第3話 孤立の理由
徒歩10分で駅に辿り着くと、朝早く起きたせいか輝瑠は欠伸をした。
学校へ向かうのも億劫で、桃音の言うとおり気怠げな目をしている。駅に着いた頃には輝瑠の身体は睡眠を欲していた。
ポケットから定期券を取り出して、改札口の読み取り機に定期券をかざす。別の改札口でエラー音が聞こえ、輝瑠はそれを一瞥し、電車のホームへ歩き出す。学生や社会人が並ぶ列に輝瑠も並び、ぼーっとした眼差しで電車が来るのを待っていた。
輝瑠が通う
偏差値は平均より上の進学校。輝瑠が桐浜高校を選んだ理由は、中学生の時の同級生と会えない場所だからである。本当は近場の高校を適当に受験する予定だったが、中学校で色々と面倒な事が起こったのが原因で、少し距離がある桐浜高校を受験する羽目になった。
ただ桐浜高校でも面倒な事が起こって、輝瑠の学生生活は波乱続きである。
「ふぁーー」
眠気が襲い、また欠伸が出る。
しばらくして電車がやってくると、降りる人数は少人数に対して乗車する人数が多く、輝瑠は中の方へ真っ先に向かう。周囲は制服を着た学生とスーツを着た社会人が半々くらい。ほぼスマホを手にしてニュース記事やソシャゲ、動画など各々自由にしている。すぐに発車ベルが鳴り響き、電車が発車すると、輝瑠はいつも変わらない外の移りゆく景色を眺めた。
すると後ろから女子高生の会話が耳に入る。
「昨日のニュース見た?」
「え? 昨日って何かあったっけ?」
「月花が活動再開だって話だよ!」
「え? マジそれ?」
「マジマジ! 活動再開してすぐに新曲も出るんだって!」
「何それ楽しみなんだけど~? いついつ?」
二人の会話は数年前に活動を中止していたとある歌手ーー月花。
当時、女子高生を中心に話題沸騰だった歌手で、その歌声に魅了された人達が傾倒し始め、メディアにも取り上げられ、大人までも虜にした。今もなお多くの熱狂的なファンがいる。
輝瑠は月花の事は詳しくないが、その名前は耳にする機会があった。
実は朝、桃音が鼻歌をしていたのが月花の曲である。CDの初回限定盤、通常盤を全て持っており、活動中止になっても飽きるほど曲を聴いているくらいに、桃音は月花の大ファンなのだ。
布教活動でいくつか輝瑠に曲をおすすめされたけど、輝瑠は興味が沸かず、桃音がそれで不機嫌になったことを思い出した。
布教された時以降、桃音は月花の話をしなくなったが、それがきっかけで月花の事は知っていた。
(月花の活動再開か・・・・・・)
昨日、活動再開と新曲についてニュースになっていたのなら、今朝の桃音が騒いでいたはずだ。けれど、今日の桃音のテンションは至って普通だった。
まだ知らない情報なのか、それとも知っていたが輝瑠に話した所で素っ気ない反応をされるから口に出さなかったのか。おそらく後者だろう。
未だに月花について語っている女子高生達を余所に、輝瑠は眠そうに何度目かの欠伸をした。
そして、20分電車に揺られてようやく目的の駅に着いた。電車に乗車していたほとんどの学生がどっと降りていく中、輝瑠も人の波に乗って改札口を出る。
その学生の三割ほど、制服に汚れや皺がなく、真新しい事に輝瑠は気づいた。
駅を出てしばらく歩き、今日は何かあるのか考えていると誰かに肩を叩かれた。
「よ!」
振り向くとそこには眩しい笑顔をしたイケメンがいた。
彼の名前は
「伊澤か。俺に何の用だ?」
「相変わらずつれないな。友達なんだから声をかけたんだよ」
「友達?」
蓮太の口から出た言葉をオウム返しする。
長年の腐れ縁のような距離感の近さで、親しい関係だと思われるが、蓮太とは高校一年からの短い付き合いになる。
友達と言うほど、親しい関係かと問われれば、輝瑠は首を傾げるだろう。
彼とはただのクラスメイトとしか認識していなかった。
「あれ? 違った? 俺はそう思ってんだけどな」
輝瑠の反応に戸惑う蓮太。
「あーどうだろ」
曖昧に言葉を濁した事で微妙な空気となる。
