第7話:因縁の相手と合同依頼ですわ~

 王都、【ムーンウルヴス】拠点内。


「どういうことだ!!」


 エルメが、王族直々の依頼書を見て激怒した。


 そこには、自分が追い出した女が作ったギルド【ビートダウン】とやらとの合同作戦になると書かれてあった。


「知りませんよ。それで、受けるんですか? 受けないんですか?」


 【ムーンウルヴス】の中でも現在最も活躍しているパーティのリーダーである剣士ローランがうざったそうにエルメを見つめた。


 最近、どうにもこのギルド長が情緒不安定で困るとローランはため息をついた。原因は、最後に自分がパーティから追放し、そしてギルドからすらも追放されたあの、タドラとか言う娘のせいだろう。大貴族の令嬢だからと、ろくに戦えないグズを金目的で入れたのは自分だろうに、とローランは侮蔑したような目でエルメを見つめた。


「ルーン王子からの依頼を断れるわけがないだろう!!」

「だったら受ければ良いだけです。【竜の尾】なんて俺達が軽く殺してきますよ。それにあのグズ女が作ったギルドなんてどうせろくな奴いないでしょうし」

「そうか……そうだな。うちからは、お前達が行け。もしあいつらが邪魔するようなら、殺しても構わん。私がいくらでも揉み消してやる」

「へいへい。そしたら準備してきますね」


 そういって、軽く手を上げて去っていくローランを見て、エルメがぐしゃりと依頼書を握りつぶした。


「くそ……なぜこんな美味そうな依頼にあの女が絡んでくるんだ!」

 

 苛立ちを隠しきれないエルメがくしゃくしゃになった依頼書を床へと投げつけた。


 そもそもギルドなんて作らせる気もなかった。ビルマス長官に、ギルドの登録許可を出さないように仕向けたのに、結果として条件つきとはいえ、ギルドが立ち上がってしまった。


「実家の名前を使いやがって……くそ……だから貴族は嫌いなんだ!!」


 エルメは大の貴族嫌いだった。だから、最初タドラがこのギルドに入りたいと来た時は即刻叩き出そうと考えたのだ。しかしそれよりも、もっと良い方法を思い付いた。どうせ世間知らずのお嬢様だ、金を絞るだけ絞って、用がなくなったら捨てれば良い、と。

 結果として、それは上手く行った。最近ギルド経営が苦しいせいで、そうでもしないと、大手ギルドの建前を維持出来なかったからというのも理由の一つだ。


「ちっ……あの青二才のせいだ」


 ギルド経営が上手く行っていない理由は分かっていた。ローランのパーティは活躍して依頼料を稼いでくるものの、それ以上に浪費が激しいのだ。武具やアイテムだけではなく、飲食代や高級娼婦への金のばらまきなど、目に余る行動だったが、彼らがいないとギルドが回らないのも確かだった。


「くそ……それになんだこの依頼は」


 エルメは、その依頼内容に疑問を持っていた。【竜の尾】のアジトが王都近辺にあるなんて情報をエルメは知らない。なぜ、知らない情報を、ルーン王子は持っているのか。


「まさか……勘付かれたか? いやそんなはずはない。大丈夫だ。問題ない。あの馬鹿魔術師も消したから漏れていないはずだ……」


 エルメの神経質な声が誰もいない拠点に響いた。



☆☆☆



 王都南門。


 その外で青髪の剣士――ローランと金髪赤眼の青年――ルーンが会話していた。


「……ルーン王子まで同行されるなんて聞いていませんが」

「あれ。そうだっけ? まあ良いじゃん。邪魔はしないからさ。僕、こう見えて結構強いんだよ?」

「大人しくしててくださいね。俺らの指示には従ってもらいますよ。命に関わることなので」

「はいはーい」


 ローランは鎧と顔が出ているヘルムを被っており、腰には二本の剣が差してあった。一方、ルーンはというと、王族が着るような衣装ではなく、平民服を纏っており、腰には細いレイピアが差してあるのみだ。


 ローランはそれを見て、王侯貴族のお遊戯会と勘違いしているのではないかと心の中では小馬鹿にしていた。


 ローランもそうだが、冒険者のほとんどが基本的に平民出身だった。命を天秤にかけて金を稼ぐ仕事なので、裕福な王侯貴族がわざわざやる必要がないのだ。だからこそ、冒険者の全員ではないにしろ、エルメに限らず、王侯貴族を毛嫌いする人種が一定数存在した。


 そしてローランもその内の一人だった。だからこそ、王子だろうが何だろうが、戦場に出てしまえば身分は平等だと考えていた。


「リーダー。来ましたぜ」


 ローランの部下が、そう言って、門の方を差した。


 こちらに向かって歩んできたのは、黒いマントを纏った一人の女――タドラだった。


 その背からは武器自体は見えないものの、柄が突き出ており、何かしらの得物は装備しているのは分かるが、問題は防具だった。前見たような布きれではないにしろ、へそや太もも、二の腕などが剥き出しのそれは到底防具と呼べる代物ではなかった。


「ご機嫌よう、ローランさん。またお会いできて光栄ですわ。合同依頼、よろしくお願いしま――」


 タドラがお辞儀をしようとする途中で、ローランが叫んだ。


「お前、ふざけてんのか?」


 ローランが掴みかかる勢いで、タドラへ迫る。


「なんだその防具は? 死にたいならよそでやれ。ただですら、王子がいてクソややこしいのに、お前みたいなお荷物を抱えて依頼なんてしたくねえんだよ。どうせ、男を誘惑する為とかそんなクソみたいな理由でその防具を選んだんだろ? そんな半端な気持ちで戦場に出て来られても困るんだよ!! そういうのは貴族様のお遊戯会でやれよ!!」

「……前ならともかく、今は別のギルド、別のパーティ。装備に関しては貴方の指図は受けませんわ、ローランさん」


 それだけを言うと、タドラは激怒するローランの横を通り過ぎて、ルーンの下へと向かった。


「まさか、こんな形で再会するとは思いもしませんでしたわ……ルーン王子」

「やあ、久しぶりだねえ、タドラ・フリン・アマジーク。良いねその防具。凄く似合ってるし、何よりエロスを感じる」


 ルーンの視線を受けて、タドラは極寒の声を出した。


「死んでくださいまし」

「あはは、一応僕は王子なんだけど?」


 へらへら笑うルーンを見て、ローランが顔を真っ赤にする。それなりに整った顔だが、台無しだった。


「お前ら! ふざけるな!! もう良い!! 俺らだけでアジト殲滅に向かう!! タドラ、お前は王子様を王城まで送ってさしあげろ、ついでそこで一生遊んでろ!」


 そう怒鳴ると、ローランが部下に合図を出して、南の森の方へと馬車を進ませはじめた。


「あいつ何をあんなに怒ってるのかねえ」

「少なくともルーン王子が怒らせたのは確かですわ」

「アジトがありそうな場所の候補、僕しか知らないんだけどなあ」

「であれば、行きましょうか」

「だね。おーいローラン君待ってくれ~。とりあえず僕を馬車に乗せてくれよ~」


 走ってローランを追いかけるルーンを見て、タドラは珍しく盛大にため息をついたのだった。


「前途多難ですわ……」


 こうして、タドラのギルド【ビートダウン】――アゼルは店番のため来なかった――とローラン達【ムーンウルヴス】の合同依頼が始まったのだった。

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