第2話 兄妹との会話

 目を覚ました輝瑠はセットした目覚まし時計より早く起きた。さっきまで見ていた夢は、当然鮮明に覚えている。そのせいもあって眠気もなく、スッキリした状態で完全に脳は覚醒していた。

 上体を起こし、先ほどまで見ていた夢を思い返す。

 普通の夢とは異なり、寝起き前でも夢の内容は細部までハッキリ覚えている。

 久しぶりに見る不思議な夢。

 そんな不思議な夢の事を輝瑠は『予兆夢』なんて呼んでいる。

 以前にも輝瑠は予兆夢を体験したことがあった。。その時の夢は輝瑠の妹が登場していた。その時の事を思い出して輝瑠は深い溜息を吐いて、憂鬱な気分になった。

 予兆夢について、輝瑠は過去にネットやSNSで同じ現象が呟かれていないか確認したことがあった。結果は検索に引っかからず、誰も同じ体験をした話がなかった。


「また見るとはな・・・・・・」


 輝瑠は気分を切り切り替え、さっき見ていた不思議の夢について考える。とはいえ、今回登場した少女とは初対面。少女についての情報もなく、会うことも無いだろうと輝瑠は思った。

 それから最後に記憶に深く刻まれたのがーー。


「全裸の少女か・・・・・・。俺って欲求不満なのか?」


 自分では欲求不満だと感じはないが、もしかすると、知らずに溜まっているかもしれない。息子は今日も元気である。

 軽く伸びをして、凝り固まった身体をほぐす。ベッドから出ると、カーテンを開けて朝の日差しを浴びる。

 それから着替えようと行動に移した時、ドアの方からガチャッという音が聞こえた。何事かと輝瑠は視線を向けると、そっとドアを開けて隙間から顔をひょっこり出す少女。キョロキョロと部屋の中を確認する少女の視線と、輝瑠の視線がぶつかる。


「わっ! お兄ちゃんもう起きてる!?」


 輝瑠が起きている事に驚愕する、14歳になる妹の桃音。

 可愛らしいクマのパジャマ姿に、くりっとした目をして口元に手の平を当ててる。それから頬を膨らませ、腰に手を当てて不満げな顔へと表情を変える。表情豊かで元気な桃音だが、仕草が一挙手一投足あざとい。

 妹系の可愛い美少女の桃音が、男心を刺激するようなあざと可愛い仕草をしたら、世の男子は惚れてしまうと、輝瑠は恐れていた。それが心配な輝瑠である。

 そんな輝瑠の思いを余所に、桃音は人差し指をベッドへ向けた。

 ベッドへ視線を向けるが、その意図が読めずに輝瑠は疑問符を浮かべる。


「あと5分だけ一緒に寝よう?」


「起こしに来たんじゃないのかよ」


「違うもん。お兄ちゃんの添い寝しようとしたんだもん」


「俺を遅刻させようって魂胆か。悪い妹だな」


「ふふーん、ももって悪女だから」


 なぜか得意気な顔をする桃音。

 桃音が悪女と言われても違和感しかなく、どっちかというと小悪魔の方がしっくりくる。現に桃音のあざとさは男を勘違いさせる仕草ばかり。

 後々桃音とは話し合わないといけないと思う輝瑠である。

 取りあえず、今は着替えを済ませたい輝瑠は、部屋から出て行くよう桃音に無言の圧を送る。兄妹なら言葉を交わさなくとも意志疎通は可能だろう。


「あ、お兄ちゃんも妹と一緒に寝たいんだね♪」


 どうやら伝わらなかったようだ。兄妹でも意思疎通は不可能だと証明された。

 この際、気にせずに桃音の前で着替えようと、輝瑠は寝間着を脱いでパンツ一枚になる。


「お、おおおお兄ちゃん!? あ、ああ朝からももに欲情するなんて不潔! 一緒に寝るのはいいけど、それはいくら何でもキモイよ!」


 真っ赤な顔を手で覆って慌てる桃音が騒ぐ。


「着替えるからリビングに先に行っててくれ」


「脱いでから言わないでよ!」


 憤慨する桃音が部屋から出て行き、ドアを閉める前に桃音は「お兄ちゃんの変態!」という一言と共にドアを叩きつけるように閉めた。

 今日も朝から元気な妹の姿に輝瑠は自然と、口の端を上げ微笑んだ。

 それから着替え終わった輝瑠は2階から降りて、欠伸をしながらリビングへ入る。台所で鼻歌が聞こえてくる。

 後ろ姿の桃音は丸いクマのしっぽを振りながら、食パンにマーガリンを塗っていた。バターナイフを片手に、鼻歌交じりにリズム合わせてぬりぬりと一枚目を塗り終えて、二枚目も同様に塗っていく。

