第5話:もっと重くて硬い鈍器を

その事件はすぐさま、王都の組合庁及び王国の秩序と法を担う騎士団へと報告された。タドラによって拘束されたその男は、【竜睨みゲイザー】と呼ばれる、国際的に指名手配されている賞金首だった。本名はジルエスター・イレンズニュート。上級魔術師で、元冒険者であったが、問題を起こし国外追放を受けた。


 彼はやがて竜を崇める邪教の狂信者達の集団――通称【竜の尾】に雇われ、数々の犯罪や事件の首謀者とされていた。


 なぜそんな大物賞金首が王都へと向かっていたのか。なぜ自身の護送をわざわざ冒険者ギルドに依頼したのか。ジルエスターが逮捕された翌日、獄中で不可解な死を遂げたせいで、全ては闇へと葬り去られた。


「ですって」


 アゼル武具店の居間で、タドラは寝間気であるネグリジェ姿のまま朝食後の紅茶を飲みながら、新聞読んでいた。


「大物じゃねえか」


 アゼルが居間の先にある工房でタドラの棍棒を修理してながら、タドラに応えた。あれほど補強したと言うのに、どうやらドラゴンを殴ったせいか、棍棒は更に大きく歪んでしまい、何とかしてくれとタドラに押し付けられたのだ。


「変な事件ですわ。なぜ、あの男は護衛してくれた冒険者を襲ったのでしょうか」

「さてな。邪魔だったからじゃないのか?」

「であれば、最初から護衛なんて頼まなければよろしいのに」

「確かに。まあ犯罪者の考えることなんて分からん。しかしなあ……せっかく賞金首を捕らえたというのに謝礼金が出ないなんてしょっぱいな」

「仕方ありませんわ。彼女達にも事情がありますから」


 そう、ジルエスターを捕らえたのは――アイネ達【フォックステイル】だということになっていた。アイネ達もタドラの手柄であると必死に抗議したのだが、何やら色々な政治の力が働き、結果として護衛していたアイネ達がジルエスターの正体に気付いて、捕縛したという事になったのだ。


