第4話:ドラゴンも鈍器でワンパン

 なぜこうなった。

 それが、駆け出し冒険者パーティ【フォックステイル】の女リーダー、アイネ・ボルトハルトが最初に抱いた感想だった。


 弱小ギルドに所属していたアイネ達は、とあるギルド経由で依頼を受けていた。それは、王都の南にあるリレット鉱国から王都までの要人護送だった。護衛人物についての詳細は聞いていなかったが、依頼報酬は破格の値段だったし、護衛自体も順調だった。この森に入るまでは。


 森に入ってしばらくして、もうすぐ王都へと辿り着くことを護衛人物へとアイネは伝えた。


 護衛人物は魔術師のような格好をして、顔もどこか爬虫類じみていた。気味悪いなとアイネは心の中では思ったていたが仕事と割り切り、愛想笑いを浮かべていた。


「ジルエスター様。まもなく森を抜けて、王都に着きます」

「……ご苦労。ふむ、確かこの辺りだったな。いやあ、本当にご苦労様だった。そして――


 アイネは魔術師――ジルエスターの言葉を一瞬理解できなかった。しかしジルエスターは持っていた杖をアイネへと向ける。


「っ!! 何を!!」


 アイネが剣を抜いたと同時に爆発が起きた。


「アイネ!? 何が起きた!?」


 護衛していた馬車が爆発した事に驚いたアイネの仲間達が、吹っ飛んで地面を転がるアイネの下へと駆け寄った。

 

「すぐに……戦闘態勢!!」


 幸い、反射的に【マジックシールド】のスキルを使用したおかげで、致命傷は避けられたアイネが叫ぶ。


「ふはは……あの男も酷い奴だ。こんなひよっこを護衛にするなんて。いや下手に強い冒険者だと苦労するのは私か」


 馬車の残骸の上に立つのは、杖を掲げたジルエスターだった。


「すまないがお前らはここで死ね――【サモン・ドラゴン】」


 ジルエスターが掲げた杖から放たれた魔力が地面に巨大な魔法陣を描いていく。


 そこから現れたのは――絶望だった。


「うそ……だ。なんで竜が」


 それはレッドドラゴンと呼ばれる魔物だった。赤い鱗を纏った、翼の生えた蜥蜴。それだけであれば大したことなさそうに聞こえるが、何よりレッドドラゴンは巨大だった。その長い首の先にある頭は森の木々よりも高い。


 レッドドラゴンの口腔が開くと同時にアイネが叫んだ。


「耳を塞いで!!」

「ギャルアアアア!!!」


 間に合わず、その魔力の籠もった咆吼をまともに受けてしまった仲間達が、棒立ちになった。


 竜の咆吼には魔力が宿っており、魔力耐性の低い者はそれをまともに喰らってしまうと身体が麻痺してしまう。耳を塞いだアイネ以外の者達が、必死に口をパクパクと動かして言葉を絞り出す。


「アイ……ネ……に……げ……て」

「殺せレッドドラゴン」


 ジルエスターの無慈悲な命令によって、レッドドラゴンはその丸太よりも太い右前脚をアイネ達へと振り下ろした。


 アイネは身体が動くものの、結果として動けずにいた。


 スキルを使ってあの脚を切断する? いや無理だ。

 自分だけ逃げる? 出来る訳がない。

 

 思考がぐるぐると回転し、アイネは目の前に迫る死に対し、結局、尻餅をつく以外には何も出来なかった。


「ごめんなさい……お父様」


 それだけ言って、目をつぶろうとしたアイネの目の前に、何かが降り立った。


「流石の私もドラゴンを殴るのは――初めてですわ!!」


 バガンッ!! という重い音が響き、雨が降ってきた。


 否、これはただの雨ではない――血の雨だ。


「なんで」


 アイネは血に染まりながら、目の前で起こった光景を信じられないでいた。


 突如現れた裸族同然の姿の金髪美女が、鉄で補強した、ひしゃげた棍棒でレッドドラゴンの前脚を殴った。ただそれだけなのに――レッドドラゴンの前脚の肘から先が消失しており、血が噴き出していた。


「っ!! 何をやっているレッドドラゴン!!」


 ジルエスターが慌ててレッドドラゴンに指示を出す。しかしそれもよりも先に、その美女は地面を蹴って飛翔。


 そのままレッドドラゴンの身体を何度か蹴って上昇すると、レッドドラゴンの顔の前で器用に身体を捻った。


「馬鹿め!! 燃え尽きろ!!」


 ジルエスターの声と共に、レッドドラゴンの顎が開き、業炎が顔を覗かせた。

 

 火球が吐き出され、美女へと迫る。


「よ、よけて!!」


 アイネが思わずそう叫んでしまった。


「避ける? その必要はありませんわ――【慟哭する鼓動ロアリング・クライハート】」


 美女がそう静かに言って、スキルを発動させた。ドクンッ! という鼓動の音が響き、美女の身体から不可視の衝撃波が全周囲に放たれる。

 

 それはタドラに迫る火球をまるで魔法のように掻き消した。さらにそれをまともに顔で受けたレッドドラゴンが、口や目や鼻から血を流す。


 そして美女が捻った身体を解放させるように放った棍棒がレッドドラゴンの顔に直撃――骨が砕け、肉が潰れる音が響き、レッドドラゴンの顔が跡形もなく消失。


 そのままレッドドラゴンは塵となって消えた。


「嘘……だ。ありえない……ありえない!! そんな棍棒で! そんなクソみたいな装備で!! 私のドラゴンがやられるわけがない!!」


 アイネの目の前に、優雅に降りてきた美女に向かって、ジルエスターが叫んだ。


「クソとは、失礼ですわね。さきほどのドラゴンはお前の仕業みたいですけど……ねえ、貴女。貴女は冒険者でしょ? あの男は敵かしら?」


 美女が尻餅をついたままのアイネへとそう優しく語りかけた。


 美しい金髪も白磁の肌も全て血に塗れているが、なぜかその姿はアイネの目には神々しく映った。


「て、敵です!」

「そう。では、冒険者法に則り、助太刀しますわ」

「死ね!!――【ブレイズ】!!」


 ジルエスターが悠長にこちらへと背を向ける美女へと向けて杖を向けると、上級炎魔術を放った。


 しかし、ジルエスターが気付いた時には、その美女は視界から消えていた。


「は?」

「完全に敵意がある攻撃と判断して……反撃しますわね?」


 背後からの声に振り向こうとしたジルエスターの目に、ニコリと笑う美女の顔と、迫る拳が映り――そして暗転。

 

 ジルエスターの意識はあっけなく飛んだのだった。


「あの……貴女は……一体……」


 アイネは、パンパンと手を叩くその美女に恐る恐る声を掛けた。

 助けられた。それは分かっているが、それよりもドラゴンを簡単に倒し、そして手練れの魔術師をあっけなく倒したこの得たいのしれない美女の正体の方が気になった。


「私ですか? 私はタドラ・フリン・アマジーク。以後、お見知りおきを」


 そう言って美女――タドラは血塗れの姿で、優雅に一礼したのだった。

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