第六話 鬼を追って

「お前は……何者だ!?」


「カカッ、そう急くで無い。ふーむ、しかし霊力の強い女子おなごは逃してしもうたか。——鬼の娘達よ、引き際じゃ。あの女武者相手ではぬし共が束になったところで敵わんじゃろうて」


 童の鬼に従うかのように、着物をお湯でずぶ濡れにした娘たちが次々と跳躍し離脱する。

 突然、退しりぞき始めた娘達に呆気に取られる朱那の頭上を、巴投げで投げ飛ばした娘が飛び越えて行く。


「————しまった。その童女を離せ!!」


 時、既に遅し。つぐみの霊力により気絶したはつを抱きかかえた娘は、その身から湧き出した妖気と同化するように姿を消した。俄に外も騒がしい。村の衆が今更ながら騒ぎに気付いたのであろう。こんな山奥に駐在が居るとも思えないが、許可なき帯刀は明治政府により禁じられている。


 太刀を鞘に収め、念の為に認識を誤魔化す幻術をかけ直し竹刀袋に仕舞った。

 荒れ果てた露天風呂を後にした朱那は、つぐみの匂いを辿り急ぎ村長の家へと駆けるのであった。


☆ ★ ☆ ★ ☆


「朱那!! 良かったぁ、無事で!!」


「ええい……引っ付くな!? 暑苦しい!!」


 村長の家の居間。元のブレザー服に着替えたつぐみが戻ってきた朱那に抱き付いていた。

 はたから見れば微笑ましい光景ではあるのだが、つぐみの正体を知っている朱那としては内心複雑な気持ちである。放っておけばいつまでもそうしていそうな二人の前で、村長むらおさはごほん……と、わざとらしく咳払いをした。


「と……とにかく、朱那殿もつぐみ殿もご無事で何よりでした」

 

「いや……。あの場の異様な空気に飲まれさえしなければ、はつ殿も連れ戻すことが出来たはず……です。全ては私の未熟ゆえ——」


 朱那は畳に正座し、村長に謝罪の意を示すかのように深く頭を下げる。

 慌ててつぐみも村長に頭を下げた。


「……朱那の言う通りです。仮にも退治屋名乗ってるのに、妖にいいようにやられたのですから」


「そんなこと……無いと思う。つぐみさんが身を挺して助けてくれなければ、おいらは……はつに締め殺されててもおかしくなかった」


「……一心君」


 つぐみは顔を上げて、村長の隣にあぐらをかいて座っている一心を真っ直ぐ見る。

 表向き、見事な黒髪の大和撫子なつぐみにじーっと見つめられて、恥ずかしくなった一心はふいっ……と顔を背けた。もしかして、嫌われた? と勘違いしたつぐみがずりずりと近付くと、その度に一心も後ろに後退する。


 その時、後ろからつぐみの頭がぱしんとはたかれた。


「……何をしているんだ、お前は」


「そっちこそ、頭を叩かなくてもいいじゃん……」


「あはは……仲が良いんだね。つぐみさんと、朱那さんは」


『『何処が!?』』


 綺麗に重なる二人の高い声に、一心も村長も苦笑いすることしか出来ない。

 このままだと、二人はいつまでも睨み合っていそうだったので、話題を切り替えるべく村長は「……お二方共、よろしいか」と低い声で嗜めた。


「村の娘達が攫われて、あろうことか鬼憑きと化していた——。真実まことなら由々しき事態。訊けば娘達を操る鬼の首魁しゅかいが現れたとか。……足取りは掴めるのですかな?」


「あの鬼の色濃い妖気なら、匂……もがっ?」


「問題ありません! 月詠神社の巫女たる僕なら妖気の痕跡を追えますから!」


 訊かれぬ限り、朱那が半妖であることは黙っておきたいつぐみは慌てて彼女の口を押さえる。

 匂いで追えるなどと言おうものなら、絶対に根掘り葉掘り訊かれるのは想像に難くない。

 これは帰ったらお説教だね……と、つぐみは溜息を吐いた。


「村長さん。妖気は確かに辿れますけど、ここら辺で妖が潜んでいそうな場所に心当たりはありますか?」


「……そうですな。この村より西の竹林の更に奥に、随分と昔に放棄された山城がございます。大昔の合戦で敗れた武士達が、集団で自決を計ったとも伝えられている、村の者も滅多に近付かぬ気味が悪い城と聞いておりますが」


「————分かりました、西の方ですね。後は僕達にお任せあれ! さぁー行くよ! 朱那! 鬼退治へ!」


「こらっ!? 一人で先走るな!?」


 慌ただしく居間から駆け去る二人。残された村長はしばらく狸にでも化かされたかのような面持ちであったが、さりとて妖相手に何か助力が出来る訳でも無い。

 ここは任せるしか無い……かと、村長は畳の上に立ち上がる。ふと床の間に目を向けると、祖父の代から大切に飾っている殿様の弓胎弓ひごゆみが消え失せている。

 祖父から訊いた話では、弓の素材にひいらぎが使われてるらしい。

 節分の夜、柊の枝と大豆の枝にイワシの頭を門戸に飾ると悪鬼を払うというが、何故、弓の素材に柊が使われているかまでは祖父は教えてはくれなかった。


 が、今はそんなことより弓が何処にいったか探さなくてはならない。

 

「む……一心の姿も見えぬが、あやつまさか!?」


 村長が急ぎ玄関に向かってみれば、一心の草履だけが無く、置き手紙の代わりに折れた矢羽の矢が、式台に残されていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る