第十話 送り火

 山頂まで跳躍を繰り返しあっという間に本丸に到達した朱那は、蛍火を振るい蠢く鬼共を片っ端から屠っていた。

 怪力任せに突っ込んでくる鬼の足を引っ掛け、体幹を崩したところに妖気で脚力を強化し蹴り飛ばす。大小様々な姿の鬼が爆竹のように吹っ飛んで、勢いが削がれた。


「————我が蛍火と狐火の餌食になりたくなければ、私の連れと村の娘達を大人しく返すがいい。それで手打ちにしてやる」


「半妖ガ……調子二乗ルナァァァァァ!」


 一方的に蹂躙されることだけは我慢ならない鬼達が我先にと朱那に襲いかかる。

 どの鬼も目が血走り、それだけ半妖……それも妖狐にいいようにやられるのが余程腹に据えかねたらしい。

 対する朱那は小憎らしい程落ち着き払っており、襲いかかる鬼達の前で蛍火を鞘に納刀した。


「その匂い……西の方位、京のお山から流れて来た鬼の群れか。ならば————」


 目を血走らせた鬼達の前で太刀の柄に手を掛けたまま、朱那は月に届けとばかり高く高く跳躍する。呆気に取られ見上げる鬼達の視界に月光を受け、夜空に舞う美しい白銀の妖狐が映っていた。


「————東山、如意ヶ嶽に灯る『大ノ字の送り火』。京に棲まう鬼なら一度でも見たことはあるだろう? ——白面朧術、燐火一閃!」


 地上に向けて放たれた狐火を蛍火で更に一文字に切り裂く。

 目にも映らない神速の領域で放たれた白銀の刃は、妖気の炎を大の字に切り抜き、形を保ったまま肥大化して地上に到達した。


 さながらその光景は、盆の頃、京都五山に灯される送り火を彷彿とさせ、地獄の業火にも耐える鬼の皮膚が死者を弔いあの世へと送る火で焼き尽くされた。


 くるくると回転しながら静かに着地を決めた朱那は、運よく焼き尽くされるのを逃れた鬼達に、人間の姿の時よりも凄みを増した美しい顔と太刀の切先を向ける。


「まだやるというなら、この山城ごと我が狐火で燃やし尽くすがどうする?」


 朱い妖狐の瞳に射抜かれた鬼達は一斉に後ずさる。

 その時、前方に在る主郭の門が開き、身の丈八尺約2M以上の大柄な鬼が朱那の前に姿を現した。肩に担いだ丸太程の大きさの金棒に、額から生えた長く鋭いツノ。

 獰猛な大男を思わせるその口は、下から牙が生えている。


 蓑の腰巻きを履いたこの鬼こそが、餓鬼が口走った鬼の首魁『大獄丸』であった。


「随分と派手に暴れてくれたなァ? 半妖」


「村の娘をかどわかした上、私の連れを攫うような暴挙、断じて許しはせぬ————」


 格上の鬼相手にも怯まない朱那は、敵意の眼差しを大獄丸に向ける。

 恐れを知らぬ美しい白銀の妖狐に目を奪われた大獄丸は「——気に入った」と呟くと、巨体に見合わぬ体捌きで朱那の眼前に立ち塞がった。


「————馬鹿な……なんだ? その動きは?」


「ちょいとした裏の外法よ。どうだ? 妖狐の娘。俺様の配下、いや嫁になる気はねぇか?」


「何を戯けたことを————。誰が貴様如き三下の伴侶などに……」


 慌ててその場から飛び退く朱那。先回りするかのように大獄丸はその背後を取り、朱那の華奢な身体を鷲掴みにした。


「迂闊……」


「いいねぇ。その気の強さ——ますます気に入ったァ。テメェを抱いて寝たらさぞかし夢見が良さそうだ。伝手があってなァ? 俺様の嫁になるならテメェを本物の妖にすることだって出来るぜェ? ——大方、人の世で肩身狭く日陰で生きてるんだろ? 半妖なんてやめて妖になっちまえよ。そうすりゃテメェは自由だゼ?」


 酒臭い鬼の吐息が耳に掛かり、朱那は身動き出来ないまま妖酒の匂いで頭がぼうっとなる。

 おかしい……身体が言うことを聞かぬ——。何故、この戯けた鬼の誘いを断る言葉が出てこない——。


 鬼の言う通り、朱那は半妖として陰日向に生きて来たことは否定出来ない。

 文明開花の世になり、海の向こうからの異人の渡来は珍しいものでは無くなったが、朱那のような存在まで人の世に認められた訳では無い。


 妖気を隠すすべが未熟だった頃は、人に在らざる容姿を見られて石を投げつけられたこともある。何より、自分を捨てた母を決して許しはしない。捨てるくらいなら何故、妖でありながら人である父とつがいになり、私を産んだのかその理由がどうしても知りたい。


 それとも半妖だから、捨てられたのだろうか?


「さーて、どうする? 妖になる覚悟は決まったか?」


「わ、わた……しは————」


 朱那が本意では無い返答を告げようとしたその時、足元に一本の矢が突き刺さった。

 

「な、なんだ? この矢は————?」


「——打ち込み成功です。つぐみさん、お願いします!!」


「後は任せて一心君!! ————月影にわすらるる、月の如し美しき君。天照あまてらし威光を示さん——!!」


 聴き慣れた破魔の祝詞が耳朶を打ち、朱那の身体の自由が戻る。

 やじりに巻き付けられていたのは、月の御紋のお札。

 矢が打ち込まれた地点から、込められた霊力が開放されて朱那と大獄丸を包み込んだ。

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