終話 帝都への帰路
「本当になんと礼を申せば良いか——」
無事に鬼退治を終えたつぐみと朱那は、一心とはつ、鬼に攫われた娘達を連れて村長の家で歓待を受けていた。
夜明けを迎えると、山城は本来の姿である荒れ果てた廃墟に戻った。餓鬼に攫われ鬼憑きと成っていた村の娘達は、山城の地下牢に囚われていたが外傷も無く、妖気も消え失せている。大獄丸を討伐したことにより、鬼の霊も成仏したようだ。
「そんな……僕達は鬼退治をしただけで、女の子達が見つかったのはたまたまなようなものだし——」
「つぐみの言う通りだ、村長。結局、万年竹はあの餓鬼に持ち逃げされた。また一から振り出しに戻ったに過ぎん」
村長の家の居間。壁に背を預けて眠そうな朱那があくびを噛み殺しつつ、つぐみに同意する。
二人の本来の目的である万年竹は結局また行方知れず。
そうで無くてもここ最近は、行く先々で怪異と遭遇しているので、この雲を掴み続けるような状況に、一石投じたいところでもあった。
「村長さん。そういう訳で、僕達は今日の内に帰路に着くつもりです。神主さんにも今回の顛末はきちんと報告しないとですし……」
「——分かり申した。ですが、お二人は我が家にとっても村の皆にとっても大切な恩人。いずれまたこの村をお訪ねくだされ。その時は丁重にもてなさせていただきとうございます——」
村長に自ら深々と頭を下げられたら、さしもの二人も断ることなど出来ない。
いずれまた、必ず————と約束し、帰り支度を始めた。
☆ ★ ☆ ★ ☆
「ふぁーあ……眠い」
「……欠伸をしながら歩くな。はしたない」
村から帝都への帰り道。近くの宿場までは夜までには着きそうではあるが、二人の眠気は限界を迎えていた。つぐみを注意する朱那も、時折目をうつらうつらとさせ、往来から田んぼに落ちかける度、つぐみに引き戻される始末。
ただでさえ目立ちやすい二人は往来を歩く旅人からしてみれば、好奇の目で見られる対象であった。
「ふぁふ……さっきから道ゆく人々の視線が気になるが、お前のせいか? つぐみ」
「ふあーぁー……。それは朱那が寝落ちしかけて、何度も田んぼに落ちそうになってるから……でしょうが」
このままでは本当に往来で二人一緒に船を漕ぎかねない————。
危機感に駆られた二人は最終手段を取ることにした。
二人並んで立ち、お互いに片方の頬を引っ張る。
みょーんと頬が伸びた二人の姿は、それまで以上に注目を浴びるが背に腹は変えられぬ。
宿場町までなんとか頑張ろうと二人が歩き出すと、後ろから自分達を呼ぶ声が聞こえてきた。
「つぐみさん! 朱那さーん! ——よかった、追いついた」
「つぐみ姉様! お礼もお伝え出来ていないのに、帰らないでくださいませ!」
向こうから走ってくるのは一心とはつだった。
夜通し起きていたのは二人も一緒なはずなのに、随分と元気だなー……と感心するつぐみ。
「……お二人とも何をされているのです?」
「何って……寝落ちしないように頬を引っ張りあってるだけだけど?」
「もう……せっかくのお綺麗な顔が台無しです。おしぼりを持ってきましたから、これでお顔を拭いてくださいませ」
はつからほんのりあったかいおしぼりを渡され、つぐみと朱那は顔を拭く。
耐え難い眠気がほんの少し、薄れたような気がした。
「それと……忘れ物ですよ、ほら竹筒の水筒」
「ああ……済まない、置いてきてしまってたのか」
「それとこれは私が握った塩むすびです。筍の漬物も入っておりますから、道中お腹が空いた時にでも召し上がってくださいね。つぐみ姉様」
「わぁ……ありがとう、はつちゃん! お腹ぺこぺこだったんだ」
朱那は一心から竹筒の水筒を受け取り、つぐみははつからお弁当を預かる。
慌ただしく村を跡にしたので、二人に別れを告げる暇も無かったのだ。
それでも、こうやって村から追いかけて来てくれたことは有難いことだった。
「それで……忘れ物を届けに来てくれただけか?」
「いえ……お二人にお伝えしなければならないことがありまして——」
何故か歯切れが悪くなる一心の様子を見て、つぐみと朱那は顔を見合わせ頷き合う。
薄々だが、彼が告げたいことはなんとなく想像がついていた。
「一心君。はつちゃんを助ける為に、あの餓鬼にいいように扱われていたんでしょ?」
「……どうしてそれを?」
「——簡単な事だ。お前と邂逅したあの古びたお堂に、妖気の気配は微塵も感じられ無かった。普通の人間であるお前に、あれほどの結界を張ることは到底不可能な話。————そんな高度な術、餓鬼風情が行えるとも思えない。——話せ、一心。お前は一体誰に命じられて、私達をあの場に呼び出した?」
朱那の朱い瞳に見つめられて、一瞬言葉を失う一心であったが顔を上げて真剣な表情で口を開く。
「————詳しくは分かりませんが、餓鬼を使役していたのは
「一兄様……」
俯き涙を流す一心をはつの小さな手が優しく撫でる。
ようやく明らかになったこれまでも二人にちょっかいを掛けて来た見えない黒幕の名が分かり、朱那とつぐみは表情を引き締めた。
「貴重な情報、感謝する」
☆ ★ ☆ ★ ☆
二人と別れ再び往来を行く二人は、さっきまでと打って変わって神妙な表情をしていた。
道満法師……二人の行く先々で万年竹の行方をチラつかせている者の正体。
だが、その目的はいまいち見えてこない。
「どう、思う? 朱那」
「さあな……ただ」
「ただ?」
朱那はそこで言葉を区切ると、隣を歩くつぐみに振り向いた。
「万年竹を追い続ける以上、いずれ接触する機会が来るのは時間の問題だ。その時までに精々、腕を磨こうではないか?」
「その通りだね! よーし、それじゃ宿場町まで競争だよ! 朱那!」
「こら!? 往来で走るな!! みっとも無い!!」
午後のお日様が照らす田んぼの畦道。
未来の世から来た男子の巫女と、人では無く妖でも無い半妖の少女は元気よく駆け出して行った。
月喰みのかぐや姫 ——短編版・終——
月喰みのかぐや姫 ー短編版ー 大宮 葉月 @hatiue
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