第14話:トカゲの中からなんか出てきましたわ


「アイネさん、そちらに行きましたわよ」

「は、はい!!」


 【血吸い荒原アラハブラ】の西方。

 

 そこは【聖者の寝床】と呼ばれている土地で、朽ちた教会や神殿が点在していた。そんな砂と岩にまみれた廃墟だらけの場所で、二人の女性が魔物の群れに囲こまれていた。


 その魔物は、灰色のまるで甲殻類のような硬い殻で覆われた、狼に似た魔物――シェルウルフだ。シェルウルフが十匹ほど、二人の女性――タドラとアイネを囲むように歩き回っている。


 タドラは【竜断】を肩に担いでおり、反対側の肩にはヴェロニカが乗っている。なぜか彼女は左手にだけ黒く鈍色に光る鉄の手甲アイアンナックルを装備していた。


「中々、こちらに手を出してきませんね」

「確かシェルウルフは賢い魔物だと聞いたことありますわ。おそらくこちらが疲れるのを待っているのでしょう」

「ぴぎゅー」


 タドラは冒険者になると決めてから、実家にいた時の家庭教師に王国近辺に生息する魔物について一通り教わっていた。その教師はそんな知識は必要ないと言いつつ、結局かなり丁寧に詳細まで教えてくれた。


 タドラがふと、なぜあの教師はあんなに魔物の知識が豊富だったのだろうかと疑問に思ったが、すぐに目の前の事に思考を切り替えた。


「せっかくの初依頼……成功させたいです!」


 アイネがそう意気込んだ。


 アイネがタドラのギルドである【ビートダウン】に加入して最初に教えられたことは――アゼル武具店の店番のやり方だった。ただ、それだけは流石に冒険者としてはあまりに地味すぎる仕事なので、こうしてアイネの実力を確認がてら、組合庁からの依頼を受けたのだ。


 先日の【竜の尾】のアジトの殲滅依頼について、なんやかんやありつつも一応は達成としたという事になっており、おかげで【ビートダウン】はランクアップしていた。


 各ギルドにはランクがあり、ランクが上がるほど報酬の良い依頼を受けられるのだ。最初はFランクからスタートなのだが、【ビートダウン】はDランクまで上がっていた。おそらくはアイネの父親であるクライネの尽力したのだろう。


「流石にDランク依頼の魔物だけあって、簡単にはやらせてくれませんわ」


 タドラの言葉を聞きながらアイネが額の汗を拭い、周囲でこちらの隙を窺っているシェルウルフを睨んだ。


 今回受けた依頼は【シェルウルフの甲殻】の採取だ。【シェルウルフの甲殻】は軽くてかつ丈夫なので、防具の素材として重宝されており、常に需要があった。


 ただしシェルウルフ単体はさして強くないものの、常に十匹程度の群れを形成しており、かつ南の森に比べて比較的強くて厄介な魔物が多い東の荒原にしか生息していないせいで、討伐難易度は高い。


「こっちが近付いても遠ざかって常に一定の距離を保ってますね」


 アイネが近付いて斬ろうとするも、シェルウルフはスッと後ろに下がり、間合いの中には決して入らない。更に、シェルウルフ達はなぜか意味もなく飛び跳ねており、まるで輪舞を踊っているかのようだ。


「あの動きは何でしょうか」

「何かを待っているか……、ですわ」


 タドラが竜断の切っ先を地面に刺して、周囲を警戒する。柄から伝わる微細な振動を感じて、タドラが鋭い声を上げた。


「……っ!! アイネさん、正面から何か来ますわ!!」


 同時に、シェルウルフ達が蜘蛛の子を散らしたように逃げていく。


 前方の地面が爆発し、砂煙が上がった。


「アイネさん、私も出ますわ ! おそらくシェルウルフも襲ってくるのでそちらはお任せしましたわよ! ヴェロニカは空に逃げなさい!」

「ぴぎゅ!!」


 ヴェロニカが空へと舞いあがると、タドラが【竜断】を砂から抜きその超重量を右手だけで持ち、黒い鉄に覆われた左手を身体の前へと構えた。


「はいっ! 任せてください!――【アッパーストレングス】、【プロテクト】」


 アイネが、剣士スキル――筋力を上げる【アッパーストレングス】と物理的な攻撃に対して干渉しその威力を弱めるオーラを全身に纏う【プロテクト】――を発動させ、剣を構えた。


 砂煙から姿を現したのは、平べったい形をした巨大なトカゲだった。砂色の鱗と身体の割に大きな顎が特徴で、その大きさからすると、軍馬でも一飲み出来そうなほどだ。身体全体を震わせて砂に潜る習性から【砂振竜シヴァリングリザード】と名付けられた魔物である。


