第2話:ギルドを作れば良いだけですわ~

 イディール祭王国、王都イデル。


 鍛冶屋通りの奥にその小さな鍛冶屋はあった。

 掲げている看板には、【アゼル武具店】と書かれてある。


「というわけで、今日からここに住みますわ」

「なんでだよ!」


 黒髪短髪の青年が金槌を落としつつ怒鳴った。歳はタドラと同じ十代後半だろう。煤と灰で顔は汚れているが、紫色の瞳と整った顔立ちはそんなものでは損なわれなかった。


 彼の目の前には、パンパンに膨らんだ鞄を背負うタドラがいた。服装は町娘が着るような一般的な平服だが、妙に光沢があり、高級素材を使っているのが分かる。


「ギルドを追放されて上に財産もほとんど取られてしまいました。よってこのまま宿屋に連泊していると経済的に危うくなりそうなので、こちらに来た次第ですわ」

「なんでうちなんだよ!」


 この小さな鍛冶屋兼武具店の若き主である青年鍛冶職人――アゼル・エスカッシュが声を荒げるが、それに対しタドラは目を細めて答えた。


「……食べる物にすら困って路上に倒れていたのは助けたのは誰かしら? 自分の趣味の武具作りの為に金もないくせにわざわざバカみたいに高い素材を仕入れたあげく売る事に興味ないせいで破産しかけた愚か者を援助したのは誰かしら? この店舗の購入資金及び改装費用を貸したのは誰?」

「……タドラ……さん……です」


 がっくりとうなだれるアゼルに、タドラは満足そうに頷いた。


「今すぐに貸していました分、全て回収しても良いのですが?」

「よし、荷物重いだろ? 俺が持とう。空き部屋の中でも一番綺麗で日当たりが良くて広い部屋を使ってほしい」


 そんな風に豹変するアゼルを見て、タドラは笑みを浮かべた。


 アゼルは鍛冶職人としては、とても優秀な人物だった。王都一と名高いゴールマール武具店で幼い頃から修行していたおかげで、鍛冶の腕だけで言えば一流だった。

 だが売れる商品よりも、自分の作りたい物を優先してしまう上に、タドラから見ても経営センス皆無のアゼルが修行元から叩き出されるのは時間の問題だった。

 そうして路頭に迷っていたアゼルを助けたのがタドラだった。そして彼女の潤沢な資金によってアゼルは自身の店舗兼工房兼自宅を手に入れたのだ。


 簡単にいえば、タドラはアゼルのパトロンであった。


「とにかく、しばらくはここに住みますのでよろしくお願いしますわ」

「はい……」


 そう言ってタドラは店舗の奥へと消えていった。その背中を見て、アゼルは階段が壊れないことを祈りつつ、しみじみ呟いた。


「やれやれ……あんな人を追放するなんて馬鹿な真似をしたのはどこのどいつだよ……遠回りな自殺か?」



☆☆☆



「とりあえず宿屋に置いていた武具は一部を売ってきましたので、これで当分は生活出来そうですわ」


 店舗の奥にある暖炉のある居間で、タドラは優雅に紅茶を飲みながら、前に座って瓶入りのビールを飲むアゼルへと金貨の入った袋を渡した。既に夕食は済ませており、食後に紅茶を一杯飲むのがタドラの決まりだった。


「これは?」

「居候代ですわ。どうせ今月も赤字でしょ?」

「……まあな」

「さてと……でもどうしようかしら」


 あまり困った様子に見えないタドラが困ったわ~と言うのを見て、事情をある程度聞いたアゼルが口を開いた。


「しかしよー、お嬢。【ムーンウルヴス】といえば、王国一の冒険者ギルドだろ? そんなところが、金をだまし取るような小汚い真似をするとは思えないんだけどなあ。所属してるパーティも一流って噂だろ?」

「……昔は、を付けないといけません。ギルドマスターがエルメに変わってからは凋落の一途を辿っていますわ」

「上が変われば、下も変わるか。ゴールマールのとこもそうだったなあ。馬鹿息子が仕切り初めてから、最悪だ」


 アゼルが何か嫌な事を思い出したのか、顔をしかめると一気にビールを飲み干した。


「それで、お嬢はまだ冒険者に諦めを付けてないのだろ?」

「当たり前ですわ。この王都で一番の冒険者になるのが私の夢ですもの」

「あんたは冒険者よりもっと向いているものがあると思うがなあ……だが、王都で冒険者をやるのはもう厳しいかもな」


 アゼルの言葉にタドラが首を傾げた。その美しい容姿と相まって、それは男性を秒殺で落としてしまいそうなほど可愛らしい仕草だが、アゼルは気にせず言葉を続けた。


「ギルドってのは横の繋がりが強いからな。ギルドから、しかも大手の【ムーンウルヴス】から追放されたとなるとどこもお嬢を受け入れてくれないぞ。俺だって、鍛冶ギルドを追い出されたおかげで、他の鍛冶職人から疎まれて、全然仕事が回ってこねえ」