「まあ、お嬢がそれで良いなら良いけどよ」

「良くありませんわ。このままですとギルドを立ち上げる前に資金が底を尽きてしまいそう」


 そう。あれから数日が経ったというのに、一向に組合庁からギルド登録完了の通知が来ないのだ。


「一般客用に武具を売り始めたが……客が来ねえしなあ」


 アゼルが作る武具は値段の割に質は非常に高い。だけど、立地が悪かった。大通りではなく鍛冶通りの奥の路地にある店なのだ。店先にいるのは、暇そうな猫ぐらいだ。


「場所が悪いですわね。まあそのおかげで安く買えたわけですけど」

「とりあえずいっぺん、組合庁に行ってみたらどうだ? いくらなんでも通知が遅すぎるだろ」

「そうですわね……午前中にでも行ってみますわ」


 タドラが新聞を畳み、テーブルの上に置くとアゼルのいる工房へと入った。


「それで? 武器は直りそう?」

「いやあ無理だな。ここまでひしゃげている上にドラゴンの血を浴びちまったせいで結合薬を跳ね返しちまう」


 アゼルが歪んだ棍棒をなんとかしようとするも、ドラゴンの血を吸って黒く変色したその棍棒は魔力的な要素を全て跳ね返してしまうのだ。


「もっと硬くて頑丈で重い物が良いですわ。それはちょっと軽くて振りにくい」

「お嬢、これは筋力補正がある俺でも両手で持ち上げるのがやっとだぞ?」

「私には、羽根のように軽いですわ。もっと重ければ……もっと凄いことが出来そうなのに」

「今でも十分凄いと思うがな。んーこうなるとあれだな、竜の素材ぐらいじゃないともう使えないな」

「竜の素材……高くつきそうですわ」


 竜の素材は、その討伐難易度の高さから、高値がつくことがほとんどだった。タドラはただですら資金がないのに、今、武器にそこまで資金を掛けられないなと判断した。


「そりゃあなんせ竜素材だからな。でもユグドラシル製のこいつを廃棄するのは勿体ないねえな。滅多に市場に出回らないんだぞ」

「あ、そういえば竜素材。少しありますわ」

「は? ちょっと見せてみろ」

「取ってきますわ」


 そう言って自室からタドラは革袋を持ってくると、それをアゼルへと渡した。


 中身を取り出した、アゼルが目を見開かせた。


「こ、これは……おいおいおい……【黒竜】と【白竜】の核じゃねえか!!」

「そうみたいですわね」

「お嬢、どこでこいつを? これは百年に一回出回るかどうかの代物だぞ!?」

「そうですの? ゴールマール作の鎧と剣と交換しましたわ」

「あれ、売ったのか!? あれお前初代ゴールマールの傑作だぞ!? まあ貴族の依頼で作ったから実用性は皆無だが」

「とにかく、これで武器を作って欲しいですわね。あとは防具だけど、出来れば軽くて生地面積が少ないものが良いですわ」


 タドラの言葉を受けて、アゼルが少年のような目でその二つの石を見つめていた。


「凄いぞ……核ってのはいわばドラゴンの魔力の源なんだ。それを使えばどんな武具も最高の質になる。さらに【黒竜】は重力を操るドラゴンだ。この核にもその力が宿っている。だからこれを使えば……重くて絶対に壊れない武器が作れるぞ……。それと【白竜】は風を司るドラゴンでその巨体は羽根よりも軽いそうだ。これを使って防具を作れば、重量を限りなくゼロに近付けられる」

「生地面積も少なく、ですわ。でないと、私の危機感が薄れてしまいますし、ジョブ適性に引っかかってしまう」

「分かってるさ。でもただの布よりも軽くかつ見た目も良い物が作れるぞ」

「それは重畳ですわ。では、よろしく頼みますね」

「任せとけ!! うおおお腕が鳴るぜえええ」


 興奮するアゼルを置いて、タドラは組合庁へと出掛けべく、着替えるために自室へと戻った。


「……あんな街中の商人がなぜそんな希少な素材を?」


 その疑問にタドラは答を出せなかった。


☆☆☆



 組合庁会議室。

 

 そこでは数人の男達が集まり、会議を行っていた。その中に、タドラの担当であるクライネ・ボルトハルトの姿もあった。


「えー、次の議題だが……この【ビートダウン】というギルドの登録について」

「却下だ。とあるギルドからうるさく言われててね。安易にギルドを増やすなと。それにどこの骨かわからんやつがギルドを作ったところでこちらに利益はあるまい。却下で良い」


 組合庁のトップである長官――ビルマスがにべもなくそう言い切った。


「……では、却下で」

「待って下さい」


 これまで黙っていたクライネがスッと手を上げた。


「おや? 【沈黙】のクライネが口を開くなんて珍しいな」


 ビルマスがおどけたような声でそう返すが、クライネは真面目な顔のまま発言する。


「なぜ、【ビートダウン】だけ却下なのでしょうか? それであれば今期登録希望があった全てのギルドを却下すべきでは?」

「何を言うかと思えば……。そんなことしたら、クレームが来るに決まっているだろ? 良いか、この【ビートダウン】以降はしばらくはギルドの新規登録は禁止だ」

「期間は? 登録希望者にはどのように説明を?」


 クライネの発言に、鬱陶しそうに手を払うビルマスが声を上げた。


「それは現場の君が考える事だろ?」

「ですが、将来有望なギルドになり得る可能性を潰すのは組合庁の、ひいては王国の為にはなりません」

「うるさい。その【ビートダウン】? だっけ? そいつだけは駄目なんだよ。それで納得しろ」

「ですから。なぜ、駄目なのでしょうか? 私にはそれを【ビートダウン】に説明する義務がありますから」

「ちっ、おい君、あの資料を寄こせ」


 ビルマスが隣に立つ事務員から書類を受け取ると、それに目を通していく。


「えーっと? ああ、これこれ。【ビートダウン】のギルド長となるタドラ・フリン・アマジーク。こいつは【ムーンウルヴス】に所属していたが、追放処分を受けている。更に最低でもメンバーが一名確定であるという条件について……ふむその一名とやらが、アゼル・エスカッシュという男だが……おや? こいつも鍛冶ギルドと【ゴールマール工房】から追放されているな」

