第9話:邪教徒も鈍器でワンパンですわ

【ヴェロニカ廃神殿】B5F――神嘆く祭壇。


「ふふふ……お馬鹿さんが二人釣れましたねえ」


 松明が並び、崩れた石柱が並ぶその広間の奥には巨大な祭壇があり、そこには腐敗した竜の頭部が置かれていた。その口腔の中には人の頭部ほどの大きさの楕円形の石が収まっており、淡い光を放っている。

 そしてその前に、タドラに負けず劣らず生地面積の少ない下着のような服を纏った女が立っていた。手に持つのは細い針のような剣で、刃全体がねじくれており、禍々しい雰囲気を醸し出していた。


「お前は……【竜穿ちピアサー】か。何をここで何を行った? 何をするつもりだ」


 転移されて、気付けばこの場所にいたルーンとローランがその女を睨む。

 周囲には、自害したらしき邪教徒達の屍が山のよう積まれていた。


「あら、知っていただけてるなんて光栄ね………ルーン王子様? まさかイディール王家の者が釣れるとは予想外だわ」

「どけ、ルーン王子。そいつは賞金首で、何百人という賞金稼ぎや冒険者を殺してきた正真正銘の化け物だ。俺がその首を取ってやる」


 ローランが剣を抜いて、【竜穿ちピアサー】へと向けた。


「うふふ……貴方みたいに、強さに自信がある男は大好きよ。そういう男をじわじわとなぶって命乞いさせるのがたまらないの。さあ、家畜みたいな鳴き声をあげておくれ!――【アイシクル・ピラー】」


 まるで杖のように剣を振る【竜穿ちピアサー】が魔術を発動。氷の槍が何十本も生成され、ローラン達へと放たれた。


「ルーン王子、避けろ!」


 ローランが叫びながら、スキルを発動。炎剣を迫る氷槍へと払う。


「言われなくても、避けるさ」


 ルーン王子はまるで軌道を予測したかのように、必要最低限の動きで氷槍を避けていく。


「――【サモン・アンデッドリザード】」


 【竜穿ちピアサー】が更に魔術を発動。無数の小さな魔法陣が出現し、そこから現れたのは二足歩行する腐りかけの蜥蜴――アンデッド・リザードマンだ。手には毒々しい色の曲剣とバックラーを装備しており、ローラン達へと襲いかかる。


 ローランが炎剣で払うが、数が多過ぎる。さらに飛んでくる【竜穿ちピアサー】の氷槍も避けなければならない。


 ルーンもレイピアでアンデッド・リザードマンを迎撃するが、あまり効いていないようだ。


「くそ、あいつは魔術師か? 近付けば勝てるのに!!」

「君が時間を稼いでくれれば僕が何とかできるけど?」

「黙れ! くそ、俺一人で何とかする……俺なら出来る……!!」

「っ!! 馬鹿、むやみに突っ込むな!」


 ローランがルーンの制止を無視して、無理矢理アンデッド・リザードマンの群れを突破した。


「元気が良いわね。好きよそういうの」


 【竜穿ちピアサー】のすぐ目の前に迫ったローランが剣を振った。相手が上級魔術師だろうが、一度剣士の間合いにさえ入れてしまえば、負けることは絶対にない。ローランは勝ちを確信して、顔を歪めた。


「死ね邪教徒!!」

「お馬鹿さんね」


 ローランの剣は、しかし【竜穿ちピアサー】へと届く事はなかった。


「……ばか……な……かはっ」


 カラン、という剣が床へと落ちる音と共に、ローランが吐血。見れば、胸にあのねじくれた剣が刺さっていた。


「ふふふ、私が魔術師? そんな事、誰も言ってないわよ?」


 【竜穿ちピアサー】が手に持つ剣を捻った。


「あがあああ!!」


 螺旋を描く刃がさらに深くローランの胸を抉っていく。わざと急所から外しているせいで痛みだけがローランを襲う。


「ローラン!! ちぇ、あんまり本気を見せたくはないんだけどね!」


 ルーンがそう言うと、青白い光とまるで雷が弾けるような音を残し、姿を消した。


「ん? っ!!」


 【竜穿ちピアサー】が一瞬でローランの胸から剣を抜き、背後へと振り払った。


 火花が散り、澄んだ金属音が響いた。


 そこには、瞬間移動したとしか思えない速度で【竜穿ちピアサー】の背後に回り込んでレイピアを放つルーンの姿があった。


「中々の腕前ね王子様!!」

「ち、魔術師じゃないなお前」


 その後、ルーンが何度もレイピアを突き出すも、全て余裕そうに【竜穿ちピアサー】は剣で払っていく。天井から、パラパラと欠片が落ちてくるのも気にせず、両者の攻防が続いた。


