第3話:蛮族スキルは最強ですの


 王都内――組合庁。

 それは王国に存在する全てのギルドを管理している国の組織であり、ギルドを新たに発足するとなると当然ここへの登録が必須となる。


「はい、では、次にギルド名をお決めください」

「――これでお願いしますわ」


 タドラが達筆で、ギルド名を書類に記入していく。


「かしこまりました。では、手続きは以上です。追って登録した拠点へと、登録完了の通知が届きますので、それを持って手続きが完了となります」

「ありがとうございます。助かりましたわ」

「いえ、これも私共の仕事ですから。新たなギルドの誕生をお祝いいたします。改めて、私が今後も窓口となります、クライネ・ボルトハルトです、どうぞよろしくお願いしたします」


 そういって、タドラのギルド発足を担当してくれて初老の男性――クライネが笑みを浮かべ、優雅にお辞儀した。

 タドラもそれに微笑みを返し、その場を後にした。


 組合庁を出ようと、タドラがロビーの階段を降りていると、前から見知った顔がやって来た。白くなりつつある金髪を後ろに撫で付けた中年男性で、質の良い服を纏っており、ただの平民ではないのがすぐに分かる。


 その中年男性はタドラの姿を見ると、一瞬驚きを顔に出すがすぐにそれを引っ込めて、口角を上げた。 


「ん? おや、誰かと思えば……タドラ・フリン・アマジークではないか。こんなところで何を? パパの名前でも出してクレームかな?」

「フルネームで一々呼ばないでくださいます、エルメさん?」


 それは、【ムーンウルヴス】のギルド長であるエルメだった。

 エルメは、タドラが右手に持つ書類を目敏く見付けると、目を細めた。


「おや……おやおやおや。まさかと思うが、君が、ギルドを? あの君が?」

「……さあ? もう貴方とは関係ありませんことですわ」


 タドラは仮初めの笑みを浮かべて答えた。すでに、上司と部下の関係ではない。相手は最大のライバルなのだ。


「【ムーンウルヴス】はこの王都を代表する冒険者ギルドだ。困るんだよ、ポコポコと弱小ギルドを増やされるのは。業界全体の水準が下がってしまい、ひいては我がギルドにも泥が塗られてしまう。あとで、長官に苦言を呈することによう。私の言葉なら、重く受け止めるだろうね」

「〝我がギルド〟……とはね。ギルド長がギルドを私物化するとろくなことありませんわよ?」

「くくく……一応、聞いておいてやろう。なんていう名前のギルドかね?」

「――【】ですわ。〝障害は全て叩き潰すビートダウン〟がモットーなので……精々気を付けておくことですわ。私、は得意ですの」


 妖艶な笑みを浮かべそう言い切ったタドラの横を、エルメが通り過ぎりながら呟いた。


「ほざけ。お前のような雑魚が何をしたところで無意味よ。そもそも……ギルドがちゃんと立ち上がると良いな。では、失礼するよ」

「っ! どういう意味ですの!?」


 タドラが振り返るも、エルメはそれに答えず去っていった。


「嫌な予感がしますわね」



☆☆☆


 

 ギルドからの登録完了通知が来るまでの間、暇を持て余したタドラは、アゼルを連れて王都の南に広がる森へとやってきていた。その森には多種多様の魔物が生息しており、その素材を集めて商人ギルドや鍛冶ギルドに売るのも冒険者の仕事の一つだ。


「本当に使えるのかしら?」

「俺の作品を信じろ」


 タドラは相変わらず、防御という概念を完全に無視をした装備をしていた。

 胸部と下半身を布で覆っただけの姿に、手にはあのひしゃげた棍棒を鉄で補強した物が握られていた。


「ユグドラシルの木材は鉄と相性が悪いんだが、結合薬で無理矢理付けたら、良い感じに仕上がった。お嬢が全力で振っても大丈夫なはずだ……多分」

「まあ、物は試しですわ。ついでに店舗で売る武具の素材を集めますわよ」

「普通の武器作るのめんどくせー」

「少しは、鍛冶職人としてやる気を出しなさい」


 タドラがブンブンと棍棒を振ると、肩に担いだ。


 ほぼ裸族の格好に棍棒を担ぐ姿は、何とも蛮族のような雰囲気だが、その美貌とスタイルの良さが妙に調和していた。アゼルはいつか読んだ英雄譚で出てくる、異民族の伝説に出てくる女神を思い出した。


「しかし、ジョブ適性が【蛮族】とはまた難儀なものだな、お嬢」

「そうでもありませんわ。まあ、不便なのは認めますが」


 タドラが冒険者を志した時に真っ先に向かったのが、職業養成所だった。そこで、ジョブ適性を診断してもらい、自分に適するジョブに就き、冒険者となるのが一般的な流れだ。


 タドラはワクワクしながら診断結果を待った結果、自分に適するジョブは……【蛮族】のみだと分かった。


 本来なら複数の適性が出るもので、例えば剣士が一番適性が高いけど狩人も可能、といった風にだ。しかし、タドラは他の適性が一切なく、【蛮族】のみだった。


 タドラが調べた限りでは、【蛮族】が適性かつ活躍した冒険者はいなかった。


 その理由も納得できた。まず、装備できる武具があまりに少ないのだ。ジョブは、ある種、神が授ける呪いのようなものだとタドラは聞いた。

 それを受け入れたら最後、高額の金を払って、【転職の儀】を行わない限りは一生そのジョブに縛られるからだ。しかし、タドラはそもそも【蛮族】以外の適性が無いため、転職しようにもする先がなかった。