現在、輝瑠は学校では孤立し、いつも一人でいることが多く、友達と呼べる存在がいない。別に輝瑠が好んで孤立しているワケではなく、とある理由があって孤立している。
それは蓮太にも少し関係する事柄だった。彼に話しかけられるようになったのも、それがきっかけである。
そのきっかけとは、先輩に難癖をつけられていた蓮太を輝瑠が助けたというだけの話。輝瑠にとっては大した事はしていない認識でいるが、しかし周囲の反応は違っていた。
輝瑠の行動に根も葉もない噂が人から人へ瞬く間に伝播し、情報のネットワークは悪い方へ拡散され、輝瑠の印象を悪くした。
そんな噂を聞いた同学年は、現在進行形で輝瑠に関わらないよう避けはじめる。結果、孤立する。今更輝瑠本人が否定したところで、誰も信じないだろう。
輝瑠にとって周囲の評価に全く興味がなく、何を言われた所で気にしてなかった。
気にしていたのは助けられた蓮太の方だ。
噂を知った蓮太が取った行動は、クラスメイトや友人に事実を話したこと。蓮太の人徳もあって、一部の人だけは噂が事実ではない事を信じたが、それでも噂の印象が強かったせいもあり、輝瑠に話しかけようという生徒は蓮太を除き誰もいなかった。
そういった経緯もあり、よく蓮太に話しかけられている。
そんな二人の組み合わせに、経緯を知らなければ誰もが違和感を覚える人は多いだろう。
片やサッカー部に所属し、部内ではかなりの評価を受けて、既にレギュラー入りしている期待のエース。しかも成績優秀で女子からモテる完璧なイケメンである。
そしてもう一方は死んだ魚の目をして、暗い雰囲気の印象が強く、噂の影響もあって忌み嫌われる存在。
周囲からすると二人の関係性は謎だろう。
現に少し離れた数人の女子生徒が、輝瑠と蓮太が一緒にいることに訝しんでいた。
「今日は朝練とか無かったのか?」
「今日入学式あるのに、朝練あるわけないだろ?」
「入学式? あー、今日って入学式なのか」
「いやいや流石に忘れてるとかないだろ? クラス替えする事も忘れてるのか?」
「忘れてた」
今日が入学式のこと、高校二年に進級する事を完全に忘れていた輝瑠。もし蓮太に出会わなかったら、友達がいない輝瑠は普通に元クラスの教室へ向かって、恥をかいていただろう。
この時、友人という存在がありがたいと初めて感じた。
二人はクラス表が張り出されている昇降口前へ向かうと、掲示板前には大勢の人集りが出来ていた。
その中へ入る勇気が輝瑠にはなかった。人が掃けるまでしばらく待つ事を選択すると、蓮太は輝瑠の分まで見てくると人集りへ近づいた。
蓮太は「悪い、ちょっと通るよ」と声を掛ける。すると、蓮太に気付いた陽キャグループが蓮太の肩を叩き、陽気に声を掛ける。一言二言交わすと次々と蓮太に声を掛けて、道を譲り、すいすいと前まで到達する。
流石に人気者だけはある。自分なら無理に前へ行こうものなら睨まれて陰口を叩かれる。
その様子を眺めながら、なぜ輝瑠と友達になろうとしたのか、改めて疑問に思う輝瑠である。
しばらくして蓮太が戻って来ると、蓮太と同じA組だと歓喜していた。知り合いがいるのは輝瑠としても助かった。
2年年の階へ上がり、二人はA組の教室へ入る。既にグループで話していた新クラスメイト達は、輝瑠の姿を見るやあからさまに空気が変化した。中には元クラスメイトも何人かいるが、輝瑠の姿を見ても気にも留めていない。
ただ噂話を鵜呑みにしている生徒は少なくない。
教室内に漂う微妙な空気に蓮太が一歩前へ踏み出そうとするのを、肩に手を置いた輝瑠は。
「2年もよろしくな」
その一言を言葉にして自分の席となる場所へ歩き出した。
「・・・・・・まったく」
言外に余計な事はしなくていいと釘を刺された蓮太は溜息を吐いた。
周囲に何を言われようとも、輝瑠は慣れたもので気にしていなかった。
チャイムが鳴るまで微妙な空気は続いていた。
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