「【砂振竜シヴァリングリザード】ですわ。砂を吐いてきますし、砂を補充する為にあらゆる物を丸呑みするので、それも一緒に放ってきますわ。気を付けてくださいませ」

「はい!!」


 巨大な口腔を広げ、突進してくる【砂振竜シヴァリングリザード】と同時に、背後と左右からシェルウルフたちが飛び掛かってきた。


「あえて強い魔物を呼び寄せて、それに気を取られている隙に狩りを行うなんて、魔物といえど、油断なりませんわね」


 タドラはそう解説するだけで、視線はまっすぐこちらへと突っ込んでくる【砂振竜シヴァリングリザード】へと向けていた。


 シェルウルフには手出しをしないという意思を感じたアイネが剣を握り直した。


「はああ!!」


 アイネが、砂に足を取られながらも剣で空中にいたシェルウルフへと一閃。硬い甲殻ごと叩き斬る。その振り終わり様にもう一体のシェルウルフが噛み付こうと飛び掛かってくるが、今度左手をそちらへと向ける。


「――【ブレイズ】!!」


 シェルウルフの目の前で爆発が起こり、シェルウルフが吹っ飛ぶ。


 足下に噛み付こうとしてくるシェルウルフの首の甲殻の隙間へと剣の切っ先を落とした。


「きゃうん!」


 首を斬られ、絶命したシェルウルフを蹴飛ばし、アイネが剣を構え直す。先鋒の三匹があっという間に倒されたせいでシェルウルフ達の動きは鈍い。


 アイネは心中で、剣の切れ味の良さに驚いていた。今、アゼルがアイネ用の剣を打ってくれており、これは代用品のただのロングソードなのだが……。硬いと言われるシェルウルフの甲殻すらも切り裂いてしまうその切れ味に改めてアゼルの腕の良さを感じたアイネだった。


 これがあれば、勝てる!


「さあ次ッ!」


 アイネがそう叫ぶと、タドラが微笑んだ。何かあれば、すぐにでも加勢しようと思っていたタドラだったが、心配するほどアイネは弱くなさそうだと判断し、目の前に迫る【砂振竜シヴァリングリザード】へと集中する。


「あら?」


 口腔を広げ、こちらを丸呑みにしようとする【砂振竜シヴァリングリザード】のその口の奥を凝視していると――何かが、タドラの左手の手甲が反射した陽光を受け、キラリと光った。


 タドラには、それは鎧を着た何かに見えた。しかも少し動いていた気がする。


「っ!! 【竜断】では駄目だわ!」


 破壊尽くしてしまう【竜断】から手を離すと、タドラは迫る【砂振竜シヴァリングリザード】へと自ら踏み込んだ。そして目の鼻の先まで迫ったその巨大顎へと――左手でアッパーを叩き込む。


 その勢いだけで、風が起こって砂が舞い、【砂振竜シヴァリングリザード】の巨体が跳ね上がった。目の前に、柔らかそうな【砂振竜シヴァリングリザード】の白い腹部が露わになる。


 タドラは更に一歩踏み込み、腰の回転も加えて左手をその腹部へとまっすぐに叩き込んだ。


「グエエエエッ!!」


 くの字になった、【砂振竜シヴァリングリザード】がこれまでに飲み込んだ物を全て吐きながら、地面へと落ちた。


 ピクピクと痙攣をしているところを見ると、まだ生きているようだ。


「手加減するのも難しいですわね」


 砂やら岩やら他の魔物の死体やらが混じった【砂振竜シヴァリングリザード】の吐瀉物が降り注ぐ中、【竜断】を傘代わりにして防ぐタドラと、悲鳴を上げながら魔法でそれらを弾き飛ばすアイネ。


 タドラの攻撃を見て恐れたのか、シェルウルフたちが退散していく。


 そんな中、ガシャンという金属音と共に、何かがアイネとタドラの目の前に落ちた。


 銀色の全身鎧、磨き上がって鏡のように辺りを映すロングソード。何よりその胸甲の左上には、剣と竜の紋章が入っており、それは王国騎士団の証であった。


 そんな装備を纏った一人の男が二人の前に倒れていた。


「……騎士ですわね」

「騎士ですね」

「ぷぎゅう」


 ヴェロニカがすーっと降りてきてタドラの肩に着地する。どうやらそこが定位置のようだ。


 タドラ達が見つめる中、落ちた勢いで意識を取り戻したのか、騎士が口から砂を吐き出しながら、起きあがった。


「ゲホッゲホッ!! くそ、酷い目にあったぜ……あん?……あんたら誰?」


 無精髭を生やしたその男が訝しげにタドラ達を交互に見つめて、そう言い放ったのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る