第八話 鬼山城
「あそこに、はつが……」
つぐみが餓鬼に攫われ、朱那がその後を追いかけていた頃。
一心は
城へと続く
城の周囲にも見張りの妖と思しき、宙に浮く提灯が妖しい火を灯している。見つかったが最後、対抗する術を持たない一心では逃げ回ることしか出来ないだろう。
だが、地元民だけあって一心は山城に潜入出来る秘密の入り口を知っていた。
見張りの妖をやり過ごし水の抜けた堀になるべく音を立てずに降り立つ。恐らく水を汲む城内の井戸へと繋がっていたのだろう、苔だらけの水路が崩れずそのまま残されているのを発見したのは偶然だった。
神隠しのことが無ければ打ち捨てられた山城は、村の子供達に取っては肝試しをするにはおあつらえ向きの場所だったからだ。
過ぎし日のことを思い返し、脳裏に可愛い妹の姿が浮かぶ。
連日、村から消えた女の子達を探すため、仕事も放り出して山探しを続ける村の皆を労うべく山菜を取りになど行くべきでは無かった。
父にも話していなかったが、一心は妹を返す条件として、あの狡猾な餓鬼から無理難題を言い渡されていた。今や
その名は大獄丸。酒と子供と女の肉を好む、鬼の首魁だ。
童の姿をした餓鬼を使い、手始めに奴が始めたのは、村の娘達を攫い、陰陽師に祓われ実体を無くした配下の鬼の魂を取り憑かせて、手下を蘇らせる為であった。
霊力とは仏に仕える者や、陰陽師、巫女、僧などが修行の末に身に付けるもの。
しかし、例外としてある一定の年齢前の女子はそこそこの霊力を宿している。
妖気と霊力は対の力であり、相容れないが妖が好むのもまた霊力である。
純粋な霊力を取り込めば、妖の妖気はより増して更なる変化や妖術の行使も可能になるからだ。
故に実体を失った鬼が蘇るには若い女子の身体を奪うのが手っ取り早い。
そんな
だが、やはり鬼と人は相容れない。一心が餓鬼から指示されたのは、この地にやって来た異人の格好をした黒髪の巫女をこの城まで誘導せよ……という困難極まるもの。
鬼化した娘の一人を使えと寄越され、山を降りた往来で一芝居を打ちなんとかつぐみを村に誘導することは出来たものの、はつを返す約束は反故にされたのだ。
かくなる上は自分で妹を取り戻すしか無い……。
一心が生前の祖父より訊いた家に代々伝わる殿様の弓の秘密。
それはこの弓を用いて、殿様は鷹狩りと称してこの山城に時折流れ着く妖を退治していたという話だった。怪異を信じていない父である村長には一切伝えていないようだったが、まさかその父が祖父が没した後、怪異に悩まされることになろうとは天国の祖父もさぞ驚いたに違い無い。
ほの暗い水路跡を慎重に進んでゆく一心の額に、嫌な汗が流れて落ちた。
☆ ★ ☆ ★ ☆
「ここが、奴らの根城……のようだな」
あれから少しも速度を落とさず竹林を駆け抜けた朱那の目の前に、古びた山城が
入り口に当たる櫓門は半分崩れており、剥き出しの二階からはこちらを射抜くような強い視線も感じる。
ここから先は、妖の根城。その証拠に門から先は強烈な妖気が渦巻いており、身を守る術の無い者は妖気に呑まれ正気を失ってもおかしく無い。
そして妖気は妖に取って己の力を高める為のものではあるが、半妖の場合はその意味合いは大分異なる。門に近付くに連れて朱那は、己の本能が妖そのものに近くなってゆくのを肌で感じていた。
ビリビリと痺れるような感覚の中、朱那の身体に変化が現れる。
髪が盛り上がり頭から生えたのは狐の耳。次いで雪の如く白いふさふさとした尾を行燈袴の下から生やした。
特徴的な金糸の髪も、絹糸のようにさらさらとした白髪に変化を遂げていた。
「……ここまでの
人では無い妖狐の肉体に変化した反動か、朱那は頭を抑え頭痛を堪える。
竹筒の水筒を胸元から取り出し、月詠神社の神主が清めた水を飲み干した。
過剰に取り込んでいた妖気が中和され、幾分身体が楽になる。
妖と化した朱那の妖気は人の姿を取っている時とは、文字通り次元が違う強さであった。
————風に混じり明らかに今までと違う強い妖気を鼻で捉えた。
「——山頂の方から強い妖気の匂い。それと、強力な妖の気配か……。待ってろよ、つぐみ。今、助けに行く!」
言うや否や、恐ろしい程の脚力で駆ける朱那。崩れかけている石垣の壁を蹴り更に高く跳躍する。白銀の妖狐は山頂に位置する
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