第二話 半妖の少女と未来から来た者

 時は少し戻り、お天道様が中天に登る頃。

 朱那とつぐみは最近、子供が神隠しに遭っていると噂の多摩の山奥にある村に向かっていた。

 

 時は明治九年、六月。明治政府から廃刀令が施行されて三ヶ月が経過。

 歴史上ではこの後、西郷隆盛が西南戦争を起こすのだが二人が歩いてるのは、帝都と呼ばれる東京より人の足で二日ほどかかる人里離れた田んぼの畦道あぜみち


 行き交う旅人の服装も、歴史の教科書に挿絵で載っているような江戸時代を彷彿とさせる往来に、未来から来たつぐみはもの珍しそうに黒い瞳を向けていた。


「うわぁ! 凄い! お爺ちゃんが日曜日にテレビで見てる時代劇の中みたい!」


「……往来ではしゃぐな。みっともない」


 隣を歩く朱那は呆れた視線をつぐみに送る。

 未来から来たと自称するこの少女なのか少年なのか判断しかねるつぐみの扱いに、朱那はほとほと困り果てていた。

 事の発端は桜舞い散る春の頃。平安の世に現れ、この現世うつしよに五つの神器を置いて月へと去った『竹取のかぐや』が残したと伝わる神器への道標『万年竹』が、突如消失したことから始まる。かぐやを祀る月詠神社の食客である半妖の少女『朱那』は、万年竹を保管していた社にて、異人が着ているような服装のつぐみと邂逅した。

 未来の世から来たと言い張るつぐみと一緒に転移してきた妖怪を、退治したまでは良かったのだが、取り戻した万年竹は妖気に包まれ宙に浮き霞のように消え失せたのだ。


 その後は責任を取る! と言って聞かないつぐみと帝都を騒がす妖怪退治の日々。

 消えてしまった万年竹を求めて、それらしき噂を聞きつければ二人で現地に赴く終わりの見えない旅の最中だった。


「どうでもよくないが……お前の服装はどうにかならんのか?」


「どうにかって?」


 きょとん? と可愛らしく小首を傾げるつぐみに、呆れた朱那は深く溜息を吐く。

 つぐみが明治の世に転移してきてから三ヶ月が経った。が……未だに動き易いからと言った理由で彼は時世に合ってないどころか、性別にも合っていない服装ばかり好み、どのような育て方をされたら女子おなごよりも見目麗しい男子になるのか……と、朱那は文化の違いに大いに戸惑っていた。


 この日の本では男女の入れ替わりによる神話や逸話など枚挙にいとまが無くは無いとはいえ、ここまで堂々と女性の服装が似合う男子にも会ったことなど無い。


 未来の世ではこのような男子が普通に往来を歩いているのか? と朱那は人の身では無いが妖怪よりもあな恐ろしや……と思わざるを得なかった。


「だってこの時代の服装、可愛いけど着にくいんだもん」


「着付けくらいなら私が手伝うと申しているだろうが?」


「おやぁ? 朱那はそんなに僕の裸が見たいのかなぁ?」


 ニヤニヤと下から覗き込んでくるつぐみの頭を、赤面した朱那はぽかりとはたく。

 

「いったーい!? 何するの朱那!?」


「たわけ!! 誰がお前の裸など見たいと思うものか!! 大体、お前は……」


 人目があることも忘れていつもの口論が始まりそうな中、向こうの方から悲鳴のような金切り声が二人の耳に届く。そして次に朱那の鼻が捉えたのは、真昼間に現れるはずなど無い妖の気配……妖気であった。


「朱那……これって」


「……お前への躾は後だ。急ぎ向かおう」


 言うやいなや肩から担いだ竹刀袋を担ぎ直し畦道を駆ける朱那を追い、つぐみも全速力で駆け出した。


☆ ★ ☆ ★ ☆


 妖気の元を辿って向かった先は、山道に差し掛かる峠に在る古いお堂であった。

 随分と昔に放棄されたようで、屋根の瓦はところどころ剥げているし、隅木飾すみきかざりは風雨で朽ちて、だらんと垂れ下がっている。どこか物寂しい雰囲気のあるお堂は、特に夜には訪れたくない類いの場であった。


「おかしい……あれほど濃かった妖気が綺麗に消え失せている。……確かにこちらの方から流れてきたはずだが」


「しっ……。お堂の中から何か聞こえる————」


 木陰に隠れて様子を伺うつぐみが、口に手を当て静かにしてと短く伝える。

 子供が咽び泣くような声は昼間でも薄暗いお堂の中から聞こえるようだ。

 内と外を隔てているのは穴だらけの障子の引き戸だけ。出ようと思えば出られるはずだが、外からいくら声をかけようが子供が出てくる様子は見られない。


「どう思う?」


「私に聞かれてもな……。ただ、中にいるのは妖では無いようだ。話を訊くには引き摺り出すしかあるまい」


 引き戸を開くべく朱那は手を伸ばす。その時、見えない障壁のようなものに手が触れて、白磁のように白い朱那の手が弾かれた。


「これは……結界か? 面妖な——」


「なら僕の出番だね。——月影にわすらるる、月の如し美しき君。天照あまてらし、威光を示さん——」


 月詠神社に伝わる破魔の真言を素早く唱えたつぐみがブレザーのポケットから取り出したのは、月の御紋が描かれた破魔札。さほど強くない妖であれば、札に込められた霊力で退散させる事が出来る代物だが、当然扱うには霊力が必要となる。

 つぐみは男子でありながら月詠神社の巫女として育てられた。生家である如月家は代々長女が生まれる家系では在るのだが、何故か今代では長男としてつぐみが誕生した。

 男子であっても慣例に習い女子として育てられたつぐみ。しかし、身に宿す霊力は歴代の巫女以上に強い力を秘めていると判明したのは、この明治の世に来てからだった。


 つぐみが放った破魔札は吸い付くように障子に張り付き、パァンと弾ける音と共に結界を消失させる。二人は顔を見合わせると、お堂の引き戸を同時に開いた。

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