蛮族令嬢、今日も元気に鈍器で無双する ~【軽装】になるほど【破壊力が増す】蛮族スキルのせいで追放されましたけど、最強のギルドを作りましたので何の問題もありませんわ~

虎戸リア

第1話:私を追放ですって?

「タドラ、悪いがお前をパーティから追放させてもらう!」


 またですわ。豪奢ごうしゃなフルプレートメイルをまとった女性――タドラ・フリン・アマジークが心の中でため息をついた。


「理由を、聞かせてくださるかしら」


 タドラは目の前で怒る、パーティリーダーである青年剣士――ローランへとそう丁寧に問いかけた。ガチガチの重装備に身を包んだタドラは、一見すると男女の区別は付かないが、声や所作が女性――しかも高貴な生まれな者であることを物語っていた。

  

「剣もろくに振れない、素早い動きも出来ないお前が足を引っ張ったせいで、半壊しかけただろうが!」

「それはですが……何度も申し上げましたように、私のジョブ適性と合っていない装備だからと……」

「蛮族だか、反則だか知らないが、魔術も攻撃スキルも遠距離武器も使えないのなら、前衛として立たすしかないだろ? なのに布きれ一枚と棍棒で前衛しようとか舐めてるのか?」


 タドラが布で胸と下半身だけを覆った防具に、一見すると粗末な棍棒をたずさえてパーティに参加しようとした時に、散々言われてきたことだ。

  

 そんな装備で大丈夫か? と。

 

 当然、常人なら決して大丈夫ではない。冒険者とは、それだけが全てではないにしろ、魔物や狂信者、盗賊、山賊といった無法者と戦うのがメインの仕事なのだ。なのに、そんな市民の平服よりも劣る、防具とすら呼べない粗末な布と、ただの棍棒だけではとてもではないが、戦えない。


 タドラを見た冒険者達もそう判断し、結果として彼女がろくに使えない剣や、所有しているスキルによって動きがいちじるしく阻害そがいされてしまう鎧を、装備することを強制されたタドラはどのパーティに入ってもお荷物扱いだった。


 最初の装備で戦わせてくれたら……【蛮族】スキルを思う存分使えて実力が見せられるのに。そう思うタドラであったが、それが認められることは結局最後まで無かった。


「ギルド長にも報告しておく!! いくらお前が大貴族の令嬢だからって、使えない者は使えないと言わせてもらうぞ!!」


 そんな事が何回も続き――


「タドラ・フリン・アマジーク。度重なるパーティからの追放。そしてそんなお前を紹介した我々ギルド側へとクレーム。これまでは目をつぶっていたが……もう庇うのも限界だ。貴様をこのギルドから――追放する」


 イディール王国一の冒険者ギルド【ムーンウルヴス】の拠点にて、タドラはギルド長であるエルメからそう言われてしまった。


「仕方ありませんわ。では、ギルドに預けていましたお金を返してくださるかしら? これまで所属していたパーティにも、かなりの金額や装備を貸していましたので、それも返していただきたいのですが」


 タドラは反論するのを止めて、すんなりと街を出ようと考えていた。だから当然、預けていた金も、貸していた金や装備も返してもらおうと思ったのだ。次のギルドではどうなるか分からないが、少なくともそれらの金品は家出同然に出たタドラの全財産であることは間違いない。回収しないと、次の街に行くことや別のギルドに入る事も難しくなるだろう。


 だが、そんなタドラをエルメが侮蔑したような目で見つめた。


「何のことだ? ああ、そういえば説明してなかったな。お前を追放したパーティには迷惑料として金と装備を渡さないといけない。そして当然、お前を推薦すいせんした私の、いやギルドの顔に泥を塗った事に対する損失についても金を請求するつもりだが……」

「聞いていませんわ。そんなものは契約時になかったですし、迷惑料なんてたかが知れているはずですわ」

「言ってないからな。それで? もう一回聞くが、預けていた金が、貸していた装備がなんだって?」


 つまり迷惑料として、預けていた金も、装備も全て置いていけ。そうこのギルド長が言いたいということを理解したタドラは、フルフェイスのヘルムの中でため息をついた。


 世間知らずのお嬢様なのは自覚していたが、まさか信用していたギルド長がここまであくどい人間だとは見抜けなかった。

 おそらくどれだけ反論したところで、返ってこないだろう。【ムーンウルヴス】はこの王国でも一番の大手ギルドだ。自分が訴えたところで負けるのは目に見えていたし、実家の力を使いたくはなかった。


「はあ……分かりました。では、私はもう失礼します。御達者で……そして、ですわ」


 こうしてついに、タドラはギルド自体からも追放されてしまったのだった。



☆☆☆



 ギルド拠点から出たタドラが、一番にしたことは――ヘルムと鎧を脱ぐことだった。


 まず腰に差していた剣と棍棒を地面に置くと、タドラはヘルムを脱ぎ、まとめていた髪を解いた。長い金髪が風でなびき、黄金色の波となって揺らいでいる。その下には、あらゆる男性をくぎ付けにする美貌びぼうがあり、空のように、宝石のように蒼い瞳が周囲の人の視線を惹きつけてやまなかった。


 豪奢ごうしゃなフルプレートメイルの中から出てきたのは、白い肌をあらわにしたなまめかしい肢体したいだった。細い腰に、ほどよい大きさで形の良い胸。スラリとした長い脚が男性達の視線を掴んで離さない。


