第6話:初依頼ですの
「というわけで、一応、【ビートダウン】の登録許可は出ましたが……すみません私の力不足で条件付きになってしまいました」
そう言って、クライネが組合庁のロビーにある、応接用のソファに座って待っていたタドラへと説明した。
「いえ、ありがとうございます。むしろギルドとして曲がりなりにも登録できたことに驚いていますわ」
タドラは、きっとあのいけ好かないギルド長のエルメが妨害工作をしてくるだろうという予測は立てていた。だが、この目の前の品の良い初老の担当――クライネが粘ってくれたおかげで、条件付きとはいえ、ギルドとして登録許可が出たのだ。それは素直に喜ばしいことだった。
「タドラ様。このような形になってしまって申し訳ありません。ですが、タドラ様なら必ずや実績をあげてくださると私は信じております。そして何より――娘を救ってくださってありがとうございます」
そう言って、クライネが深々と頭を下げた。
「……ボルトハルトと聞き、珍しい名だとは思っていましたけど……アイネさんと親子でしたのね」
「はい。娘から、何度もジルエスター事件はタドラ様の手柄だと聞いております。ですが、それらの報告は全て揉み消されました」
クライネも、娘からその話を最初聞いた時は信じがたかった。レッドドラゴンは、高ランクの冒険者パーティでも苦戦するような魔物だ。それを冒険者ギルドを追放された人物が、しかも一人で討伐するなどありえない。更に、それを操る大物賞金首であり一流の魔術師であるジルエスターを無傷で捕縛するなど、信じられるわけがなかった。
だが、絶縁同然に家を飛び出した娘が自分との確執を一旦忘れてでも、訴えてくるその内容をクライネは嘘だと断じることが出来なかった。
「恩には報いる。それがボルトハルト家の家訓です。どうやら娘はそれだけは忘れていなかったようです。なので父である私も守らねばと」
「ありがとうございます。要は実績を上げれば良いだけですわ。大丈夫、私も、アゼルも優秀ですから」
「はい。ドラゴンを一人で殺しえるタドラ様と、それを可能にした武器を作った鍛冶職人。期待しない方が嘘です」
「ふふふ……クライネさん。貴方も案外、
「はい。サポートはお任せてください。まずはメンバーを募集されますか?」
「いえ、とりあえずは私とアゼルだけで結構ですわ。これで、依頼が受けられますわね」
「では、タドラ様達が受けられそうな依頼があれば私からお知らせします」
「お願いします。それでは」
タドラが笑みを浮かべ、立ち上がった。その流れるような所作にクライネは感心しながら腰を浮かした。
そしてクライネは珍しく、仕事関係なく、自分の興味からタドラへと質問をした。
「タドラ様。貴女は……一体何をなさったのですか?」
その曖昧な質問に、タドラは一瞬キョトンと年相応の顔になった。が、すぐに貴族然とした笑みを浮かべ、応えた。
「
「なるほど。これからですね」
「ええ。それでは、失礼しますわ」
優雅に去っていくタドラの背中を見て、クライネは年甲斐もなく、自分が興奮して震えている事に気付いた。まるで……英雄譚か何かを目撃したような気分だ。
伝説が、始まるかもしれない。
後に、クライネはそう娘に語ったそうだ。
☆☆☆
それから数日が過ぎた。
「あ、タドラさん! こんにちは!」
「ご機嫌よう、アイネさん」
アゼル武具店の店舗内で、店番をしていたタドラが、入って来た女性――アイネへと挨拶を返した。
おそらく父親であるクライネから聞いたのか、あの事件依頼、アイネは時折この武具店に来てはタドラの話相手になっていた。そして、彼女と彼女の仲間達は武具やアイテムをここで買ってくれるようになった。
「凄く、評判良いですよ、アゼルさんの武具! 軽くて丈夫で良く斬れて。なの安い!」
「きっとアゼルも喜びますわ。もっと宣伝してくださいな」
「はい! それで、アゼルさんは?」
「ずっと工房に籠もっていますわ。傑作が出来るとか何とかで。お陰様で依頼を見にすらいけません」
「ふふふ、父が一生懸命色々探しているみたいですよ」
「ありがたいことですわ。さ、お茶でも飲みましょうアイネさん」
そうして、二人がお茶を飲みながら会話していると、煤と灰に塗れたアゼルが工房から飛び出してきた。
「出来たぞ!! これは凄いぞ! 歴史に残る傑作だ!!」
「あら、汚い格好ですこと。レディ二人の前に出る格好ではありませんわよ。さっさと水浴びしてらっしゃい」
「良いから、振ってみろ!! もう持ち上げる力はないから、工房で見てくれ」
アイネを連れて、タドラが工房へと久々に足を踏み入れた。むせかえるような鉄と火の匂いがタドラは決して嫌いではなかった。
台座に、黒い物体が置いてあった。
「これは……凄いですわ」
元の形はおそらく、ひしゃげたあのユグドラシル製の棍棒だというのは分かる。しかし大きさも分厚さも全然違う。
