忘却青春から始まる新たな1ページ

凉菜琉騎

君のために恋色フューチャー

第1話 夢の中で歌う少女

 それは不思議な夢の中の出会い。

 彼女の歌声に惹かれた彼の話。

 彼と彼女の青春の日々。

 これまでの軌跡を綴った日記に、二人の話が書かれていた。

 それを読み返す彼には知らない出来事ばかり。他人の日記を読んでいるような感覚しかない。


 ーー今の彼には知らない青春の物語である。



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 雑踏の中、愛瀬輝瑠あいせかぐるはステージ台に立つ白いドレスを着た少女の歌声に聞き惚れていた。

 場所はとある横浜。

 ステージ台の前には人の行き来が激しい雑踏が、右へ左へ流れていく。誰一人としてステージへ目を向けられず、素通りしていく。

 だけど、少し離れた場所、道の真ん中で輝瑠は立ち止まって一人ステージへ視線を向けている。

 ふと、輝瑠は周囲を見渡す。

 輝瑠の目の前にサラリーマンが通り過ぎ、背後を複数人の大学生が通り過ぎる。それらに違和感を覚える。

 人通りの多い場所で、道の真ん中に立ち止まっていれば、文句の一つでも出てもいいだろう。しかし、通り過ぎる人全て、表情から感情はなく無表情で、会話もなく無言である。

 邪魔な輝瑠の事を認識してない様子で、目の前に障害物があるからただ避けたような動きをしている。

 明らかに様子が変である。

 試しに目の前で手を振ったり、肩を叩いたりするが無反応。輝瑠の事を認識されていないようだ。

 それはステージ台に立つ少女も同様。

 周囲の人々から二人の事を全く認識されていない。それはまるで世界が二人を拒絶されているみたいだ。

 輝瑠は学校での自分が似たような状況にいることに、苦笑いを浮かべた。流石に認識はされているが、関わらないよう距離を置かれている程度である。ある意味イジメに近いけど、決して輝瑠はイジメを受けているワケではない。

 ひとまず、輝瑠が現在置かれている状況について考えを巡らせる。

 とはいえ、考えるまでもなく、輝瑠はこの奇妙な状況の正体を確信していた。

 二人がいる場所。


 それはーー夢の中。


 本来なら、夢を見ている状態は意識を判然としていない。起きた瞬間でさえ、夢の内容は朧気で、時間が経てばすぐに忘れてしまう事が多いだろう。

 それが誰もが見る一般的な夢。

 しかし、輝瑠が現在見ている夢は、ここが夢だと認識しており、意識はハッキリしている。起きた後でも、時間が経ても夢の内容は記憶に残っていることがある。

 普通の夢でなければ、なら輝瑠は明晰夢を経験していることが考えられるが。

 輝瑠が現在体験している夢は明晰夢とは似て非なるものである。


「・・・・・・あー、これはあれか」


 この不可思議な夢は初めてではなかった。過去に輝瑠は似たような現象を体験していた。そのため、大して驚きはない。

 輝瑠は頭を抱えて、溜息が零れる。

 今回、不可思議な夢を輝瑠に見せている原因となる人物へ輝瑠は再び顔を向ける。

 ステージ台で歌う少女。

 マイクを手に熱唱する少女の姿は魅力的に映り、不思議な力に引っ張られるような程に目を惹かれる。少女から紡ぎ出す歌声は透き通るような綺麗な音色をして、人々の心を鷲づかみにしてくる。一度聴けば、不思議と胸の奥から熱いものが込み上げ、高揚感が高まってくる。