 胸部と下半身だけを隠した下着同然の姿。突然、鎧の中から半裸の美女が出てきたら、周囲の男性の動きが止まり、視線を集めてしまうのは仕方ないだろう。


「ようやくこのクソ鎧ともお別れですわ。ちょっとそこの貴方」

「え? わし?」


 タドラにいきなり声を掛けられたのは、一人の中年男性だった。持っている荷物や風体からして、商人だろう。


「この鎧と剣、買い取ってくださる?」

 

 そう言ってタドラは地面に置いていた武器の中で、棍棒だけを拾った。


「え? あ、はい。っ!! こ、これは!! 初代ゴールマール作の鎧と剣ではありませんか!?」


 商人が鑑定スキルを使うと、ひっくり返りそうになりながらそう叫んだ。


「さあ? 適当に良さそうなのを買ったから覚えていませんわ。いくらですの?」

「あ、いやこれは買い取れません……手持ちの現金ではとてもとても」

「商人であれば、何か換金できる物はお持ちでしょ? 同じ価値であればそれでも構いません」

「であれば……この【黒竜核】と【白竜核】で如何でしょうか? 市場には滅多に出回らない希少な素材です」


 そう言って、商人が大事そうに懐にしまっていた革袋から取り出したのは、黒く透明な宝石と白い光を微かに放つ球状の石だった。


 タドラはそれが何かは分からないが、幼い頃から実家で鍛えられた審美眼によって、かなりの価値がある物だということは分かった。


「……構いません。商談成立です」

「あ、ありがとうございます。あ、あの、差し出がましいことなんでしょうが……防具と武器、良いのですか売ってしまって」

「私には、がありますから。では良い日を」


 そう言ってタドラは棍棒を肩に担ぐと優雅に礼をして、その場を去った。その姿と所作は何とも不釣り合いだったが、なぜか妙に似合っていた。


 街を歩くと嫌でも視線を集めるタドラは、一応乙女の恥じらいらしき物はあるようで、普段着を置いている宿屋までは人目を避けて裏路地を通って行く事にした。


「いやいやいや……え? もしかして誘ってるの? 誘っちゃってるの?」


 タドラが裏通りに入った途端に……ガラの悪そうな男達が後ろからそう声を掛けてきた。前を見れば、どこから現れたのか、下卑た笑みを浮かべた男が数人、短剣を抜いて道を塞いでいた。


「あんたみたいな美人がそんな格好でさー、しかも金目の物を持ってさー。見てたぜ~。あの金ぴか鎧と剣と同じ価値の宝石、持ってるんだろ?」

「な、なあアニキ。こいつを娼館に売ったら良い金になるんじゃないか?」

「馬鹿野郎、それは俺らでたっぷり楽しんでからだろ?」

「ひゃっはあ流石アニキ、話が早いぜ!」


 盛り上がる男達をよそに、タドラはどうしたもんかと考えていた。声を掛けてきた男がどうやらリーダー格のようだが、見ると分厚い盾を持っており、岩のような身体には鎧を纏っている。他の部下達の装備を見ても、ただの盗賊や強盗団ではなさそうだ。おそらくは冒険者くずれが作った犯罪者ギルドの一員だろう。


「えーと、確かギルドに所属していないものが武器による傷害事件を起こすと……罪が重くなる……でしたっけ」


 昔、家庭教師に懇願して教えてもらった内容を思い出し、タドラはひとまず棍棒を持つ手に力を入れた。やはり、どこにも所属してもいないのは不便だ。


「頼むから抵抗するなよ? そんな細腕で振る棍棒なんて玩具おもちゃ同然だけどな」


 リーダーが盾を構えすらせずに、剣だけ抜いて無防備にタドラに迫った。


「剣を向けられたら……確か……――ですわ」


 それは一瞬の出来事だった。

 剣を向けていたリーダーに、タドラはブン、と棍棒を横に振っただけだ。


「へ?」


 なのに、たったそれだけで、鋼鉄製の剣が澄んだ音を立てながら粉々砕けた。さらにタドラは棍棒を振った勢いで回転。


「お、お前!! 何者な――」


 慌てて盾を構えたリーダーへと、回転し、遠心力が乗ったタドラの棍棒が叩き込まれた。


 鈍い音と共に破砕音が裏路地に響き、粉塵が舞う。


「え? あれ? リーダー?」


 男達は、路地の横の壁に穴が空いており、その奥でリーダーらしきものが倒れていることにしばらくの間気付かなかった。ピクピクと動いているところを見ると、生きてはいるようだが、その盾は砕けており鎧も破壊されていた。


 タドラの一撃を受けたリーダーは壁へと激突。それだけでは衝撃を殺しきれず、そのまま壁を貫通していったのだ。


 あっけにとられる男達。その視界を隠す粉塵の中から、その衝撃力と破壊力を物語るかのようにひしゃげた棍棒を持ったタドラが歩み出てきた。


「ひ、ひえええええ!!!」


 ありえない。巨体でしかもダーグステン製の重鎧と盾を持った男を棍棒一本で吹っ飛ばし、壁すらも破壊するなんてそんなの、いくら化け物じみた冒険者でも不可能だ。その上、それを行ったのは半裸の美女だ。

 男達はまるで強大な魔物を見たかのごとき恐怖を抱き、そして逃走した。


 残されたタドラはため息をつき、ひしゃげた棍棒を見ながら呟いた。


「残念です……の棍棒でも私の力に耐えられないとは」


 こうして後に、【蛮族令嬢】として名を上げ、最強のギルド【ビートダウン】を築きあげたタドラの物語は始まったのだ。


 障害は〝全て叩き潰す〟。その姿勢は、最後まで変わる事はない。

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