第18話:着地成功?ですわ


 王都上空。


「大変な事になってますわね」

「ぴぎゅー」


 タドラの眼下で、少数の騎士達と冒険者がブラックワイバーンと戦っている。流石に先ほどのように街中で【竜断】を全力で振ってしまうと大変なので、ここは彼らの頑張りに期待するしかない。


 そして何より、目の前にはイディール城が迫っている。


「流石に、王城に突っ込むのはまずいですわね……」


 着地の仕方を考えているうちにここまで来てしまった。


「仕方ありません――とりゃ」


 タドラが軽く【竜断】を前へと向けて振ると、発生した風圧でブレーキが掛かり、飛んでいた【砂振竜シヴァリングリザード】が減速した。


 すると当然――【砂振竜シヴァリングリザード】は落下していく。


 その腹の中でアイネとガイラスが悲鳴を上げているのだが……タドラはそれを知るよしもない。



☆☆☆



 王城、嘆きの塔前の広場。


 イディール王は騎士達を連れて、悪戦苦闘していた。


「く! どこからこいつらは現れた!?」

 

 彼らの目の前には、黒い鱗を纏い二足歩行している蜥蜴――【ブラックリザードマン】が十体、武装して陣を組み、塔の入口を守るように立っていた。


「王! こいつらはかなりの強敵です! 王だけでもお逃げくだ――ぐはっ!」


 鱗によって剣が弾かれた騎士が言葉の途中で、胸から曲剣を生やした。


「貴様!!」


 騎士の胸を刺したブラックリザードマンに対し、王が剣を振るうも、硬い鱗で弾かれてしまう。


「く、魔術を使え!」

「はい! くらえ!【サンダーボルト】!!」


 騎士の一人が雷撃を放つも、それすら鱗に弾かれてしまう。


「魔術も効かないだと!?」


「ゲギャギャギャ!!」


 そんな王と騎士達をあざ笑うかのようにブラックリザードマン達が武器をガチャガチャと揺らす。


「く、こんな雑魚共に手こずっている間に……【竜王の血】が」


 歯噛みする王の耳に、上から風を切る音が聞こえた。


「ん? 何の音だ? ッ!! 皆離れろ!!」


 王の言葉と共に、騎士達が後退した瞬間。


「ゲギャ?」


 上を見上げたブラックリザードマンの陣のど真ん中に――巨大なトカゲが降ってきた。


 轟音が鳴り、石畳が割れて破片が宙に舞う。


「い、今のは?」


 騎士が恐る恐るその粉塵の向こうに目を凝らす。

 すると、ブラックリザードマンが現れた。


 しかし、その首は細い手に掴まれており、ボキリと音を立てて折れる。


「ゲ……ギャ」

「いきなりなんですの?」


 その細い手の先には、マントを羽織った、下着としか思えない防具とも呼べない装備を付けた美女が立っていた。そのもう片方の手には巨大な黒い鉄塊が握られている。


「……どういうことだ?」


 歴戦の王でも、流石にこの状況は理解できなかった。

 そしてこの状況を更に混乱させる出来事が起こった。


 美女が掴んでいたブラックリザードマンを脇に放り投げると、倒れている巨大トカゲの口を開けた。

 すると――


「殺す気か!!」

「死んだぁあああ!! はい、あたし絶対死んだ!!」


 騎士と冒険者らしき少女がその中から這い出てきたのだった。


「大袈裟ですわね。【砂振竜シヴァリングリザード】は見た目に反して外皮が硬く、中が柔らかいのでこの程度の衝撃では死にませんわ。ねえヴェロニカ」

「ぷぎゅ……」


 美女が肩に座る黒い小さなドラゴンのような魔物と会話しながら、飛び掛かってきたブラックリザードマンをその黒い鉄塊で一薙ぎした。あれほど苦戦したブラックリザードマンが真っ二つどころか、肉片となって散っていく。


