第18話 忘却の世界②
放課後、直ぐに行動しようと思った矢先の事である。
立ち上がろうとした輝瑠はポケットからスマホのバイブが鳴った。取り出して、確認するとバイト先からの連絡だった。鞄を手に教室を出て、通話ボタンを押す。
その内容は今日シフトに入っていたバイトの人が、風邪で休む事になったから代わりにシフトに入ってくれないかという内容だった。
これは偶然なのか。
それとも華月が輝瑠に会わないよう不思議な力が働いて、邪魔しているのか。
「・・・・・・っ」
華月に何か話をしなきゃならないと焦燥感に駆られる。
今日はバイトに入れない事を伝えようか迷ったが、今の輝瑠が会ってどうにかできるのか考える。
(・・・・・・まだ大丈夫のはずだ。ならーー)
焦って選択肢を間違えるワケにはいかない。少しだけ冷静になって、一先ず今の現状を知る必要があると判断した。
輝瑠はシフトに入ることを伝え、電話を切った。
その後、すぐに輝瑠はバイト先へ向かった。
カフェに着いて、更衣室へ向かい、着替え終えるとホールへ駆けてすぐ仕事に取りかかった。
今日は客足が多く、割と忙しそうな雰囲気だった。既に入っている朱璃が店内を忙しく駆けて、話しかける暇もない。
輝瑠が来た事に気付いた朱璃は一瞥だけして、直ぐにお客さんの注文を取りに行った。
輝瑠は状況を把握し、レジへ向かうお客さんが視界に入って輝瑠はレジの対応へ駆け出す。
ホールに二人だけの対応は少しだけ厳しい。けど輝瑠と朱璃のコンビネーションであれば、どんなに厳しい状況でもお互いアイコンタクトを取って、阿吽の呼吸でサポートしあって対応していた。
それから客足も落ち着き、余裕ができた頃には18時を回っていた。
現在はお客さんの人数も減って暇な時間ができた。
「輝瑠君お疲れ様~」
輝瑠が少し休んでいると、疲労した様子の朱璃が隣にやってきた。凝った肩を回す朱璃を横目で見ると、柔らかいものが揺れるのを視界に入った。いつもの輝瑠なら役得だと思い、しばらく凝視していただろうが、今は疲労がたたって、そんな気持ちが沸かなかった。
「お疲れ様です。今日はお客多かったですね」
「いつもなら輝瑠君とお喋りしてる時間なのにぃー・・・・・・」
恨めしく朱璃が唸る。
輝瑠も同意し、二人の仕事に対する意欲の無さに、厨房から顔を出した店長が苦笑してツッコんだ。しかし、店長から強く言うことはないだろう。何だかんだ二人は分別つけて、文句を言いながらでもしっかり働いている。だから店長もそこまで厳しい事は言うつもりはなかった。
「今日って何かありましたっけ?」
「んーー、何も無いはずなんだけどねー。もう今日は働かない!」
「俺もです」
と二人がサボる宣言しつつも、レジへ向かったお客さんを視界に入り、朱璃はレジへ、輝瑠はテーブルの片付けへ向かった。
そして二人は戻り、再び休憩するのだった。
ようやくできた暇な時間に、輝瑠は朱璃に質問する。
「朱璃さんって大学でも告白されるんですか?」
「え!? 唐突になに?」
「告白された時ってどんな気持ちなのかなって思いまして」
「うーん・・・・・・。そうだね・・・・・・」
朱璃が人差し指を顎に当てて、今まで告白されたときの事を思い浮かべ、その時の素直な心情を伝える。
「素直にこんな私でも告白してくれたことは嬉しいかな。想いを伝える事って、そんなに簡単ではないし、勇気がいることでしょ? それが親しい関係であるほど、難しいと思うんだ。返事次第で、今までの関係が壊れてしまう事だってあるじゃない? そんな怖い思いをしてでも、告白してくれる人ってそれだけ本気で、尊敬できるなーって。だから私も真剣に返事をしないとって思うの。ただ・・・・・・告白を断るのはちょっと心苦しいかな」
それだけ朱璃は真剣に受け止め、誰一人として無下にせず、一人一人に断りの返事をしているのだろう。そんな自分がモテる事に一切驕らない所、優しく気遣いが出来る性格だからこそ朱璃に惹かれる。男子が惚れる理由がよく分かる。まあ大半は胸目当ての輩になるだろう。
「輝瑠君の方はどうなの? 告白されたりするんじゃない?」
「俺がですか? なしよりのなしな俺に告白するような女子がいますか?」
「あはは、なにそれー? 輝瑠君なら全然ありだと思うよ?」
桃音の評価基準で答えたが、どうやら朱璃からの評価は割と高めのようだった。
結局、自分の評価はよくわからなくなった。
「それじゃあ好きな人は?」
「そんな人は別にーー」
いないと答えようとした時、なぜか脳裏に華月の姿が思い浮かんだ。ここ最近気になっている彼女だが、それは単に予兆夢を見せられ、誤った道へ進まないよう気を配っているだけと言い訳する。
その一瞬の間に、何かを感じ取った朱璃の視線が、心を見透かすように輝瑠をじーっと見つめていた。心の機微に敏感な朱璃ならすぐ気付いただろう。
「その様子だと、輝瑠君には気になる相手が出来たみたいねー? ふーん、へー、輝瑠君にようやく春が来たんだねー?」
「いや、そういうのではないんですが・・・・・・。朱璃さん? どうしてそんな不満そうなんですか?」
「べっつにー? 輝瑠君の気のせいじゃないの? 輝瑠君に好きな人が出来て、お姉さん嬉しいだけだし」
ちっとも嬉しそうな顔をしていない。朱璃のジト目がちくちくと突き刺さし、それに困惑する輝瑠である。
