第17話:なんだか王都は大変みたいね


 一番に被害が出たのは、王都の東門付近だった。


「魔物だあああ!!!」

「ワイバーンだ!!」


 黒い空飛ぶ蜥蜴――ブラックワイバーンが一斉に王都へと向けて口腔から火球を放った。


 それらはいとも簡単に城壁の中の街を破壊していく。幸い、火球は着弾すると爆発するだけで、火は燃え広がらないが、それでも一瞬で、東門周辺が崩壊した。


「騎士団は何をしている!?」

「冒険者はどうした!?」


 市民の悲鳴と怒号が飛び交う中、銀鎧を着た集団が現れた。


 それは王国騎士団の者達だったが、その数は上空を埋め尽くすブラックワイバーンの数を考えるとあまりに心もとない。


「くそ、他の部隊は何をしている!?」


 部隊長である一人の上級騎士が愚痴る。彼は本来今日は非番なのだが、たまたま詰め所に立ち寄っていたせいで駆り出されたのだ。その場にいた下級騎士達をまとめると慌てて飛び出てきたのだが……。


「隊長! 対空防衛を担う第四部隊は今不在との情報が!」

「はあ!? 王都防衛の要がなぜいない!?」


 第四部隊は魔術師を中心に構成されており、上空からの襲撃者を迎撃するのに特化した部隊なのだ。なのに、それが不在? ありえないとしか思えないが、現に今、ブラックワイバーンへと攻撃できているのは、一部の冒険者と騎士だけだ。


「王都の近くで見付かったという【竜の尾】のアジトを殲滅させる為に上層部が動かしたそうで」

「あ、そういえば、第七部隊も東の荒原へと駆り出されていましたね」

「第三部隊は南の森の残党を調査、殲滅の為に出ていますよ」

「第八部隊は北方戦線に突如送られましたし」


 部下達の情報を聞けば聞くほど、この王都の防衛力がいかに低下しているかが分かった。


「冒険者は何をしている!? 緊急事態だろうが!」


 そう。冒険者達は、騎士と同等もしくはそれ以上の力を秘めている。この状況であれば彼らの協力は必要不可欠だろう。


「それが……【ムーンウルヴス】解体の際に、そのあおりを受けて有名無名問わず、ギルドを我々騎士団が解体してしまって……」

「そんな馬鹿な! あれは……ただの騎士団の力を誇示する為のパフォーマンス……と聞いていたぞ!?」

「いえ、実際に解体されてしまい、王都を離れる冒険者が多かったようです」


 部隊長は、ヘルムの中の顔を真っ青にしていた。


「待ってくれ……じゃあ今、この王都を守れるのは……」

「部隊長のように非番だった騎士、もしくは今日が当直の、部隊編成されていない我々下級騎士達と……限られた数の冒険者だけ……かと」


 それは――あまりにも絶望的な戦いだった。



☆☆☆



「どうなっておる!!」


 王座で、イディール国王が怒号を上げた。かつては戦場を自ら駆け回っていただけあり、今でもその迫力は健在だった。


「そ、それが……王都防衛の要である第三から第五部隊が全て出払っていまして……」


 報告をしているのは騎士団の参謀であるレーヤン伯の補佐をしている男だった。


「なぜ防衛の要を動かした!!」

「そ、それは参謀が……先手必勝と言って、攻められる前に叩くからと動かしたようで……」

「ふざけるな!! なぜそんな勝手を許した!!」


 玉座を叩く王だったが、余計に苛立ちを募らせるだけだった。


「き、騎士団は基本的に王政からは独立していますから……と」

「だからといって、王都防衛の要を王都から離してどうする! レーヤン伯は何をしておる!? すぐにここに呼べ!!」

「参謀は重要な任務があるからと今朝から不在で……」

「さっさと探してこい!! そして王城防衛に回している第二部隊を動かせ! 王城防衛は第一部隊だけで十分だ!」

「で、ですが……」

「早くしろ! 儂も出る!」

「は、はい!!」


 慌てて去っていく男の背中を王は睨み、玉座の横に立て掛けてあった剣を手に取った。


「……王都が手薄となったと同時に襲撃。まさか仕組まれたか……!」

 

