第七話 鬼火の誘い
「待ってぇぇぇ……。ちょっと……速すぎ……」
村の西にあるという山城に向かって駆ける二人だが、半妖である朱那の人間離れした脚力について行くことが出来ず、つぐみが待った! ストップ! と大声で呼び止める。
「……男子にしては体力がなさ過ぎだ、お前は」
「しょうがないじゃん……。物心ついた時から、何故か女の子として育てられたし」
極度の疲労は霊力の行使にも影響がでかねない為、やむを得ず朱那はバテたつぐみに合わせて速度を落とす。蟲の音が響く真夜中の山は、生物の気配は薄く
唯一の明かりでもあるお月様も雲に隠れてしまった為、灯りは朱那が妖術で生み出した狐火のみ。赤々と燃える妖気の炎は二人の周囲を照らす。そして山の奥に入り込むほど、妖気の匂いも濃くなっていった。
「ねぇ朱那。鬼に憑かれた女の子達は元に戻せる?」
「……人が妖と化す前例はいくつかある。古来より人が鬼と化す昔話では、何かに強い恨みを持った者が妄執の果て、鬼と成ると伝えられているが詳しいことはよく分かっておらん。鬼憑きとは正確に云うなら『妖魔憑き』のことだ。術者が妖怪を使役し、人の身体を乗っ取る
「ということは、鬼を使役している術者を倒せば……」
「憑かれている娘達を解放することは出来るはず……だ。む?」
軽快に山道を駆ける朱那が突如土埃を撒き散らしながら足を止める。
その後を追うように駆けていたつぐみは、急に前方で止まった朱那にぶつからまいと足を緩めるが竹に足が躓き転倒した。
「痛ったー……。もう! 急に止まらないでよ。ひざ擦りむいた……」
「……周囲をよく見ろ。『鬼火』だ————」
普段より低い声音で朱那は肩に掛けた竹刀袋から鞘に収めた太刀を抜き腰に
狐火の赤い色の火とは対照的に、おどろおどろしい、ゆらめく青い炎が二人の周囲を埋め尽くすように一斉に現れた。
大小様々な炎の中には人の顔と思しき輪郭がぼうっ……と浮かび上がっている。
いずれの顔からも負の感情しか伝わって来ず、強い恨みを持ち現世に留まる『
鞘から白銀の太刀を抜いた朱那は、刀身に己の内より湧き出る妖気を送り込む。
呼応するかのように太刀は闇夜を照らす蛍の如く、淡く発光し妖気の炎が
朱那の持つ太刀こそは、求婚を迫った
この布を太刀の
その特性そのものが耐火である火鼠の力を纏った太刀は、妖の炎などいとも容易く一振りで断ち消す。先ほど娘達を抜刀による剣圧で薙ぎ払ったように、太刀を疾らせた朱那は前方を埋め尽くす鬼火を一刀の元に消失させた。
「小癪な……。鬼火如きでこの私を止めることは出来ぬぞ。————薄汚い妖気の匂いは捉えている。姿をみせよ……さもなくば————斬る」
宵闇に包まれる山の中で、朱那の挑発に応えるかのように、色濃い妖気の気配が強くなる。
「朱那! 前方に妖の気配!」
いち早く妖気を察したつぐみが声高に叫ぶ。気付けばいつの間にか、竹林の中に足を踏み入れていたらしい。天高く頭上を覆う竹の影が雲から顔を出した月に照らされ地面に映る。
突如、真っ直ぐ伸びた竹が枝垂れるようにしなり、二人に向かって伸びてゆく。
何かに操られているかのように、薄らと黄色に変色する竹。
目を見開いた朱那は蛍火を幾重にも振り抜き、妖気を乗せた剣圧でその悉くを斬り払う。
「朱那! 下からも来るよ!」
「——!」
後ろに退避したつぐみが注意を促すと同時に、朱那は両足に力を入れて高く跳躍する。
直後、先端が尖った竹の槍が地面から大量に突き出された。
中空に逃れた朱那を追うように尚も伸びる竹の槍は恐ろしい速度で襲いかかる。
「————白面朧術、
妖気を練り上げ、人なら消し炭にするほどの高温の狐火を放つ朱那は、更に蛍火で炎を切り裂き太刀の剣圧に乗せる。爆ぜるように妖気の炎が竹林に飛び散った。季節外れの花火のようだと呆けていたつぐみの直ぐ横にも炎が着弾し、慌ててその場から距離を取る。
「こらー!? 僕まで燃やすつもりー!?」
「馬鹿者!! 危ないから離れていろ!!」
怒鳴りつつも燃える黄色の竹の上を垂直に走り降りながら、蛍火を振り回し竹槍を細切れに切り刻む。
無事に地面に着地した朱那の周囲にどさどさと斬られた竹が積み重なった。
妖気で産み出された狐火はいつの間にか消えうせている。
明らかに妖術と思しき現象を目の当たりにし、此度の元凶である妖の手強さを認識せざるを得なかった。
「ほう……儂の妖術で硬度を増した竹をすげなく断つか。流石は稀代の名刀と言われた妖を斬る太刀『
そこへ……瘴気が渦を巻き、露天風呂にも現れた童のような鬼が姿を現した————。
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