 それほど、少女の歌声には不思議な力があり、夢中にさせるのだ。

 普段、音楽を聴くことがない輝瑠は歌でテンションが上がることはあるが、心を揺さぶられるほど夢中になったことはなかった。

 初めて心や脳に歌声が反響し、もっと少女の声が聴きたいと深みにはまって、目や耳が離せずにいた。そんな一種の中毒症状のような状態に陥っている輝瑠。

 しかし、ステージ台の少女へ視線を向けているのは輝瑠だけで、人を惹きつける力があっても、人々には届いておらず、素通りされる。

 それを一番に理解し、痛感しているのは少女本人だろう。ステージ台の上からだと人々の様子がよく見えるため、誰も少女の歌に耳を傾けていない事もすぐにわかる。

 そのため、先ほどまで歌に集中していた少女の瞳に、素通りしていく人々が映ってしまう。


「ーーっ~~!?」


 さっきまで透き通った歌声が掠れて、少女の歌声が誰にも届いていないことが悔しく、眉間に皺が寄って声が弱々しくなる。

 歌は続けられるが、集中力を奪われて音程は少しずつ外れる。次第に自棄気味な声で、ほとんど叫び声に近い歌声が響き渡る。

 自分の存在を必死にアピールし、自分の存在を認めてもらうため、歌を続ける。

 しかし、誰一人として、足を止める人はいない。

 一瞥すらなく、少女の存在さえ気づくものはいない。

 それに耐えられず、歌声から涙声へと変わり、やがて口を閉ざしてしまった。脚が崩れ、その場に座り込み顔を俯かせる。

 誰も歌を聴いてくれない、誰も少女を知らない、誰も認識されない。これが夢の中で、あり得ない状況だと理解しても、それは少女にとっては苦々しい思いでしかないのだろう。


「ーー・・・・・・どうして」


 少女は拳を握り締める。唇を噛みしめて、俯いた顔を上げると目の前で素通りしていく人々を睨み付ける。

 ゆっくりと立ち上がり、少女の手は服を握りしめる。

 少女の行動に疑問符を浮かべる輝瑠。何かを躊躇する姿を見せ、一体何をしようとするのか。

 そして、少女は一度呼吸を整えると、次の瞬間に行動を移した。

 身につけていた衣装をビリビリに破る音が響き、白い肌が露出する。

 破かれたドレスを脱ぎ捨て、あっという間に淡いピンクの下着だけになる。傷一つ無い綺麗な肌が露わに、羞恥心を吹き飛ばすように綺麗なストレースの黒髪を手で横に払う。

 ほどよい膨らみの胸を強調するように堂々とした出で立ち。スラリと伸びた脚線美は白く輝きを放っているようで。モデル並のプロポーションな肢体には、誰もが目を奪われる艶麗さがある。

 誰も認識されていないからといって、流石にやり過ぎだと冷静になる少女。頬に赤みを差し、ステージ台前へ行き来する人々を目に映し。


「これでも・・・・・・あたしの事を・・・・・・っ!?」


 下着姿になっても、まだ誰も少女を見ていない。それが悔しいと思った少女は自分の下着姿へ視線を落とす。下着に触れて、少女は決意を固めた顔をする。

 冷静さは既に失われ、自棄気味に最後の鉄壁となる下着までも取り払おうと手が伸びる。当然、羞恥心はある。だけど、これは夢の中で、誰も見られていないのならという気持ちはあるが、少女は注目されるために行動をしている。そんな矛盾をしつつ、躊躇は一瞬、羞恥心までも取り払い。下着を脱ぎ捨て、全裸姿となった。

 夢の中だから冷たい空気が肌に触れることはなく、肌寒さはない。

 人々はというと、当然だが全裸姿の少女に目を向けられず、素通りされる。認識されていないのだから結果は分かりきっていただろう。

 それに少女は安堵するが、全裸になっても気づかれないという複雑な思いはあった。

 もはや羞恥心はない。

 ステージ台を素通りする人々を睨み付け、マイクを拾い、握りしめる。息を吸い込み、少女は歌い始めた。

 そんな一部始終を輝瑠は見てしまった。

 最初、下着姿になったのを極力見ないよう努力をして、あらぬ方向へ目を向けていたが、輝瑠も男である。思春期の男子高校生ならば、当然気になってしまう。

 ジロジロ見るのも失礼だと思っても、少女は輝瑠の存在に気づいていないのなら、こっそり見ても良いのではと悪魔に囁かれる。

 この状況では流石に少女の前に姿を現すわけにはいかないだろう。さて、どうしようかと悩みつつこっそり少女へ視線を戻すと、いつの間にか全裸姿になっていた。

 流石にそれはまずいと視線を逸らすが、異性の裸に興味がある年頃。当たり前だが見たい衝動に駆られる。

 そもそも、少女が誰も見ていないと思い込み、全裸になったのが悪い。そう思い始めた輝瑠は、この際、堂々と目に焼き付けようかと、胸の鼓動がドキドキと高鳴るのを感じながらステージ台の上で歌う全裸の少女を三度目に映すと。


「・・・・・・え?」


「・・・・・・あ」


 二人の視線が交わる。

 時が止まったように二人は硬直する。

 そして先に動いたのは少女である。直ぐに脱いだ服を拾い、身体を隠すように自らを抱いて素肌を隠す。まさか見られているとは思っておらず、肌が熱を帯びたように熱く感じ、徐々に顔は真っ赤に染まる。

 輝瑠はどうしようかと思案すると、咄嗟に周囲に合わせるよう行動を起こすーーが。


「い、今更誤魔化しても無駄よ!? あなたあたしの事見てたでしょ!?」


 少女の夢の中、意思を持たぬ人々が少女を認識していないのに、一人だけ意思があり、少女に向ける邪な視線には違和感しかないだろう。少女が確信を持って、輝瑠が同じ夢を見ている人だと直感が働いた。


「・・・・・・」


 バレても輝瑠は答えず、意思無き人々に合わせてやり過ごそうとする。


「あなたに意思があるのはわかるのよ!」


「・・・・・・」


「ちょっと、あなた聞いてるの? 今更気付かなかったフリしてもーー、・・・・・・って待って。あたしと同じ夢を見ているのよね・・・・・・? あり得ない話だけど、同じ夢を見るなんて・・・・・・そんなことできるの?」


 同じ夢を見ていると思っていても、当然の疑問である。少女がなぜそう感じたのか、自分でもわからない。だけど、同じ夢を見ていると直感が訴えている。

 少女は独り言を呟いて、今起きている状況について整理する。


「これが夢・・・・・・。なら夢の内容は覚えていない事が多いのよね・・・・・・? 普通は覚えていないはず・・・・・・うん、きっと覚えていない」


 覚えていないと繰り返し、少女は少し落ち着きを取り戻す。

 しかし、残念ながらこれは普通の夢ではない。それを伝えるのは少女にとって酷な話だろう。これが普通の夢だと思ってもらった方が都合がいい。時には現実を教えないのも優しさになる。

 それに少女とは会うことはないとこのときの輝瑠は思った。


 ーーしかし、出会うはずがないと思っていた少女と再び出会うとは、輝瑠は思わなかっただろう。

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