第11話 月花のデビュー曲①
翌日の朝。
今日も予兆夢を見ることなく、目を覚ました輝瑠。
欠伸をすると、何か違和感を覚えた。
部屋の中は特に変わった様子は無い。そして、視線を隣へ向けると、輝瑠の他に誰かがすやすやと寝息を立てて寝ていた。
当然桃音しかいないだろう。
気持ちよさそうな顔をして、口元をもにょもにょと動かしている。何か美味しいものを食べている夢でも見ているのか。そんな呑気な顔をする桃音に、呆れる輝瑠。
「いつから潜り込んできたんだ・・・・・・」
朝早く輝瑠の布団の中に潜り込んだにしては眠りが深そうで、ほっぺを軽く突いても起きそうな気配が無い。おそらく数時間前から布団に潜り込んだのだろう。
取りあえず、鼻を摘まんでみた。
気持ちよさそうな顔が一変し、少し苦しそうな顔になり、眉間に皺を寄せる。口は金魚のようにパクパクと何度も開閉し、酸素を求めているようだ。溺れそうになる桃音が助けを求める声を上げた。それでも離さないでいると、目が開いた。
「もが!? お、おひぃいちゃん!!!」
鼻を摘まんでいる輝瑠をキッと睨み付ける。起きた所で手を離すと、桃音の非難の目はいつまでも突き刺さったまま。
「ここ俺の部屋だけど?」
「そんなの些細な事だよ! ももがどこで寝ようとももの勝手だし。それにお兄ちゃんの部屋はももの部屋でもあるんだよ?」
「俺の部屋は俺の部屋だ」
「あ、お兄ちゃん、月花の曲スマホにデータ入れといたよ~」
話をあからさまに逸らす桃音。これは後で話し合いをする必要があると輝瑠は思い、これ以上の追求はやめた。
それに朝頼むつもりだった事を桃音は気付いていたようで素直に感謝する。ただ布団に潜り込んだ件は別問題である。
その後、桃音が作った朝食を食べ、時間まで会話していたら直ぐに出る時間となり、桃音に見送られて家を出た。
輝瑠はイヤホンをして、桃音が入れてくれた月花の曲を再生した。
最初は月花のデビュー曲。
スマホの画面を目に映し、タイトルを確認する。
『始まりの
イヤホン越しの月花の歌声に耳を傾け、しばらく曲に集中して聴いていた。
朱璃の話が正しければ、月花が今高校生となる。デビュー曲を発売した年から換算すると、当時の月花は中学生となる。
彼女の歌声には少し幼さが残るものの、そんな眇々たる声音に気付かないほど、大人びた印象の声音をしている。
聴けば聴くほど、脳内に反響し、自然と高揚感が高まる頃にはいつの間にか一曲目が終わっていた。もう一度、同じ曲を繰り返し聴きたい衝動に駆られるほど。
「・・・・・・」
二曲目が再生され、一曲目とは違いミステリアスな雰囲気の曲調である。
そして、輝瑠は一曲目からずっとその歌声に聞き覚えがあった。
(この声って・・・・・・まさか)
つい最近輝瑠が聞き惚れていた歌声。
夢の中で熱唱していた華月の歌声と似ていた。
駅に着いた頃には既に輝瑠は月花の虜になっていた。
桃音や朱璃の言うとおり、月花の歌声に惹かれ、何度も聴き返したくなるような中毒症状に陥るほど。
普段よりテンションが上がった輝瑠は、この気持ちを誰かと共有し、語りたい衝動に駆られていた。今では輝瑠も月花のファンである。
目的の駅の2駅前に止まり、乗り降りをする人々。
輝瑠は曲に集中し、現在、二週目の一曲目が流れている途中となっていた。
最初はその歌声を気にしつつ、曲を堪能していたが、二週目は歌詞に着眼点を置いて聴いていた。
デビュー曲となる『始まりの春色』
その歌詞に込められた想いには、憧れの人を追い求める純粋な気持ちと同じような歌手になる覚悟が書かれている。
そんな応援したくなるような曲を聴いていれば、自然と自分も頑張ろうという気持ちが沸き起こってくる。
夢中で聴いていたため、あっという間に目的の駅に着いていた。それに気付いた輝瑠は慌てて電車から降りる。
改札口を出てしばらくして、突然肩を叩かれて輝瑠は驚いて振り向いた。
