第8話:NEW鈍器のお披露目ですの
「この紅茶美味しいね」
「クイラン産ですわ。最近少しずつ流通が増えていますの」
「城では、国産のしか出してくれないからなあ」
「イディール産も決して悪くはないのですが……」
馬車の中。漂うのは紅茶の香りと甘い茶菓子の匂い。それはタドラが持ってきたもので、ルーンと共にお茶を楽しんでいたのだった。
「ちっ……依頼をなんだと思っているんだ」
イライラしながらローランがそんな二人を睨む。これから邪教徒を殲滅しにいくとは思えない気の緩みっぷりだ。
「ローランもどうだい? リラックスすることは大事だろ」
「そんなことより、ルーン王子。アジトの位置、確かなんでしょうね」
「僕個人が使ってる暗部に探らせたからね。ほぼ間違いないと思っていたけど、例のジルエスター事件で確信に変わったのさ」
ルーンは軽くそう言うが、【竜の尾】は各国から犯罪組織と指定されており、世界中の冒険者や賞金稼ぎに狙われている。そう簡単にアジトが見付かるとはローランには思えなかった。しかも王都のすぐ近くでだ。
「タドラ、君がジルエスターと戦った場所は覚えているかい?」
「もちろんですわ」
「じゃあまずはそこに行こうか」
「なるほどですわ」
タドラとルーンが勝手に話を進めるので、ローランは業を煮やして声を荒げた。
「ふざけるな! 俺の指示で動いてくれないと困る!」
「当てずっぽうでこの深い森を捜索するのは無駄だと思わないかい? 僕の持っている情報によると、この森にいくつか点在する地下遺跡の一つに、奴らは潜んでいる。そして、最近この森で奴らに雇われていた魔術師が捕らわれただろ? そいつが最後にいた場所から捜索するのは理にかなっていると思うけど?」
「冒険者に護送をさせたあの魔術師は、なぜこの森の途中で冒険者達を襲ったのかを考えれば分かりますわ」
ルーンとタドラの言葉に、ローランは顔をしかめた。
「だったら、さっさと案内しろ!」
「だからそうしようという話だろ?」
「先導しますわ」
タドラが馬車を飛び出す。その動きは軽やかで、重力を感じさせない。
「あいつ、あんなに動けたのか?」
外で馬車を護衛するローランの部下の一人がタドラの姿を見て、小声でそう呟いた。ゴテゴテの鎧を着て、後ろのほうでマゴマゴしている印象しかないせいで、その動きに驚きを隠せない。
「こっちですわ」
馬車の先に立って歩くタドラを見て、部下達が顔を見合わせた。
「そいつの案内する通りに進め」
ローランからの指示を聞いて、御者台に座っていた部下が馬車をタドラが進む先へと動かしていく。
「途中からは道から外れますので、徒歩になりますわ。ご準備を」
タドラの言葉に頷いたルーンも馬車を飛び出した。
「仕方ない、僕も歩こう。野郎だけであんな狭い場所にいるのは耐えられない」
軽やかにタドラの横に着地し歩き始めるルーンを見て、ローランはわなわなと怒りに震えるが、体力の無駄と悟り、大人しく馬車から降りた。
「馬車はここに置いていく。リンダ、アウロは馬車の護衛およびここにキャンプ設営だ。俺とガンザは捜索に出るぞ。ルーン王子! あんたはここで待機だ! 王族に万が一があったら俺の首が飛ぶ」
部下達に指示を出すローランだが、ルーンはどこ吹く風か一切気にせず、タドラと共に森の中へと入っていく。
「あ、こら! 俺の指示に従え!!」
「ローラン君さあ、心配しなくても僕は死なないし、万が一怪我したとしても君のせいにしないから安心したまえ。それにタドラがいる限りは、大丈夫でしょ」
そう言って、ルーンは目を細めてタドラの背中を見つめた。マントで見えないが、その下にとんでもない武器を潜ませている事にすでに彼は気付いていた。
「……私は王子の護衛ではありませんわ。ご自分でご自身をお守りください」
タドラはそうルーンをあしらった。いざとなったらもちろん助ける気ではいるが、表向きにはこうでも言っておかないと、この王子はどこまでもつけあがることをタドラは過去の経験から知っていた。
「相変わらず冷たいなあ」
「なぜ冷たくされるかをよーく考えてくださいね?」
「思い当たる節はまあ、いっぱいあるよね」
へらへらと笑うルーンの前へとローランが飛び出した。