 そうとしか思えない。となると怪しいのはレーヤン伯だ。これまでは忠誠を見せていたが。


「何が狙いだ……? まさか……【竜王の血】か? まずい、まずいぞ!!」


 王は立ち上がると、駆け出した。


 しかし、その行動は……あまりに遅すぎた。



☆☆☆



 王城――嘆きの塔、地下。


「そこで何をしている……レーヤン伯」


 ルーンがレイピアをとある扉の前に立つレーヤン伯へと向けた。その扉には複雑な紋様が描かれており、取っ手もなく、ただの壁に見える。


「おや……思ったよりも早かったですな」


 両手を挙げながら、レーヤンが振り向いた。その顔にへばりついているのは醜悪な笑みだ。


「これも全部、お前が仕組んだことだろレーヤン。騎士団の主力をわざと王都外に動かし、手薄になったところに【竜の尾】の奴らを手引きする。僕に、南の森に奴らのアジトがあると情報を流したのもお前か」


 ルーンが冷たい声で語っていく。


「おや? 思ったよりも聡明でいらっしゃる。そうですとも。王都の近くにあえて【竜の尾】を動かして、騎士団を外に出す口実を作り、動かした隙に、王都を叩く。我々【竜の尾】の力を世に知らしめるのです!! ついでに邪魔な冒険者共も解体して王都から追い出した。これで、王都は丸裸です」

「それもブラフだな。本当の狙いはこの塔の地下に眠る王家の秘宝――【竜王の血】だ」

「くははは!! 放蕩王子との噂を聞いていましたが……中々に鋭い」


 ケタケタと笑う、レーヤン伯は随分と余裕そうだ。ルーンは、まだ何か手札を隠し持っているな、と警戒する。


「さて、お喋りを楽しみたいところですが……あまり時間がなさそうでね。王子、死にたくなければ、この扉の封印を解いてくださるかな?」

「おいおい。僕がここまで聞いて、はいそうですねと言って封印を解くとでも? そもそもそれの開け方は王しか知らない」

「嘘が下手ですなあ、王子。まあ、別に知ってようが知ってまいがどっちでも良いのです――ですよねえ【】」


 ルーンがその言葉と同時に、背後へとレイピアを突き出す。そこには蠢く闇があった。


 しかし、レイピアの切っ先はあっけなく弾かれてしまう。


「くっ!! 」


 そのまま、闇がルーンへと蹴りを叩きこんだ。その速度と威力は人のそれを超えており、ルーンはあっけなく横の壁へと激突し、床へと倒れた。


「弱い……弱すぎる。【紫電】のスキルが泣くぞ、ルーンよ」

「なぜ……僕のスキルを……」

「なぜだろうな。さあ、レーヤン行くぞ。そいつも連れて来い、あとで使う。」


 【竜喰らい】がそう言って、扉へと近付いた。彼は自らの手のひらを持っていた短剣で切ると、流れ出た血を扉に押し付けた。


 扉の紋様が光り、そして静かに扉が床の中へと沈んでいく。


「おお! 開きましたな!」

「馬鹿な……この扉はイディール王家の血がないと……開かないはずなのに」


 ルーンがそう呟くのを尻目に、【竜喰らい】は奥へと進んでいく。


 そしてルーンは、その後ろ姿に、とある人物が重なって見えた。


「ま、まさか……」


 それは数年前、王より追放されたルーンの実の兄、サンズの後ろ姿によく似ていた。


「ぐふふ、貴様は生け贄となるのだ!! 」


 レーヤン伯によって担がれたルーン。


 その先には、絶望しか待っていなかった。

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