そこには蓮太がいた。
曲を止めてイヤホンを外す。
「音楽聴いてたのか? 珍しいな。何聴いてたの?」
「月花。最近活動再開したらしいから、興味あってさ」
「輝瑠も月花の曲に魅了された口か。いいよな月花の曲」
「伊澤も聴いてるのか?」
「当たり前だろ。今もなお話題の歌手だし、新規ファンも増え続けてる話だよ。新曲も発表されるみたいだし、結構楽しみだよ」
「新曲か・・・・・・」
輝瑠は最初に夢で会った華月を思い出した。
まだ確証はないけど、もし月花が華月だとしたら。なぜ誰もが魅了される歌声が誰も見向きされず、全ての人々が華月の事を認識しない夢を見ていたのか。
それは新曲と何か関係があるのか。
思案する輝瑠に、蓮太は「輝瑠も新曲が楽しみみたいだな!」と陽気に答える。
「曲作りって結構大変なんだろうか」
「そりゃーそうだろ?」
「今まで出来たことが、急に出来なくなる事もあるのか?」
「まあプロでも悩むことはあるし、突然スランプに陥ることだってある。俺もサッカーを小学校から続けてるけど、ある日突然普通に出来たことが出来なくなった事があったよ。多分それはサッカーに限った事じゃないと思う」
「それどうやって克服したんだ?」
「俺の場合はサッカーを忘れて思いっきり遊んだな。思い悩むとどんどん沼にはまって抜け出せなくなって、負のスパイラルに陥るからな。一度忘れたら思い悩んでた事があっという間に解決する時もあるってことだよ」
「そっか」
輝瑠には何かを打ち込んだ事がないため、スランプになった経験がない。蓮太の話を聞いても共感を得るのは難しいだろう。
ただ蓮太の話から聞いて分かったことがある。
それは華月が新曲の作曲に思い悩んでる可能性。
そう考えると、予兆夢を引き起こした原因に当たりがつく。
これはあくまで推測のため、確証を得るためにも輝瑠は華月に聞き出さないといけない。しかし、今それが困難である事に、輝瑠は頭を抱えているのだが。
「どした急に黙って? 考え事か?」
華月の事で考えてた輝瑠に訝しむ蓮太。声を掛けられて顔をあげると、視界の中に眼鏡とおさげの地味な格好した華月が映った。
華月は輝瑠の姿に気づいておらず、声を掛ける暇なくさっさと先へ歩き去った。
しばらく彼女の後ろ姿を見つめていると、蓮太が輝瑠の視線を追う。
「輝瑠の知り合いの子?」
「何かと縁がありそうな子ではあるかな」
「何その意味深な答え? もしかして気になるのか?」
蓮太が嬉しそうな声音で聞いてきた。
「伊澤が考えてるような事じゃないけど・・・・・・」
そう口にするが、輝瑠は華月の事を少しだけ気になっていた。それが異性に対してか、あるいは予兆夢を見たせいか。後者であることは間違いないが・・・・・・。
「あの子一年だよな?」
「見た目と雰囲気から上級生に思われるが、一年みたいだ」
「なら噂の事も知らないだろうし、ちょうど良いんじゃないか?」
蓮太は少し楽しそうであった。
今の輝瑠は彼女が欲しいとか、そんな欲はないものの、いたらいいなとは思っていた。
ただ相手が華月なら難しいだろう。彼女に嫌われているのだから。それにもし華月が月花なら絶対に断られる可能性が高い。
世間では素顔を知られていないが、今や有名人の月花と付き合うのは難儀な事。中には事務所から恋愛を禁止されている所もあると聞く。
それにどう考えても釣り合わないと、自嘲気味に輝瑠が笑う。そんな相手に告白しようなんて無謀としか思えなかった。
「俺じゃあ無理だろうな。蓮太の方が釣り合う」
「そんな事ないと思うけどな」
輝瑠はどの道、華月を異性として好きという感情はなく、付き合おうとは考えていない。
ただ予兆夢を見たせいで、華月の事が放って置けなく気になってるだけである。
そう輝瑠は思うのだった。
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