「ちっ、もういい。ガンザ、お前は王子の護衛を。俺が前に出る」
「……了解だ」
大盾を持った重装騎士――ガンザがルーンにぴったりと張り付く。
「んー、もっと可愛い子が良いなあ」
「……すまない」
ガンザが素直に頭を下げると、ルーンはけらけらと笑った。
「あはは、君、面白いね」
背後で笑っているルーンを無視してローランが先を行くタドラに声を掛けた。
「それで、方角はこっちで合っているのか?」
「合っていますわ。もう少しであの魔術師と戦った場所に到着します――が、ローランさん、オークの群れです」
タドラが前方から、オークが五体ほどこちらへと向かって来ているのを察知した。
苔むして緑に見える皮膚に、ブタのような顔。手に粗末な棍棒や、冒険者から奪ったであろう剣や槍が握られている。
その体躯は成人男性の二倍ほどあり、一体だけでもかなりの脅威となる魔物だ。しかもそれが武装して五体。駆け出し冒険者なら全滅してしまうほどの難敵だろう。
「俺一人で十分だ。ガンザ、ルーン王子を守れ」
「……了解だ」
「だってさー。僕らは甘んじて観戦しとこうか」
「そうですわね」
ローランが地面を蹴りつつ、抜刀。前衛ジョブなら誰もが持つスキル、【アッパーストレングス】を発動させ筋力を強化。あっという間に先頭にいたオークに肉薄すると、剣を一閃。
「ぴぎゃあ!!」
オークの両腕が切断される。更に身体を捻ったローランが剣士スキルを発動。
「【フレイムスラッシュ】!!」
炎を纏った剣を回転斬りの要領で放ったローランの周囲を、炎の斬撃が舞う。
「ギャアア!!」
ローランを囲んで叩こうとしたオーク達の身体が真っ二つに斬れると同時に炎上。肉が灼ける音とオークの悲鳴が森に響く。
「おおー、流石は【ムーンウルヴス】随一の剣士。【業火炎斬】の二つ名は伊達ではないねえ」
ルーン王子があっという間にオークの群れを殲滅したローランの動きを見て、パチパチと手を叩いた。
「良いスキルをお持ちで羨ましいですわ」
「タドラ、君にはああいう派手なスキルはないのかい?」
「ありませんわ。まあ、なくても問題はないのですけど」
そう言い切るタドラの顔には、虚勢はない。幼い頃からタドラの事を知っているルーンは、その言葉に嘘がないことは分かっていた。
「喋ってないでさっさと案内しろ」
血を払ったローランがタドラへと尖った声を出す。
「ずいぶんと嫌われたものですわ」
「レディには優しくしないといけないのにねえ」
茶化すルーンを無視してタドラが先へと進む。
しばらく進むと、森が開けた。そこには、壊れた馬車の残骸が今も残っている。
「ここですわ」
タドラがそういうと、ルーン王子が頷いて懐から地図を取り出した。地図を囲むようにローランとタドラが立ち、ガンザが周囲の警戒を行う。
「今いるのが、この辺りだ」
「そうですわね」
「で、この周囲にある地下遺跡で、かつ邪教徒が潜めそうなほど広いものとなると……ここしかない」
ルーンが指差した先。地図上は遺跡のマークが書かれてあるが、タドラがその方向を見つめても森しかない。
「……俺はそこ知ってるぞ。【ヴェロニカ廃神殿】って呼ばれる地下遺跡で、この森でも一位二位を争う危険地帯だ。俺らだけならともかく、足手まといを二人も抱えて挑める場所ではない」
「はいはい。どっちにしろ、今から戻ってキャンプ地作ってるあの二人を呼ぶのは時間の無駄だから、この四人で行くしかない」
ルーンがそう言って、再び歩き始めた。タドラも異論はないのでその後についていく。
「俺の話を聞け!!」
「……リーダー。あの二人に指示するのは無駄だと思う。素直に我々で守るしかないかと……」
ガンザの言葉に、ローランが苛立ちを隠しきれず、思わずガンザの脚甲を蹴り上げた。
「うるせえ! 分かってるよ!! くそ! いくぞ!」
ダーグステン製の脚甲なので蹴られても痛くはないのだが、理不尽だ、とガンザはため息をついた。
☆☆☆
ヴェロニカ廃神殿B2F。
「うへえ、気持ち悪ぅ」
「ルーン王子、毒を貰わないように気を付けてくださいね」
「分かってるって」
毒爪を振り上げるリビングデッドをローランが炎剣で切断した。その後ろをルーンとタドラがのんびりと歩いている。殿にはガンザがついており、油断なく周囲を警戒していた。