「過去は過去です」

「そうは言うがね。二人とも大手を追放されている。人間性と実力に問題あるんじゃないかね? こんなクソみたいな奴らにギルドごっこさせる為に組合庁は存在しているわけではないだろ?」

「追放理由はともかく、実力に関して判断するのは早計かと。誰にでも合う合わないはありますから。それにこのタドラ様は、かのアマジーク家のご令嬢です。あまり刺激するのはよろしくないと思いますが?」


 珍しくしつこく食い付いてくるクライネに嫌気がさしたビルマスが声を荒げた。


「しつこい!! 貴族がなんだと言うのだ! 貴様は相手が貴族だからと例外にしろというのか!?」

「彼女達を例外扱いしているのは貴方ですよ、ビルマス長官」

「黙れ!! とにかくだ、絶対にその【ビートダウン】とやらのギルド登録は認めない!! 以上だ!!」


 ビルマスが議論は終わりとばかりにテーブルをバンと叩いた。


「……実力が、実績があれば、登録を認めてくださいますか?」

「くどいぞクライネ」

「実績があれば、将来有望なギルドになり得ると証明出来れば、認めてくださいますね?」


 食い下がるクライネの言葉を受けて、これまで沈黙を保っていたとある人物が突然発言した。


「ビルマス長官、良いんじゃない?」


 それは、金髪に赤い瞳が特徴の青年だった。若い女性には受ける見た目だが、どこか軽薄な雰囲気を纏っていた。


「ルーン王子……口を出すのは勘弁してください。これはうちの問題です」


 その青年は、このイディール王国の第二王子であるルーン・ゴーグ・イディールその人だ。彼は気紛れにこうして組合庁含む各庁に顔を出しては、まるで遊びのように議題へと口を突っ込むのが趣味だった。


 しかし、その発言はあながち間違っておらず、大抵の場合はそれに従う方が上手く行くことが多い為、各庁での評判は悪くなかった。


「ビルマス長官、そう言わずにさ。こいつらがクズだと言うなら、問題ないじゃん。もし実績を上げられるほど有望なら、我が王国のメリットになる」

「ふん、こんな追放されたクズに実績なぞ無理に決まっている」

「じゃあ、こうしようよ。とりあえず一旦ギルド登録を許可してあげよう、仮でね。それで期間を設けて、その間に実績を上げられたら、そのままギルドとして認めて、駄目だったら即ギルド解体」


 ルーンの提案にビルマスは苦い顔をする。仮ですらも許可はしたくない。だが、ここでルーンの発言を突っぱねると後々めんどくさい事になるのは目に見えていた。


 ビルマスはこの結果を聞いて怒鳴り散らすであろうギルド長の顔を想像し、ため息をついた。


「どうせ、無理だ。もしその二人がそんなに有能な人材なら、【ムーンウルヴス】が、【ゴールマール工房】が、手放すはずがない」


 ビルマスが自分に言い聞かすようにそう言うと、ルーンがニヤリと笑った。


「じゃあそういうことで、良いね? ビルマス長官、クライネ」


 ビルマス長官は無言だ。つまり認めたということだろう。


 クライネはゆっくりとルーンに見えるように頷くと、口を開いた。


「ルーン王子ありがとうございます。……私からは以上です」


 クライネはそう言って、再び【沈黙】の二つ名の通り、会議の最後まで口を開くことはなかった。

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