第五話 鬼に憑かれた女の子達

 露天風呂を見下ろす高台に突如現れた、神隠しに遭った村の女の子達。

 彼女らの生気が見られない虚な瞳で射すくめられ、つぐみはぶるっと身体が震えた。


「なつ姉に、唯ちゃん、楓に、一葉かずは? 皆、神隠しに遭ったんじゃ……」


「一心君!! 直ぐに逃げて!! あの子達、様子がおかしい!!」


 つぐみが大声で叫ぶと同時に、高台から女の子達が一斉に露天風呂に飛び降りて来た。

 その高さおよそ三十三尺約10M。常人ならまず間違いなく、足を挫くだけでは済まされない高さであるが素足の彼女達は、皆一様に音もなく地に降り立つ。

 人間離れした身体強化が施されているようだ。つぐみはじりじりと後退しながら、彼女達の顔を凝視した。


(額から生えたツノと犬歯が異常発達したような牙……。この子達、もしかして——)


「がぁっ……!? やめてくれ……はつ……、苦しいぃぃぃ……」


 脱衣所から一心の苦しそうな息遣いが聞こえ振り向いてみれば、彼よりも体格の小さいおかっぱ頭の女の子がその首を締め上げるように持ち上げている光景が飛び込んできた。

 目の前の鬼化した女の子達もほっとけないが、このままでは一心が絞め殺されてしまう。

 女の子達に背を向けたつぐみは、滑る濡れた玉砂利の上を一目散に駆け抜ける。

 勢いのまま一心の首を締め上げているはつを突き飛ばした。つぐみも脱衣所の木の床をごろごろ転がりながら用心の為に忍ばせていた札の束を掴み取る。


「——月影にわすらるる、月の如し美しき君——。天照あまてらし威光を示さん——」


 霊力を込める真言を素早く唱えると、札に描かれた月の御紋が金色の光を放つ。

 ——今宵は満月。月の引力が最も強まる日であり、つぐみの霊力も活性化する日だ。

 大した力を持たない妖なら消滅させてみせるほどの、霊力が込められたお札がつぐみの手から放たれて、はつの額に張り付いた。


「——ア? ガァァァァァァァァァァァァァァ!?」


 幼い女の子の喉から発されたのは、獣の叫びにも似た苦痛を訴える叫び声だ。

 狼の遠吠えの如き人あらざる叫びは村中に響き渡るかのよう。

 見えない妖気をも察知出来るつぐみは、はつの額から半透明のツノのようなものが生えかけているのを目撃する。

 一体……何が起きてるの——と、つぐみがぎりっと歯噛みすると、後ろから鬼化した女の子の一人に羽交い締めにされてしまった。


「しまっ……」

 

「つぐみ!!」

 

 危ういところで駆けつけた朱那は、つぐみから女の子を引き剥がすと取っ組みあったまま回転し、巴投げで湯船の上に投げ飛ばす。

 湯煙と水飛沫が舞い、より一層視界が悪くなった。


「た、助かったー……。朱那、ありがとう!」


「礼なんて言ってる場合か!! なんでもいいから羽織って、一心を連れて離脱しろ!!」


「——了解だよ。そんなことより、その子達は神隠しに遭った村の女の子達なんだ!! だから斬っちゃだめだからね!?」


「……なんだと。それが本当なら、蛍火は振るえないでは無いか!?」


 上から浴衣だけ羽織って一心と共に離脱したつぐみから面倒なことを聞かされた朱那は、一斉に襲い掛かる女の子達を相手に、鞘に納めたままの太刀で応戦を始めた。

 前方より三人が朱那に襲いかかるが、身を捻り鞘を振るって右の女の子の脇の下を峰打ちする。

 将棋倒しの如く温泉にどぼんと沈む女の子達の影から更に五人が飛びかかってきた。


「ええい……洒落臭い。要は斬らねば良いのだろう!?」


 刀を腰に佩き、鞘から蛍火を疾らせる。

 振り抜かれたのは刃では無く、刀の背に当たる鎬筋しのぎすじ

 逆刃に振り抜かれた刀は、剣圧を発し妖気を乗せて空気を震わせる衝撃波を生み出した。

 今にも飛び掛からんとしていた女の子達は、一人残らず温泉に叩き落とされあちこちからどぼん……と水飛沫が舞い上がる。


 元が人間である以上、憑いてる鬼を祓えば元に戻るはずなので、危害を加えるような妖術も使えない。


 こういう時に役に立つのがつぐみが持つ強大な霊力なのだが、今しがたこの場から逃したばかりである。——この窮地……どう乗り切る? と思考を巡らしていると温泉を見下ろす高台の上に、突如妖気が渦を巻く。


「……随分と勇ましい女子おなごよ。世が世なら女武者……といったところかのぅ?」


 そこに現れたのはしゃれこうべに皮だけ貼り付けたような不気味なかおに、青い鬼火が灯る落ち窪んだ眼孔。村の子供が羽織るような藍染の半纏を引っ掛けた血色の悪い童のような鬼……であった。

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