廃神殿という名にふさわしく、石作りの壁は植物の根やツタに浸食されており、ところどころから気持ち悪い色のキノコが生えている。床を見れば良く分からない古代の祭具がそこら中に散乱しており、白骨死体や腐乱死体があちこちに転がっていた。天井が崩れており、空が見えるのが唯一の救いだろう。
アンデッド系の魔物が徘徊しているこの地下遺跡は、王都の冒険者であればよほどのことがない限り、立ち入ろうとは思わない場所だった。
そもそもアンデッド系は炎もしくは聖属性の魔術やスキルがないと倒しづらい上に、厄介な状態異常を付与してくるものが多い。更にアンデッドの素材は用途が少ない為、倒したところで実入りも少ない。冒険者に嫌われる魔物として名前が上がるもののほとんどがアンデッド系だったりするほどだ
ゆえに、この【ヴェロニカ廃神殿】は、王都の冒険者達に避けられていた。
「邪教徒が潜むにはぴったりだと思わないかい?」
「そうですわね。私ならこんなところに住むなんて考えられませんわ」
「僕だって嫌さ」
「黙って歩け!」
ローランが怒鳴る。その声が廊下に響き、遠くでうめき声が上がった。
「君の声で眠れる死者達が起きたよ? というか僕が王子だってこと忘れてない? ま、別にいいけどさ」
「ちっ! さっさと下へと向かうぞ」
駆け出すローランの後を三人が追う。
「っ!! 後ろからも来ている!」
ガンザの言葉にタドラが振り返ると、背後から、一体どこから現れたのか不思議ほど大量のスケルトンがこちらへと走ってきていた。
「流石にあの数を一人では骨が折れますわね」
「スケルトンだけにかい?」
「そんなにアンデッドになりたいのなら、私手ずからして差し上げますが?」
「冗談だよタドラ。んー前にも大量のゾンビがいるねえ。自然にこれだけ湧くもんかな?」
「ちっ! 俺が斬り込むからお前ら、突っ切れ!」
「あ、安易に突っ込んだら駄目――って聞いてないな」
ローランがルーンの言葉を無視して雄叫びを上げながら、ゾンビの群れへと突っ込んでいく。
「仕方ない。僕も働くとしよう。タドラ、君は後ろを」
「お任せを」
ルーンが前へと、タドラが後ろへと、同時に飛び出した。
「手助け感謝。だが、そんな装備では――は?」
ガンザの前へと飛び出たタドラが、背負っていた武器を振り上げた。それを見たガンザは言葉を失ってしまう。
それは――あまりに無骨だった。
黒い鉄塊。それを無理矢理、片刃剣の形にしたような、そんな武器だった。
「なんだ……それは」
「床を割らないように手加減して――ソッと撫でるように……」
タドラの言葉と裏腹に、その黒い鉄塊は唸りを上げながら、迫るスケルトンの群れへと振り下ろされた。
たったそれだけで――
タドラの【竜断】から発生した黒い衝撃波がスケルトンの群れを吹っ飛ばし、壁やまだ残っている天井部分に当たったスケルトン達が粉々に砕けた。
「な、何が起きた!?」
「うわー凄いねえ。床が崩れないか心配だよ――っ!! ローラン!!」
タドラの前方で余裕そうにレイピアを構えていたルーンがここに来て初めて余裕のない声を上げた。
「魔法陣だと!?」
ゾンビを斬り伏せていたローランとルーンの足下に突如魔法陣が現れた。
「ルーン王子!!」
異変に気付いたタドラは、石畳が爆発するほどの勢いで床を蹴り、反転。ルーン王子の下へと疾走するが――
「あちゃあ。僕としたことが、失敗」
タドラが【竜断】を振り上げたと同時に、ローランとルーンが魔法陣と共に
「くっ!!」
振り下ろそうとした【竜断】を無駄と悟り、床すれすれで止める。
「リーダーは? 王子は!?」
追いついてきたガンザが緊迫した声を上げるが、タドラは首を横に振った。
「おそらく、転移魔法のトラップですわ!」
「……まずいな。ただですら戦力が少ないのに」
「助けに行かないと。こんな人為的なトラップが、廃棄された神殿に残っているはずがありません。となると」
「【竜の尾】の仕業か」
「行きましょう。もう悠長なことは言ってられません。少々……強引な方法を使いますわよ」
タドラがそう言って、【竜断】を構えた。
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