「それは自業自得ですわ。鍛冶ギルド長を金槌で殴ったのでしょ?」

「かはは、今でも思い出すと、笑いが止まらねえ! ま、後悔はねえけどよ。仕事やりづれえのは確かだよ。正直お嬢がいなかったら俺は駄目だっただろうな」


 そう言ってアゼルは頭を下げた。

 少々直情的だが、悪い男ではない。それがタドラがアゼルにつけた評価だった。


「となると、街を出るしかありませんが……地方にアテはありませんし、何より資金が厳しいですわ」

「実家使えばいいじゃねえか。金なんていくらでも引っ張れるだろ」

「それだけは絶対にしませんわ。アマジーク家と決別する為に、家を出たのですから」

「頑固だなあ」

「アゼルさんほどではありません」

「確かに」


 二人はまるで子供のように笑い合った。


「でもお嬢はやっぱりすげえよ」


 アゼルには、一流と呼ばれる冒険者達が、もはやその冒険者自身が研ぎ澄まされた武器のように見えていた。中には装飾過多で、武器としての存在意義を失ったような輩も五万といるが。


 だけどそんな中でも、タドラほど、シンプルで美しい武器に見えた人間はいなかった。まるで、一本の抜き身の刃のような……そんな印象だ。


 だからアゼルは、恋愛がどうのこうのはともかくとして、このタドラという人物に惚れ込んでいたのは確かだった。


「いずれにせよ王都で冒険者をやるならギルドに入るのは必須だ。【ムーンウルヴス】の息が掛かっていない弱小ギルドでも探して入るしかないな。俺はそういうのめんどくせえからもう鍛冶ギルドは諦めたけどな。どうせ何処行っても俺に合わねえ」

「そうですわね……探すのは良いのですが……結果同じことになっては意味がありませんわ」

「となると、まあギルドを作るぐらいしかねえけど……」


 そうは口にしたものの、アゼルもそれが出来るとは思わなかった。ギルド自体は登録を出せば簡単に作れるのだが、維持費やら毎月掛かる税金やらを考えると、しっかりと収入が得られるギルド経営の計画がないと難しいのだ。


「……それですわ」

「あん? いやいやお嬢。ギルドを作るったって。登録する為にはギルドの活動の拠点となる場所がいるし、最低でも発足者以外に一人はギルドメンバーがいるのが必須なんだぞ?」

「そうですわ……なんでそんな簡単なことが思い付かなかったのでしょう。誰も受け入れてくれないのならば……作れば良いだけですわ!」


 がたりと椅子から立ち上がったタドラが力強い声を上げた。


「いや、だから、拠点とかメンバーとかどうするんだよ。追放されたお嬢じゃそれを探すのも難しいだろうが」


 そう言うアゼルへと、タドラがつかつかと歩み寄ってきた。


「有るじゃありませんか、拠点が。いるじゃありませんか、私以外のメンバーが」


 そう言って、アゼルをジッと見つめるタドラ。


「……いやいや待て待て! ここは俺の店だし、俺は冒険者なん――」


 慌てて立ち上がったアゼルへとタドラが迫る。


「……お願い、ね?」


 あっけに取られるアゼルの手をタドラは取ると、自分の胸元へと持ってきて渾身の上目遣いでアゼルを見上げた。


 タドラは女性にしては背が高い方だが、アゼルはそれよりも背が高い。


「……いや、だから……俺は鍛冶職人で……」

「この店舗は、権利上は私の物ですわ。そして貴方は従業員。つまり私の部下ですわ。ならばここがギルドになれば自動的に貴方もギルドメンバーになりますわね。嫌なら出て行くしかありませんわ……アゼルが」


 急に態度が大きくなり、腕を組んで睨み出すタドラを見て、アゼルは声を張り上げた。


「色仕掛けもうちょい頑張れよ! すぐに冷静な脅しにシフトするなよ! 怖いよ!」

「では、そういうことで。早速明日、組合庁に行ってきますわ」

「はあ……でも俺は鍛冶しかしねえからな」

「構いません。冒険者に鍛冶職人は必須ですから」


 そう言って、タドラが満面の笑みを浮かべた。


「誰も私を受け入れてくれないなら、結構。私の私による私のためのギルドを作れば良いだけですわ!! やりますわよアゼル! 私を追放したあのお馬鹿さんギルドなんてすぐに追い抜いて見せますわよ!!」


 タドラはそう宣言すると、手を突き上げたのだった。


 揺れる胸元からアゼルは目を逸らしつつ、ため息をついたのだった。

 あーあ、このお嬢に好き放題やらせたらとんでもない事になるぞ。


 他の冒険者ギルドが不憫でしょうがなくなったアゼルだった。

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