第16話 月花引退?
「お兄ちゃんの月花愛はそんなものなの!?」
夕飯を摂りながら桃音と月花について話していた時である。まだまだ月花について知識不足が目立ったため、それを指摘された。
桃音は信じられないという顔で、行儀悪く箸を輝瑠へ突きつける。
「桃音、箸を人に向けるなよ」
「それはごめんだけど、ももにはお兄ちゃんから愛が感じられないよ! それじゃあ月花愛の称号は手には入らないよ!」
「なんだよ月花愛って」
「月花が好きすぎて、曲全てを暗記し、完璧に歌うこともできて、そして月花に関する情報を全て網羅しているファンだけが獲得できる名誉ある称号の事!」
「そんなのがあるのか」
輝瑠が月花愛の称号を手に入るのは当分先の事だろう。ただ別にその称号が欲しいとは思わなかった。
それよりも誰もが知らない月花の正体を輝瑠は知っている。そんな月花愛の称号を持つ桃音も知らない情報を握る優越感。輝瑠はニヤニヤと桃音に勝ち誇った顔をする。
「お兄ちゃん、なんかキモイよ」
当然だが気持ち悪がられて、ドン引きされた。
それから二人は夕食を終えて、輝瑠は洗い物を始める。その間、桃音は風呂へ行っている。
輝瑠は華月の事を考えながら、放課後に雪美と会話したことを思い出していた。
「・・・・・・青春ね」
学生でしか味わえない青春。
一年間、周囲の同級生は仲の良い友達と親睦を深め、文化祭に体育祭のイベントにも積極的に取り組んだ事で結束力も高まって、より親密度も大幅に上昇しているのだろう。中には、イベントを通じて恋人が出来た人達だっている。彼ら彼女らは普通に学生らしい青春を既に体験している。
しかし、輝瑠は例の噂のせいもあって、友達も恋人も出来ず、普通の学生らしい青春を謳歌するのは困難。
当時より噂は風化しているとしても、未だに周囲から敬遠されている。
だから輝瑠の中で既に青春なんて出来ないと見切りを付けていた。
普通の青春を体験出来るなら、輝瑠にだってその思いはあった。
「雪姉はああ言ってたが、やっぱ俺には無理だよ」
「何が無理なの?」
背後から桃音の声。
考え事に集中していたため、桃音がもう風呂から上がっていた事に気づかなかった。
輝瑠は背後へ顔を向けると、湯上がりの桃音が首を傾げている。
視線を落とせば、直ぐそこに鎖骨がちらつき、仄かに香るシャンプーが漂ってくる。その妙に色っぽい姿に普通の男なら生唾を呑んでいただろう。
視線に気付く桃音が、にやっと口角を上げ、しなを作って輝瑠を誘惑する。
日に日に桃音のあざといアピールが激しく過激に、そして鬱陶しさが増して、うんざりした顔をする。
「他の男にそんな誘惑したら襲われるぞ」
「お兄ちゃんにしか見せないし。ってもしかしてお兄ちゃんってば妹に欲情とかーー」
馬鹿なことを考える桃音のおでこにデコピンすると、「ひぁあ!?」と変な声を上げて、おでこをさする。当然その姿もあざとい。
「アホな事考えるな」
「うぅ~、こんな可愛い妹に暴力とかお兄ちゃん最低だよ! お兄ちゃんは妹を甘やかす権利があるのに!」
桃音の恨めしい目が輝瑠をチクチクと突き刺して、自分の事を可愛いと宣う。
確かに桃音の容姿は誰が見ても可愛い部類ではあるが、それを自分で言うのはどうかと思った。
「それでお兄ちゃんは何か悩み事?」
「悩みか・・・・・・。青春って何だろうなって。桃音はどう思う?」
「それをももに聞くなんて、お兄ちゃん鬼畜。ももが知ってるわけないでしょ?」
「・・・・・・そうだったな」
「はいはい、シリアスな空気出さないでくださ~い。それでお兄ちゃんの口から青春なんて、縁のない言葉、もしかして好きな人ができたの?」
「さーな」
曖昧に言葉を濁す輝瑠。その返答は桃音にとっては肯定だと捉えて、最初驚愕する。そして、興味津々に瞳を輝かせて、口元をニヤニヤとする。
「好きな人いるんだ~? まさかあのお兄ちゃんがねー。青春なんて言葉聞いて怪しいとは思ってたけど、へー」
「おいおい妹よ、早とちりは良くないぞ」
桃音は全く聞き入れず、ニヤケ顔は引っ込む事がない。余計なことを言ってしまったと後悔する輝瑠。
何か話題を逸らせないかと考えていると、付けっぱなしのテレビからちょうど月花についての話をしていた。
桃音の意識を月花に逸らせばと思った矢先、そのニュース番組から「月花が引退か!?」というテロップが流れた。
「え!? 月花引退するの!?」
ちょうど桃音もそのテロップを見ていたタイミングだった。未だに信じられず、ショックを受ける桃音。
それは輝瑠も同じだった。
華月と行ったカラオケの事が脳裏に過る。何かに悩み、最後に助けを求めているような表情が輝瑠はずっと気になっていた。
あれから華月と会えず、予兆夢を見ることもない。
嫌な予感を覚える。
確実に輝瑠が知らない何かが起こっている。それが月花が引退するというトリガーによって、これから華月の周囲に何かしらの変化が生じるのだろうか。
後戻り出来なくなる状況まで近づいている。
もう悠長にしている暇はない。輝瑠は華月に会って話をしなければならないと思った。
「どうして引退するんだろう・・・・・・」
桃音はぽつりと声を零して、残念そうな顔をする。
輝瑠が無反応で険しい顔をしている事は、桃音は気づいてなかった。
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