第三話 山奥の村

 二人でお堂の中に踏み込むと、隅に縮こまり男の子がぶるぶると震えていた。

 簡素な和服に帯を巻き、素足でいるところを見るに山の奥にあると聞く村の子供だろうか。

 短髪で普段はさぞかし元気に走り回っているような少年の印象が見られるも、憔悴しきった幼い顔は涙と鼻水でぐずぐずであった。


 どう声をかけたら良いものやら……と朱那が思案していると、ひょいと前に飛び出して行ったつぐみが「君、大丈夫?」と優しく接した。


 思わず呼び止めようとした朱那は手を伸ばしかけて、引っ込める。

 聞けばつぐみには数えで七歳になる妹がいるとか。ならば、ここは任せた方が良いだろうと思い直す。——子供の相手が苦手……と言うことはつぐみには隠していた。


「ひっ!? ……お姉ちゃん、誰?」


「ごめん、ごめん。驚かせちゃって。ところで、こんなところに閉じ込められて何があったの?」


 出来る限り無害を装い優しく接するつぐみに、男の子は面くらいながらも口を開いた。


「山の中の竹林に山菜を採りに妹と一緒に出かけたんだ。その日は珍しく沢山採れるものだから、日が沈んだことにも気付かなくてさ。そろそろ帰ろうとしたら、後ろから妹の『はつ』が助けを呼ぶ声が聞こえたんだ……」


「その後は、どうなったの?」


「ちょっと目を離した隙に、はつの姿が何処にも見えなくて、必死になって探してたら後ろから頭を殴られたところまでは覚えてる。……で、気づいたらこの古いお堂に居て、外に出ようとしても障子は梃子でも開かないし、気味悪くて————」


「それで、泣きじゃくっていたわけか……」


 朱那は少年の相手はつぐみに任せて、改めて結界が張られていた引き戸に目を向ける。

 さほど強力な結界では無かったが、霊力を持たない者には決して触れること叶わぬものであったことも確か。

 一体、誰がこんなところに結界を張ったのか? その理由が引っかかっていた。


「ところでお姉ちゃん達は、こんな辺鄙な山奥まで何しに?」


「僕達、妖怪退治業を営んでいてね。これから向かう村で、子供の神隠しが頻繁に起きてるというのを聞きつけて調査しに来たの」


「……ああ、つぐみの言う通りだ。ところで少年、『万年竹』という名を聞いたことは?」


 つぐみと比べればどちらかというと、怖い印象を持たれがちな朱那から問われ少年は「ま、まんねんだけ??」と困惑した呟きを漏らす。その様子を見る限り、どうやら心当たりは無いらしい。


「……知らないなら別にいい。それより、私達もこれから村に向かわねばならん。案内を頼めるだろうか?」


「別に良いけど……。村には泊まるところなんて無いよ? うちに泊めてあげられるかどうかは、母ちゃんに訊かないと分からないし……」


「そこまでは望まないよー。言ったでしょ? 僕達は神隠しについて調査に来たんだから。それに君の妹さんだって行方不明なんでしょ? 一緒に探してあげる」


「……おい、つぐみ。また、そんな安請け合いを——」


「困った時はお互い様、でしょ?」


「……まったく。お前というやつは……」


 湿っぽい空気は何処かに去り、二人の夫婦漫才? を唖然と眺めていた少年は今更ながら肝心なことを告げて無いことを思い出し、慌てて頭を下げた。


「とにかく、た……助けてくれて、どうもありがとうございました。おいらは『一心いっしん』といいます」


「一心君か、うん覚えた。僕はつぐみだよ。よろしくね」


「……朱那だ。それより、とっととここを出るぞ。もうじき、日が暮れそうだ——」


 気付けば西日が差し込む時刻になっていたようだ。お堂に祀られた錆だらけのお釈迦様の象に、赤い光が差し柔和なその顔も今ばかりは、早くここから出るようにと急かしているようにも感じる。三人は夕陽を浴びて茜色に染まる山道を一心の案内で進んでゆくのだった。


☆ ★ ☆ ★ ☆


 山奥の村に着いたのはとっぷり日も暮れてからであった。

 昨日から行方不明だった『一心』と『はつ』を探して、村の男衆総出で山探しをしていたと訊き、急ぎ一心の家に向かった三人。

 もう二度と会えないと思い詰めていた一心の母より、助けてくれた礼をしたいという好意を断りきれず、つぐみと朱那は一心の家に泊まることとなった。


 村の中でも一際大きな一心の家。どうやら彼の家系は代々この地で村長を務めているらしい。古くは鷹狩でお殿様が逗留されていたこともあったようで、現代人のつぐみからしてみれば少し古い民宿のような家屋は、ほっ……と安心することが出来る空間だった。


 温泉も湧いているとのことで、早速、汗を流しに向かうつぐみに、朱那が待てと声をかけた。


「どうしたの? 朱那?」


「お前な……。湯浴みするのは結構だが、万が一……その、見られでもしたらどうするつもりだ?」


「うーん……かなり、説明に困るかも?」


 聞けば露天風呂であるらしいし、混浴ということもあり得る。

 歌舞伎で女形といった男性が女性の格好をすることはあれど、この時代の人間に男の娘がどう目に映るかなど、想像もつかないのは確かであった。


「仕方あるまい……。少しの間、動くなよ」


 朱那は精神を集中すると、その身に宿る妖気を紡ぎ呪を生み出した。

 

「白面朧術……幻惑香」


「ふわっ!?」


 朱那が紡いだのは幻を見せる妖術。主な使い道としては、対象に幻を見せて騙す術だが、このように対象を固定すれば見る者に術者が投影した幻を見せることが出来る。


 朱那がつぐみにかけた幻とはもちろん、身体付きから女子に見えるようになるというもの。

 肉体が女体化したわけでは無いので、色々と気をつけなければならないが、一時間にも満たない入浴時間なら、なんとか誤魔化せるだろう……と朱那は集中していた妖気を霧散させた。


「ありがとう、朱那!」


「礼などいらんから、さっさと湯浴みに行け」


「あれ? 朱那は温泉入らないの?」


「……村長から依頼について話を訊かねばならぬからな。私のことは気にするな」


 こうして、つぐみは温泉に、朱那は村長に話を聞くため別行動を取ることになった。

 二人の様子を、庭の陰からこっそりと監視していた者がいたことにも気づかずに。

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