その形状を簡単に言えば、斬馬刀のような巨大な片刃剣だった。しかしその柄と一体化している刀身は分厚く、刃先も研がれてはいない。剣の形状はしているもの、あくまで叩き潰すことを目的としているのが分かる。
「持ってみろ」
アゼルに言われて、タドラが柄を掴んだ。
ズンッ……という重厚な音が鳴り、その黒い武器をタドラは持ち上げた。
「……素晴らしい。素晴らしいですわ。この重さで最高ですわ!!」
珍しく興奮した様子でタドラがその武器を肩に担いだ。
「黒竜核を溶かしてユグドラシル木材と混ぜた結果、驚くほど硬い強度の素材が出来た。おそらくドラゴンの血が良い結合材になったんだな。そして、頭悪いぐらいに重くなった。これを持てるのは、伝説に出てくる巨人か、お嬢ぐらいだろう。木材がベースになっているおかげで、柔軟性もある。更にドラゴンの血と核のおかげで、自己修復する力までついちまった」
「凄いですわ……これなら……大地も割れそう」
「割るなよ。マジで。あと、ドラゴンの血が混じっているせいか、魔法だろうがなんだろうが全部ぶっ潰せる」
「アゼル、褒めてあげるわ。これは……素晴らしいものよ」
「気に入ってくれて何よりだ。銘は――【
「ふふふ……」
「へへへ……」
怪しい笑みを浮かべ見つめ合うタドラとアゼルを見て、一歩引いたアイネの目に、白い防具らしきものが映る。
「えっと、これは……防具……?」
「おう! それも付けてみろ!」
それは紙よりも薄い、白い光を放つ金属製の胸甲と、腰周りを保護する部位、あとはリストバンドのような腕輪と脚甲のみだ。
タドラが着ている服を脱ぎ始めると、なぜかアイネが赤面する。
「わわわ、タドラさん!! 男性がいる前で脱ぐのは!!」
平然としているアゼルがその言葉に返す。
「いつもの事だ、気にするな」
「あんたが気にしろ!!」
アイネが思わずアゼルへとパンチを放つが、その間にタドラは防具を装備し終わっていた。
流石に前の布きれだけの状態よりはマシとはいえ、胸部と腰周り、あとは手足の一部分のみを守っているその防具は、剣士のアイネからすると、鎧ですらない。
「あの……それだけですか?」
「ふむ、動きの阻害はないですわね。それに驚くほど軽い。これならこの【竜断】も思いっきり振れそうです」
「前に何度か試したからな。どこまで鎧部分を減らせば、阻害が発生しなくなるか。これが限界だ」
「十分ですわ」
タドラは満足そうに防具を付けたまま身体を動かしてみた。
「まあ、お嬢はその格好だと目立ちすぎるから、ほれ」
そういって、アゼルがマントを放り投げた。その白い紋様の入った黒いマントはまるで重力など存在しないとばかりにふよふよと浮いている。
「黒竜と白竜、それぞれの加護が付与されたマントだ。矢や半端な魔術なら自動的に弾いてくれるぞ。それなら邪魔にならないから羽織っておくといい」
マントにはフードも付いており、顔を隠すのにも向いてそうところも、タドラは気に入った。
「良い仕事をしましたね、アゼル」
「まあな。俺も楽しかったさ。おかげで竜素材の使い方も分かった。あーもっと色々作りてえ!!」
「あはは……なんか凄いですね……二人とも」
呆れているのか感心しているのか、アイネがそう呟いた。
「そろそろ、これの試し斬りがてら何か依頼を受けたいですわね」
「俺は……とりあえず水浴びして寝てくる」
「ご苦労様。ゆっくりください」
タドラの言葉にアゼルは頷くと、そのまま工房から出て行った。
「凄い装備ですね。羨ましいです」
「アイネも素材とお金さえあればアゼルが作ってくれますよ」
「……頑張ります!」
そのとき、店舗の入口が開く音が聞こえた。
「あら、お客さんかしら?」
【竜断】を壁に立てかけると、タドラが店舗へと戻った。
「こちらが冒険者ギルド【ビートダウン】の拠点で間違いないでしょうか?」
そこにいたのは、組合庁の制服に身を包んだ青年だった。
「ええ。私がギルド長のタドラですわ」
「では。組合庁のクライネ様より預かった依頼を届けに参りました」
そう言って、青年は一通の封筒を差し出した。
「確かに受け取りましたわ」
タドラが受取証明書にサインを書くと、青年に渡した。
「それでは、失礼します」
一例すると、青年が去っていった。
「依頼、ですか?」
「ですわね」
タドラが封筒を開けると、そこには依頼書があった。
それをタドラが読み上げた。
「えーっと〝狂信者集団【竜の尾】のアジトの一つが王都近辺にあるという情報を得た。速やかにこれを発見し殲滅せよ 依頼者:ルーン・ゴーグ・イディール〟ですって」
「高ランクの依頼じゃないですか! しかもこれ、王族からの依頼ですよ!! あっ、でもこれ……」
アイネはその依頼書の最後にある、とある一文を見付けて顔を曇らせた。
そこにはこう書かれてあった。
〝高難度依頼と想定されるため、ギルド【ムーンウルヴス】との合同作戦とする〟
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