 いつも桃音が聴く好きな曲を鼻歌交じりに何か作業することが多い。

 その鼻歌は特に桃音が好きな曲で、よく耳にする機会があった。

 以前輝瑠に桃音の好きな歌手の曲をおすすめされた事がある。良い曲でだった記憶はあるが、そこまで輝瑠を熱中にさせるほどでもなかった。反応も薄く、興味なさそうということで桃音は布教を諦めた。


「・・・・・・?」


 椅子を引いた所で桃音の鼻歌に、つい最近どこかで聴き覚えがあった。


「お兄ちゃん、そこで立ったままどうしたの?」


「ああ、その鼻歌ってーー」


 桃音の鼻歌について尋ねようとすると、桃音の目がくわっと見開いた。それを見た輝瑠は喉まで出かかっていた言葉を引っ込めた。

 桃音の布教が始まると、時間を忘れて一日中語り続けられる。それを悟って「やっぱ何でもない」と答えた。

 桃音の残念そうな顔を尻目に、輝瑠はテーブルに着く。

 テーブルにカップが二つ。湯気が立つその中身はコーヒーが入っている。片方を手にし、ゆっくり口にしてコーヒーを飲むと「あっつ」と声が漏れる。

 輝瑠はもう少し熱を冷ますためにカップを置くと、桃音が台所から食パンを口に加えて、輝瑠へもう一つの食パンを手渡す。それを受け取ると、カリッと音を立てて咀嚼した。

 そんないつもの朝。

 家には桃音と二人だけ。

 両親は共に働いており、朝早くからの出勤やたまに家に帰ってこないことが多い。そのため基本的に二人で過ごす時間がほとんどである。

 家事は交代制というルールを設けて、最初はそれに従っていた。しかし、桃音が女子力向上のためと、いつの間にか桃音が家事担当になった。ただ全て押しつける形になるのは申し訳ない気持ちもあり、輝瑠は洗い物や生活必需品の買い物など雑用などの担当を引き受けた。


「今日は食パンなのか」


 半分ほど食パンを食べてから、ふと疑問を口にした。

 基本的に朝食は、桃音が手抜きをせず朝ご飯を作ることが多いけど、桃音は朝が弱い事もあり、たまに食パンで済ます事もある。


「なぁに~? お兄ちゃんってば、ももの朝ご飯が食べたい気分だったの~?」


「そうだなー、桃音の美味しいご飯が食べたかったなー」


「なによ~その棒読み? ももの美味しいご飯が食べられるんだからもっとテンション上げてよね!」


「わーい」


「むぅ~」


 輝瑠はやる気のなさそうな声を上げるが、桃音の料理スキルはかなり上達して美味しいのは事実。桃音の料理は店に出しても恥ずかしくないほどの出来映えで、テンションが上がるくらい感謝している。

 桃音が最初に料理した頃と比較すればかなり成長している。当時の頃を思い出して、輝瑠の胃がキリキリするような錯覚を覚えた。あれは人が食べられるものでなかった。

 輝瑠が無意識に腹をさすってると、桃音に腹を空かせているのかと勘違いされて、台所へ向かった桃音は食パンを二枚トーストの中へ置いてボタンを押した。

 食パンが焼けるまでの時間、桃音は台所から顔を出して。


「お兄ちゃん、今日起きるの早かったけど、何かあったの?」


「ん? 別に何もないが、そういう日もあるでしょ」


「そっか。今日は何かあるのかなって思っちゃった」


 しばらく他愛ない話をしていると、食パンが焼けた。二枚ともマーガリンを塗り、一枚を口に加えながら戻ってくる。もう一枚は輝瑠へ渡す。

 桃音との兄妹仲は世間一般から見たら良好と言えるだろう。くだらない話で笑ったり、真面目な話で相談に乗ったりと会話の内容はそれぞれ。

 輝瑠の部屋に遠慮無く入ってきて、時々添い寝をしてきたりと甘える一面もあるが、それは兄妹でもしないだろう。だけど輝瑠と桃音ではそれが至って普通という認識である。


「桃音は・・・・・・」


 ふいに輝瑠は何か言葉を掛けようとするが、喉まで来ていた言葉を呑み込んだ。桃音の視線は輝瑠に向け、続きの言葉を待つ。しかし、待てど続きの言葉が紡がれない事に首を傾げる桃音。


