り得ない状況かもしれないが、輝瑠はこの不思議な現象に何度か体験しているため、そこまで驚きはなかった。
しかし、元の世界に戻るためには早急に華月の問題を解決しなければならない。この状況が続けば、輝瑠の記憶からも『月花』を忘れ、この忘却の世界が確立されて、二度と元の世界に戻れなくなる。そうなる前に輝瑠が動かなければならない。
タイムリミットは刻一刻と近づいている。悠長にしている暇はないだろう。
輝瑠と本人以外に月花の事を覚えているのは恐らく、いないだろうと、諦め半分で桃音に月花の事を尋ねる。
結果は「月花って誰?」と返事がきた。当然分かってた事だが、昨日まで月花について熱く語っていたのに、それが悲しく思えた。
一刻も早く華月に会う必要がある。
嫌われているかもしれないが、輝瑠の中でどうするのか決まっている。
早めに家を出て、駅に着いて電車に乗る。当然だが、いつもの女子高生達の会話から月花の名前は出なかった。この異常な世界に気持ち悪さを感じる。
駅に着いて学校へ向かい、校門が見えてきた辺りで、輝瑠の視界に華月が友達と談笑する姿を見かけた。
髪を染めて、ギャルっぽいその友達は今まで華月と連んでた所を見かけた事はなかった。華月が髪を染めてから出来たのだろう。それとも、この世界では元々友達関係だったのか。
どちらにせよ、その近寄り難いグループから華月を連れ出さなきゃならない。
友達と一緒にいる所で話しかけるのは気が進まないが、輝瑠は意を決して華月達へ近づいた。
「鳴野」
声を掛けると、華月とその友達が輝瑠へ振り向いた。華月以外は怪訝な顔をしているが、構わず華月の手首を掴んでその場から連れ出そうとする。
「ちょっと! 何よ!?」
華月が抵抗し、鋭い眼光を輝瑠に突き刺して非難する。
「話がある」
「はぁ? あたしにはないわよ」
「俺にはーー」
輝瑠が何か口にする前に、友達の一人、肩まで伸びた髪の女子が前へ出て、睨み付ける。
「あの、華月嫌がってるの分かりませんか先輩?」
そして、もう一人のロングヘアーの女子も輝瑠に敵意を向ける。
「つーかいきなりなんなの?」
友達が助けに入ってきた事で、軽く周囲がざわつき始めた。このまま大事となって、華月と話せなくなってしまうと懸念した。このチャンスを逃すことはできない。
「大事な話があるんだ」
「・・・・・・あたしにはありません。手、離してくれませんか?」
知ってたことだか、取り付く島もない。
「先輩、華月嫌がってるし、離してくんない?」
華月の友達が苛立った声で、先輩相手でも強気な態度。これでは余計に連れ出す事は不可能。
輝瑠達の様子に野次馬が少しづつ増えてくる。既に事は大きくなっている。
強引に連れ出す事は無理だと判断し、輝瑠は密かに溜息を漏らし、今から実行しようと考えているを脳裏に過ぎる。緊張感が高まり、心臓がうるさく暴れ回る。
少し深呼吸してから落ち着かせる。
しばしの間に、華月達は疑問符を浮かべている。
輝瑠はまた噂が増えるなと思い、苦笑を浮かべ、次の瞬間に輝瑠は真っ直ぐ華月の目を見て口を開く。
「鳴野華月さん! 急な事で悪いと思ってる。ただ俺は君とデートがしたいと思ってるだけなんだ。気が急いてしまって、こんな無理に連れだそうとしたことは謝る。その友人達も悪かった」
華月達に頭を下げると、困惑顔でお互い顔を見合わせていた。そして、当の本人である華月は、ぽかんとして事態にまだ呑み込めていない。断られる前に輝瑠は言葉を続けた。
「こんな場所で伝えるのは申し訳ないが、俺も本気なんだ! 鳴野、俺とデートして欲しい。土曜日の10時に駅前。鳴野が来るまで待ってるよ」
「・・・・・・・・・・・・」
輝瑠の言葉を遅れながら華月の耳に入って、その意味を理解するのに少しだけ時間が要した。華月の友達に関しては、ニヤニヤと二人へ視線を送り、事情を把握していた。そして、周囲の野次馬からは面白半分で応援する者、嘲笑する者などそれぞれの反応をしてざわついていた。
「あー・・・・・・じゃあ待ってるから」
流石にこの場所に長いこと居続ける勇気が無い輝瑠は、一方的に言いたいことを伝え、その場から去って行く。
「・・・・・・え? ま、待ってーーっ!?」
ようやく輝瑠が行った意味を理解した華月は、去って行く輝瑠の後ろ姿へ静止の声を上げるが、周囲の歓声に掻き消されてしまう。
残された華月。
「こんな大勢の前で告白とか、あの先輩結構大胆じゃん。ないわーって思ったけど、あっしもちょっと言われてみたいかも」
「マジそれな! で、華月どうすんの? 付き合っちゃう?」
「は、はぁー!? そ、それはないって!?」
「いやーでも、あそこまで先輩も本気なんだし、デートするくらいいいんじゃない?」
「そんで付き合っちゃえばいいじゃん」
友達からニヤニヤとからかい口調で、華月をいじり始める。
「そんなんじゃっ~~~、・・・・・・・・・・・・なんで、こんな所で・・・・・・あんなことーー、これじゃあ、行くしか選択肢ないじゃん」
まさかこんな大勢の前で、デートに誘うような大胆な行動をするとは思ってなかった華月。こんなことになるのなら、素直に付いていけば良かったと思うのだった。
その後、輝瑠が大勢の前で後輩に告白した噂が広がり、周囲から奇異の目に晒されることになった。
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