第16話:タドラ式飛翔術


 時を少し遡る。


 崩れた塔の広間にて、【竜喚びサモナー】が無数のドラゴンを従え、ついに杖を宙へと掲げた。


「さあ、始めるぞ……あらゆるものを飲み込む黒い波濤……【跳竜跋扈ドラグ・レギオン】を王都の奴らにみせてやろう!! 行け我が下僕達よ!!」

「ギュラアアアア」


 魔物達が一斉に咆吼し、走り出す。翼のあるブラックワイバーンは吹き抜けとなった塔内部を上昇し、上から出ていく。


 更に、【竜喚びサモナー】は罠用に潜ませていた魔物達を解き放ち、全て王都へと向かわせた。


「もはや誰にも止められぬ!! 儂はここで高みの見物をする――ん?」


 塔全体がカタカタと揺れ始め、【竜喚びサモナー】は地震か? と一瞬心配するも、まあ問題ないだろうと気にも留めなかった。


 結果として彼は、目の前の壁が黒い衝撃波によって破壊されるのを見て、驚く暇もなく、粉々に粉砕されてしまった。


 こうして一級賞金首であり、【竜喚びサモナー】と呼ばれていた老人は長い生涯を終えたのであった。


☆☆☆


「……今のは……なんだ?」


 ガイラスが、目の前の破壊の痕を見て、ようやく絞り出せた一言がそれだった。


「説明している暇はあります?」

「ねえな。……急いで王都に戻らねえと」


 既にブラックワイバーン達は見えない。数が減ったとはいえ、魔物の群れが王都に向かっているとなると一大事だ。


「と言っても、今から徒歩で戻るとなっても一日はかかりますよ!?」


 アイネの言葉はもっともだった。ここからはどんなに早く移動したとしても、それぐらいは掛かるだろうとタドラも計算する。砂に足を取られる上に、魔物に遭遇したら戦うにしろ逃げるにしろ時間を取られてしまう。


「仕方ありませんわね。少々力技ではありますが……」


 そう言ってタドラが思いっきり【竜断】を地面に叩き付けると、少し離れた場所で砂が爆発し、巨大なトカゲが飛び上がっていた。

 

 タドラはここに来て、あの黒い衝撃波――おそらくは重力波――を操る術を身に付けつつあった。ある程度であれば、距離や威力を調整できるようになっていたのだ。


 それを使い、砂の中に潜むとある魔物――【砂振竜シヴァリングリザード】を刺激したのだ。


 タドラは飛び上がった【砂振竜シヴァリングリザード】へ一瞬で肉薄すると左手で殴打。


「グエエエ!!」


 タドラが手加減したおかげで、気絶する程度にすんだ【砂振竜シヴァリングリザード】の口を無理矢理広げると、タドラはあっけにとられている二人を手招きした。


「えっと……」

「どういうことだ?」


 二人が顔を見合わせて、首を傾げた。会ったばかりだというのに妙にシンクロするアイネとガイラスだった。


「この中に入ってくださいまし。ついでにどこかをしっかりと掴んでくださいませ。少し――荒れた旅路になりますわ」

「おいおい……まさかと思うが」


 顔が真っ青になるガイラス。まだ分かっていないアイネがキョトンとしていた。


「そのまさかですわ。さっさと入りなさい。ヴェロニカはしっかりと私の肩を掴んでおくように」

「きゅい!」


 タドラに気迫に負けて、二人が、嫌々【砂振竜シヴァリングリザード】の口の中に入ると、口が閉じられた。ヴェロニカは何かを察したのか、タドラの腕に尻尾を巻き付けた。


「それでは行きますわ」


 そう言って、タドラは【砂振竜シヴァリングリザード】の尻尾を掴むと、思いっきりスイングして――王都の方へと


 規格外の膂力で投げ飛ばされた【砂振竜シヴァリングリザード】が風を切り裂きつつ飛んでいく。

 タドラは手を手を離した瞬間に、地面を蹴り、跳躍。


 一瞬で加速したタドラは飛んでいる【砂振竜シヴァリングリザード】の足を掴むと、その勢いのまま飛ぶ事に成功した。


 それは、古代の武術の達人が、自ら投げた丸太に乗って移動したという逸話を聞いたタドラがいつかやってみたいと思った技であり、本人もまさか成功するとは思わなかった。


「快適な空の旅ですわね」

「ぴ……ぎゅう……」


 風の抵抗で上手く喋れないヴェロニカをよそに、タドラは余裕の表情だ。


「しかし、あれですわね。これ――


 アイネ達は腹の中にいるおかげで、その空恐ろしい呟きを聞かずにすんだのは……不幸中の幸いだろう。



☆☆☆


 

 王都――王城内部、嘆きの塔。


「ん? あれは……」


 王城の中でも最も高い塔の最上階で、軟禁され暇そうに外を眺めていた青年――ルーンは東からこちらへと向かってきている黒雲に目を凝らした。


「いい加減反省されたらどうですかルーン王子。そしたら私もお願いして、ここから出して貰えるように王に進言しますから」


 部屋の中で、紅茶を入れるメイドが暢気そうにそう言うが、ルーンからの返事はない。


「ルーン王子、聞いてます?」

「……まずいな。まさかもう動くとは。狙いはなんだ? 王都炎上? いや違うな……まさか」

「王子?」


 窓から離れた、ルーンが珍しく切迫した表情で、メイドの肩を掴んだ。


「ルイカ、緊急事態だ。すぐに父上に緊急事態宣言を出させろ!!」

「な、何が緊急事態なんですか?」

「見ろ!!」


 そう言って、ルーンが窓を指差した。ルーンの専属メイドであるルイカが窓の向こうを見ると――黒い雲がこちらへと迫ってきていた。否、それは雲ではない。


「あ、あれは……魔物の群れ!?」

「悪いが、軟禁ごっこは終わりにするぞ。いいか、父上にすぐに緊急事態宣言を行い騎士団を動かすように進言してくれ」

「ルーン王子はどうされるんですか!?」

「……守らないといけない物があるんだ。それは我がイディール王家にしか務まらない」


 そう言うと、ルーンは壁に掛けてあったレイピアを腰に差すと、青白い光を残し、まるで手品のように姿を消した。


「た、大変!!」


 ルイカも慌てて塔を下っていく。


 こうして王都襲撃は始まったのだった。

 

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