「どうしたのお兄ちゃん?」


 当然、疑問に思う桃音。

 何か口にしようと迷う輝瑠は夢の出来事を話すことにした。


「夢で、全裸で歌う知らない女の子を見たんだ」


「え・・・・・・? お兄ちゃん、欲求不満なの?」


 身の危険を感じた桃音は自分の身体を守るように自らを抱いて、ドン引きする。桃音は兄が妹を襲う鬼畜だと思っているのか。そんな風に思われていることに軽くショックを受ける。


「欲求不満か・・・・・・。やっぱそう思われるよな・・・・・・」


「彼女でも作ったらどうかな?」


「桃音から見て、俺はどう?」


「うーん・・・・・・。お兄ちゃんっていつも眠そうな目で怠そうにしてるし、死んだ魚の目もしてるでしょ? 見た目は~・・・・・・イケメンじゃないからなしよりのなし?」


 どうやら輝瑠の評価は低いようだ。桃音が輝瑠をどう思っているのか理解した。


「お兄ちゃんショックだぞ」


「妹的にはお兄ちゃんはありよりだよ?」


 上目遣いで瞳を潤ませる。

 とって付けたようなフォローには、何か目的があるように感じた。


「何が目当てだ?」


「ももを疑うなんて酷いよ~」


「桃音が俺に媚びるのは大抵何か要求してくるときだからな」


 桃音に胡乱げな視線を向けると、「バレた?」と舌をペロッと出してあざとい姿を見せる。


「帰りにアイス買ってきて欲しいな~って」


「はぁ~」


「まあでもお兄ちゃんって見た目は悪くないし、不潔じゃ無いから彼女作ろうと思えばできると思うよ?」


「そうか。今は特に彼女作りたいって思ってないしな」


「えへへ~お兄ちゃんにはももがいるからね!」


 桃音はウィンクをして、えへへとはにかんだ笑みを浮かべる。いちいち仕草があざとい。

 もし相手が年頃の男子高校生なら桃音の仕草一つ一つに、意識し始めてしまうに違いない。

 しまいにはすぐ恋に落ちて、男子高校生が勇気を振り絞って桃音を屋上に呼び出し、胸をドキドキと高鳴らせて告白するビジョンが輝瑠には見えた。

 その後、ニッコリと笑みを返す桃音に、告白の返事は成功したかと期待する男子高校生。しかし、告げられた言葉はーー「ごめんなさい」という無慈悲な返事。

 期待させられて、崖から突き落とす。

 まさに小悪魔の所行。

 桃音に男子高校生を弄ぶ小悪魔になって欲しくないと切望する輝瑠は、桃音に言う。


「桃音、あまり男子高校生を勘違いさせるような言動はやめてくれよ。男子高校生が女性不信になりかねないから」


「唐突に何!? ももがそんな風に見えるワケ? ちょっとショック」


「いやさ、桃音ってなんかあざといじゃん?」


「そんなのわざとお兄ちゃんにだけ、見せてるんだよ~」


 萌え袖でカップを両手で持つ桃音。熱いコーヒーを冷ますように息を吹きかけるその姿もあざと可愛い。しかし、輝瑠だけにあざとアピールするなら被害は起こらないが、さっきわざと見せていると聞いてから、桃音のあざとさがウザく見えた。

 そんないつもの緩い会話をしながら二人は朝食を終えると、テレビから天気予報が流れて今日の天気を告げられる。

 今日は曇りのない快晴。気温はまだ冬のような寒さで15度前後。4月になったばかりなのに未だに冬並の寒さと、天気予報士が話す。

 寒いのが苦手な輝瑠は早く春が来て欲しいと切望し、そろそろ学校へ向かう時間に迫ってきた。

 玄関で靴を履いていると、玄関前に佇立するパジャマ姿の桃音が寂しそうな顔を浮かべていた。輝瑠は手を伸ばして頭を撫でると、桃音は少しだけ寂しさが和らいだ。


「お兄ちゃん」


「ん?」


「・・・・・・いってらっしゃい」


 手を小さく振ってお見送りする桃音に、輝瑠は「いってきます」と告げて家を出た。

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