「……お、お前達は何者だ!」


 ようやく王が出せた言葉に、その美女――タドラはこう応えた。


「あら、誰かと思えばイディール王ではないですか。ごきげんよう、ご無沙汰いたしておりますわね。私はタドラ・フリン・アマジーク……今は冒険者ですわ」



☆☆☆

 

 

 イディール王から状況を聞くと、どうやらかなりひっ迫した事態のようだとタドラは理解できた。


「【竜喚びサモナー】を討ち滅ぼしたのは真か?」

「はっ、私が見ておりました」


 ガイラスがそう言って、王へと頭を下げた。不良騎士でも王に対する忠義は人並みにあるらしい。


「その力……本物やもしれんな。まさかアマジーク家のあのお転婆ご令嬢がこれほどまでに成長していたとは。とにかく儂は、この塔の地下に向かわねばならん! さきほどのブラックリザードマンを召喚した黒幕がそこにおるはず!」


 王の言葉にタドラが頷いた。


「イディール王、私も付いていきますわ。アイネはアゼルのところへ言って万が一の襲撃に備えなさい。ヴェロニカもアイネと一緒よ」

「分かりました!」

「ぷぎゅ!


 そう言ってアイネとヴェロニカが街の方へと走り出した。これで、アゼルも大丈夫だろう


「ガイラス、貴方は……どうされるのですか?」

「俺は、王都の市民を守る。あんたの力なら王を護れるだろうが……くれぐれも気を付けろタドラ」

「あら、心配してくださるの?」

「むしろその黒幕とやらが可哀想でしかたねえよ。うっしお前ら行くぞ!」


 ガイラスがそう言って笑うと、周囲の騎士達をまとめはじめた・


「で、ですが我々は王の護衛を――」


 騎士達の言葉に王が首を横に振った。


「構わん。その男の指示に従え。ふん、あのランドラン家の小僧が随分と立派になったな」

「覚えていただいていたとは……」


 ガイラスが驚いたような表情を浮かべた。タドラも、ランドラン家と聞き、密かに驚いていた。ランドラン家といえば、名だたる騎士を輩出した名門貴族である。タドラの実家は文官の家柄なのであまり絡みはなかったがランドラン家は武官の家柄の中ではかなり有名かつ力を持っている家である


「では、王、騎士達をお借りします」


 ガイラスは頭を下げると、アイネと同じ方向へと騎士を連れて去っていった。


「では、参るぞタドラよ」

「はい、お供いたしますわ」


 二人が、塔の中に入る。王が地下へと続く階段を降りようとするが、それをタドラが静止した。

 彼女は【竜断】を塔の床へと突き立てており、目を閉じていた。


「……階段に罠が仕掛けてありますわ。それに、人が二人……いえ三人いますわね」

「そこまで分かるのか?」

「ええ。素直に階段を降りるのは敵の思うつぼですわ。私にお任せください。緊急事態ゆえに――破壊行為には目をつぶってくださいまし!!」


 そう言って、タドラが左手をスッと上へと上げると、そのまま体重を乗せて、目の前の床へと叩き付けた。


 バガンッ! という破砕音と共に、タドラの前の床に穴が開いた。


 王が覗くその穴は、下の階まで貫通していた。


「そ、それは?」

「これは【竜皇石】と鉄を合わせて作った拳打用の武器――【黒拳】ですわ」


 それは我慢し切れずアゼルが作ったタドラ専用の武具だ。【竜皇石】を少量使ったおかげで、タドラの力で殴っても壊れない強度を誇る籠手だ。片手にしか装備してないせいか、なぜか防具扱いにはならず、タドラのスキルにも引っかからない。


「ここを降りましょう。何だか凄く嫌な予感がしますわ」

「ああ、行こう」


 こうしてタドラと王は、塔の地下へと降りていったのだった。


 その先で待つのは――絶望かそれとも。

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