 ローランは胸の傷を抑えながら、逃げるようにルーンへと背を向けた。


「死にたくない……死にたくない……!」


 もはやローランなど眼中にないルーンと【竜穿ちピアサー】がお互いの急所を狙いながらも会話する。


「まさか魔術も使えて接近戦もこなせるとは、ほんとお前らはズルいね」

「ジョブなんてものに囚われているお前らには登れぬ高みに私達はいるの」

「邪教徒が何を言うかと思え――っ!!」


 レイピアを弾かれたルーンが体勢を崩した。彼が先ほど移動に使ったスキルはまだ使えない。


「終わりよ。貴方は危険だからここで殺しておくわ」


 剣を構えた【竜穿ちピアサー】がそう言って、ゾッとするような笑みを浮かべた。


 しかしなぜか、ルーンは余裕そうな表情を浮かべていた。彼は上の方から聞こえると、天井を揺らす振動に気付いていた。


「やれやれ……やっと来たか」


 ルーンの言葉と同時、その広間を揺るがすほどの衝撃音が天井から聞こえた。


「まさか地震!?!?」

「なわけないだろ……ああ、疲れた。あとは任せたよ――


 ルーンはそう言って、床にどかりと座ったのだった。


 

☆☆☆



 ローランは後悔しながらも、とにかく逃げようとしていた。なぜこうなった。俺は悪くない。

 胸の傷が痛い。


「死にたくない……くそ……なんで俺がこんな目に」


 身体が重い。普段なら部下がすぐにポーションを使ってくれるのに、今は誰もいない。なぜだ。誰のせいだ。そうだ……あのクソ王子とクソ女が言うことを聞かないからだ。


「くそっ!! クソっ!!」


 もういい。王子だろうが知ったことか。とにかく無事に戻ったら【ムーンウルヴス】の全戦力をかき集めてあの魔術師だけは殺す。


 暗い復讐の炎を燃やすローランはしかし、広間を揺るがす振動で、尻餅をついてしまった。


「くそ!! なんだよ!!」


 悪態つくローランの前に、瓦礫と共に何かが舞い降りた。長い金髪が目の前でふわりと揺れるのと同時に、轟音。床が沈むほどの重量を物語る着地をしたのは――あのクソ女だった。


「なんで……お前が!!」

「大丈夫ですか? 王子は?……無事そうですね」


 祭壇の近くで、座っているルーンを見てそのクソ女――タドラが安堵したような表情を浮かべた。


「王子とか知るか!! 俺は逃げる! 手を貸せ!!」


 ローランが血を吐きながらそう叫ぶも、タドラの視線は冷たい。


「仮にも王国のギルドに所属する者が王子を置いて逃げ出すとは情けないですわ」

「黙れ!! 俺に従え!!」

「もう一度言いますが、今は貴方とは別ギルド、別パーティ。何より、王子を置き去りにして逃げるような敗者の――指図は受けませんわ」


 それだけ言うと、タドラは【竜断】を構えて、迫るアンデッド・リザードマンの群れへと振り払った。


 ごう、という音と共に発生した黒い衝撃波がアンデッド・リザードマン達を粉々に粉砕していく。


「なんだ……あれは」


 驚愕する【竜穿ちピアサー】に、ルーンがあざ笑うように言葉を返す。


「あはは……あれはお前らのように邪教に手を染めずとも辿り着ける……

「ありえん……ありえん!!」


 そう言って【竜穿ちピアサー】は祭壇を蹴って、タドラへと向かった。気付いたタドラが【竜断】を構える。


「死ね!!――【ブラック・ランス】!!」


 空中で器用に剣を突き出した【竜穿ちピアサー】の剣の切っ先から魔術が放たれた。純粋な闇属性の魔力が槍状になり、タドラへと迫る。


「魔法障壁でも防げない防御不可能の魔術だ!!」


 【竜穿ちピアサー】が高らかにそう宣言し、黒い槍に身体を貫通されたタドラの姿を夢想した。


「てーい」


 タドラが気の抜けるような軽い声を出しながら【竜断】を迫り来る黒槍へと振った。


 【竜断】と黒槍が接触した瞬間に、まるで空間が歪むような、ギィンッ! という嫌な音が響き――黒槍が跡形もなく消えた。


「な……なにをした!!」


 着地した【竜穿ちピアサー】は何が起こったか分からずにタドラへと突撃する。ありえない。【ブラック・ランス】は生半可な防御魔術やスキルでは決して防げない、貫通特化の魔術なのだ。それを、武器の一振りで無効化するなんて信じられない。

 

 それは、神にしか許されない所業だ。


「ありえないいいいい!!」


 前衛ジョブが使える身体能力向上スキルと、それをも上回る効果量をもつ補助魔術を自身に行使して迫る【竜穿ちピアサー】の速さは、人類の到達点に近いと言っても過言ではなかった。


 その神速の踏み込みから放たれる突き。

 

 それは、竜すらも穿ち殺す、彼女の必勝の技であった。


「……鈍いですわね」


 それにタドラが行ったのは、もはや攻撃とすらも呼べないものだ。【竜断】の側面部分で迫る剣ごと【竜穿ちピアサー】をまるで小蠅を払うかのように叩いたのだ。


 側面で振った際の空気の抵抗力を考えると、それをカウンターとして放ったタドラは異常だった。


 【竜断】の側面部分に直撃し、骨が複雑に砕ける音と剣が折れる音が重なり、吹っ飛んだ【竜穿ちピアサー】が石柱に激突。そのまま石柱が崩れ、彼女は瓦礫の中へと埋もれた。


「まだまだ武器に振り回されていますね……もっと使えるようにならないと」


 タドラの余裕そうな言葉が静かになった広間に小さく響いた。

 

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