「朱璃さんが思っているような事じゃないですからね? それより朱璃さんですよ。好きな人がいるんなら後悔しないうちに告白したらいいんじゃないですか? このままだと雪姉みたいになりますよ」
「むー、私はいいの! って、あー!! せっつーの悪口言ってるー! 告げ口しようかなー?」
「ごめんなさい。やめてください」
「えー? どうしようかなー? あ、なら今度私に付き合ってくれたら考えてあげるよ?」
「わかりました。それくらいなら・・・・・・」
その後も会話を続けていたら、さすがに店長から注意を受けて仕事へ取り掛かった。
バイトを上がって、着替え終わった輝瑠は休憩室で少しだけ休んでいると、朱璃が入ってきた。
「お疲れ様~」
「お疲れ様です」
朱璃は椅子に座ってテーブルに突っ伏した。バイトの時にしか結わないポニーテールが、今は解かれて、テーブルの上に綺麗な髪が広がる。
「朱璃さんって大学デビューとかしたんですか?」
「えー? 大学デビュー? うーん・・・・・・今の私は輝瑠君にはどう映ってるー?」
「大人っぽい雰囲気になったと思いますが、高校の時とあまり変わってないですね」
「みんな大人っぽくなったって言うけど、全然変わってないよ? 女子大生って肩書きでフィルターが掛かってるだけでしょ?」
「それはありますね。女子大生って聞くとなんかエロい響きに聞こえるとか」
「それは私の事をそういう目で見てるって事? 変態」
ジト目を向け、罵る朱璃。
「そういう趣味はないんですけど、そんな目で朱璃に罵られるの癖になりそうです」
「やっぱり変態じゃない。輝瑠君の性癖がわかった所で話を戻すけど、私はいつも通りで大学デビューなんてしてないよー」
間延びした返事をする朱璃は輝瑠を前にしてもだらけた姿を見せる。普段はしっかりもので、人前でだらけた姿を一切見せない。普段とは違う姿を見せるのは、ある程度親しい人に限られる。その枠に輝瑠が入ってるのは、それだけ信頼されている証である。
「高校生や大学生になったらデビューする人いるじゃないですか? 突然髪を染めたりとか、おしゃれしたりとか? そういうのって、やっぱり今までの自分を隠して生きたいんですかね?」
「モテるために変わったり、あとは彼氏彼女ができたら突然変わる人もいるよねー」
「・・・・・・彼氏か」
髪を染めた華月が脳裏に過った。
引退疑惑で騒がれている中で突如髪を染めたのは、何かあったとしか思えない変化である。まずは事情を知らなければ、この状況を解決する事はできないだろう。
そう考え、輝瑠は薄々気付いている今の状況を確かめようと、朱璃に尋ねる。
「朱璃さんは月花の引退疑惑について、何か知ってたりしますか?」
「え? 月花・・・・・・?」
きょとんとする朱璃は目をぱちくりさせて、何を聞かれたのか理解できず、戸惑った様子だった。
月花の事を熱心に語っていたはずの朱璃が、月花を忘れていた。
それで輝瑠は確証を得た。
もうここは月花が存在しない世界へと変わってしまったと、改めて自覚する。
「・・・・・・」
予感はしていた。だけど、実感がなく、朱璃なら覚えていると淡い期待をしていた。
しかし、結果はさっきの反応通りだろう。
輝瑠の口は渇き、何かを話そうとするも喉に突っかかって、声が出ない。
「輝瑠君? どうしたの?」
「・・・・・・いや、なんでも、ないです」
ようやく言葉を絞り出す。
熱狂的な月花のファンである朱璃が忘れているなら、桃音も同じだろう。
しばらく沈思黙考をし始めた輝瑠に、朱璃は心配そうにしていた。
やがて、ぽつりと輝瑠は言葉を零す。
「・・・・・・デート」
「え!?」
突然、輝瑠が呟いた言葉に過剰反応する朱璃。心なしか頬が赤くなっている。
「朱璃さんならデートの経験ってありますよね?」
「・・・・・・わよ」
「え?」
声が小さく聞き取れず、もう一度聞き返すと、朱璃は恥ずかしそうな顔で今度ははっきりと答える。
「ないわよ。どうして急にデ、デートなんて・・・・・・も、もしかして誰か誘おうとか考えてたり? た、たとえば年上のお姉さんとか?」
「年上のお姉さん・・・・・・? いえ、ちょっと参考にお聞きしたかったんですけど・・・・・・」
デートと口にしたはいいが、それで距離感が縮まるのか不明瞭である。
嫌われている可能性が高いし、100%断られるだろう。
しかし、限られた時間の中で、一気に距離を近づくためにはデートが最適解だと、輝瑠は思っていた。
とはいえ、デート経験が皆無の輝瑠。そのいろはを教えてもらうためには、経験豊富な朱璃に聞くのが得策だと思っていたが、まさかデートした事が無いとは思いもしなかった。
「・・・・・・・・・・・・」
テーブルの上に顎を乗せて、不機嫌な顔で輝瑠を上目遣いで凝視する。
その無言の圧に、輝瑠は気まずくなる。
なんだか今日の朱璃はいつもと違う。さっきまで忙しく動いていたせいだからか。
「朱璃さん・・・・・・? なんか怒ってます?」
「知りません!」
立ち上がった朱璃はそっぽを向いて、部屋を出て行った。
一人残される輝瑠は疑問符を浮かべて。
「もしかして・・・・・・あの日だったのか?」
本人が聞いたらますます怒り出しそうな事を呟いていた。
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