 冒険者をやろうと思うのなら、【蛮族】を選ばざるを得なかったのだ。


「しかし、使える武器が棍棒だけってのも酷い話だ」


 アゼルの言葉に、タドラは頷いた。


 当然ジョブには、それぞれ向き不向きの武具があった。


 例えば剣士であれば、剣を使えば他の者よりも早く技術を習得できる上に、身体能力にプラス補正が掛かる。逆に魔術師であれば、とくな武器は振れない上に、鎧といった重い装備を纏うと動きにマイナス補正が掛かってしまう。その代わり、杖を使った際の動きにプラス補正が掛かり、使う魔法の精度も上がる。


 ところが、【蛮族】に限っていえば、ほとんどの武具が使用不可能だった。武器は、棍棒の類いの鈍器のみ。それ以外を使うと身体が重くなり、まともに動く事ができない。更に防具も軽装備ですらもマイナス補正が掛かってしまう始末だ。


 命を守る武具を装備できない【蛮族】はとてもではないが、戦闘には向かない。そう判断されても仕方ないのだ。

 その癖、使えるスキルは少なく、しかも全て近接戦闘用の物だった。


「聞けば聞くほど、【蛮族】で冒険者をやるのは無謀に聞こえる」

「スキルもジョブも使いようですわ」

 

 そんな風に会話をしながら森の中を歩くタドラとアゼルの前に、ゴブリンの群れが現れた。


「げぎゃぎゃぎゅ!!」


 タドラの姿を見て、興奮したような声を上げるゴブリン達。


「ちと数が多くないか?」


 アゼルは革鎧に戦闘用のハンマーを装備しているが、基本的に戦闘向けのスキルは持っていないので戦力として少し物足りない。


「何も問題ありません」


 ゴブリンが持っていた、木の枝を削っただけの槍をタドラへと突き出した。

 それを薄皮一枚の距離で避けたタドラが棍棒をフルスイング。


「ぴぎゃあ!!」


 それだけで、ゴブリンが数体まとめて爆発四散。さらに少し離れた位置から、粗末な弓で木の矢をタドラへと狙い放ったゴブリンアーチャーがいたが――


「遅すぎますわ」


 地面を蹴って加速したタドラがあっという間に肉薄。唸る棍棒によって、ゴブリンアーチャーが血と臓物を撒き散らした。タドラが棍棒を振る風圧だけで、近くにいたゴブリン達も吹っ飛び、地面の上を転がっていく。


 あっというまにゴブリンの群れを殲滅したタドラはところどころが血に染まっており、まさに蛮族の女神と呼ぶに相応しい見た目になっていた。


「相変わらず、すげえな」


 アゼルは感心すると共に、この強さを理解せず追放した冒険者ギルドの連中が如何に愚かだったかを再認識した。


 タドラが保有する数少ないスキルの一つであり、まさに【蛮族】の代名詞的なスキル――


 【肉を斬らせて叩き潰すベアー・ハート


 それは、、身体能力……特に筋力と瞬発力が向上するスキルである。勿論良い面だけではなく逆に危機から遠ざかるほど、身体能力が落ちてしまう効果もある。


 なのでジョブ適性と合わない、鎧などを装備してしまうと、スキルと合わせて二重のマイナス補正が掛かってしまい……タドラは本来の力の十分の一も出せなくなってしまう。


 なのでタドラはあえて、身の危険を晒すこの下着のような、それこそ蛮族のような姿をしているのだ。タドラが試した結果、装備が軽ければ軽いほどその恩恵は強くなるが、武器の重量はなぜかカウントされなかった。


 なので限りなく軽い素材で作った、布きれだけの防具を装備するだけで、タドラはスキルの恩恵を受け、並の冒険者では敵わないほどの身体能力を得ていた。


 心臓を露出してでも相手を叩き潰す――それはまさに蛮族に相応しいスキルだった。


「というかお嬢。もうちょい手加減してくれよ。ゴブリンの胆嚢は良い素材になるんだから」

「心配には及びませんわ。ちゃんとその部位は破壊しないように調整しましたから」

「……器用だな」


 アゼルはゴブリンの死体から素材を剥ぎ取って、中に入れた物の鮮度を保ってくれるマジックアイテム【フレッシュバッグ】の中へとゴブリンの胆嚢を放り込んでいく。


 タドラも手伝おうと、ゴブリンの死体へと屈むと、風に乗って何かの咆吼が聞こえたような気がした。それも狼とかそういう類いの物ではない、魔力が籠もった、もっと凶悪な魔物が放つやつだ。


「ん? アゼル、今、咆吼が聞こえませんでしたか?」

「いや?」

「……少し、様子を見てきます。この辺りの魔物でしたらアゼル一人でも大丈夫でしょう」

「おう、俺も回収したらそっちに向かう」


 タドラがそれを聞くと同時に地面を蹴って、飛翔。何度か幹を蹴って、一番高そうな木の上へと飛ぶと、枝に着地、咆吼の聞こえた方向へと目を凝らした。


「……あれは」


 見ると、東の方向に開けた場所にあり、そこには赤い巨大な竜がいた。その竜に、数人の冒険者らしき姿の男女が襲われている。負傷しているのか、彼らは逃げようとすらしていない。


「なぜこの森にレッドドラゴンが? いえ、それより……助けないと」


 装備や動きを見る限り、駆け出し冒険者に見える。あれではレッドドラゴンにやられるのも時間の問題だろう。


 タドラは持ち前の正義心で、冒険者を助けるべくレッドドラゴンの下へと向かった。


 それが、結果としてタドラの運命を大きく変える事になることを、この時、まだ誰も知らなかった。

 

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