第15話:とんでもない不良騎士ですわね……


 その騎士はガイラスと名乗った。見たところ傷はなさそうでピンピンしている。黒髪を短く切っており、それなりに整った顔立ちから、異性にはモテそうな雰囲気を出している。


「いやあ、助かった助かった。あのクソトカゲに、まさか一緒に飲み込んだ岩に頭をぶつけて気絶するとはね。ねーちゃん達のおかげで逃げ切れたみたいだし、結果オーライだな」


 ペラペラと喋るガイラスが岩に腰掛け、腰のポーチから煙草を取り出す。器用に魔術で指先に火を付けて、煙草を着火。


 甘ったるい匂いと煙が辺りに漂いはじめた。


「……貴方本当に騎士ですの?」


 その男の態度に、高潔といわれる騎士の印象はない。いや、もちろんタドラは騎士達全員が高潔だとは決して思っていないが。


「あん? どこからどう見ても騎士様だろうが。つーかここどこ? あんたら誰?」

「ここは荒原の西方の【聖者の寝床】ですわ」

「ああ、じゃあ王都まですぐだな。見たところ……冒険者か?」


 ガイラスが目を細め、タドラ達の装備を見つめた。その視線の鋭さにタドラは、ただの不良騎士ではなさそうだと直感した。


「そうですわ。私はタドラ。ギルド【ビートダウン】のギルド長で、こちらがメンバーのアイネ」


 タドラがそう説明するが、ガイラスは興味なさそうに、ふーんとだけ返事すると、紫煙を吐き出した。


「こんな場所で何を? 【砂振竜シヴァリングリザード】の体内検査かしら?」

「なわけねーだろ。極秘調査だよ、ごくひちょーさ。馬鹿な上司がしくじったせいで、全滅。俺だけ生き残ったってわけだ。しかし、このまま報告するのはめんどくせーな。一人仲間を捨てて帰ってくるなんて騎士の風上にも置けぬとかなんとかで怒られるし」


 ガイラスがそこまで一気に喋るとため息をついた。タドラはしかしその言葉には惑わされない。先ほど、この男は、まるでわざと【砂振竜シヴァリングリザード】に飲み込まれたような言い方をしていた。


 【砂振竜シヴァリングリザード】は、吐き出す砂を武器としている性質上、砂や餌を飲み込んでも、3日ほどは消化しないそうだ。もし、騎士団を全滅させるほどの脅威に遭遇したとして、その場から逃げ出す手段として、【砂振竜シヴァリングリザード】の腹の中に隠れるというのは、悪くない方法かもしれないと思うタドラだった。


 もしそうであれば……この騎士は決して油断して良い相手ではない。であれば関わらないのが一番だ。


「私達は依頼がありますので、これで失礼しますわ。ごきげんようですわ騎士様」


 そう言って、去ろうとするタドラ達に声が掛かる。


「まあ、待てよ、ねーちゃん」

「ねーちゃんじゃありませんわ」


 タドラが背を向けたままそう返す。


、お前ら知らねえの?」


 その言葉を聞いてタドラは、心の中で舌打ちをした。やはり知っていましたか。


「冒険者法……ってなんでしたっけ……?」


 アイネが首を傾げると、タドラが小さく息を吐いた。


「それは、冒険者を守る為の法律であり――」

「俺達騎士が冒険者をこき使う為の理由付けでもある」


 そういってガイラスがニヤリと笑った。


「冒険者法第四条三項――任務を行っている王国騎士団と遭遇した場合、彼らを最優先とし、場合によっては補佐を行う……だそうだ」

「……冒険者に補佐を強制できるのは緊急事態の場合のみですが?」


 タドラがそう返すも、ガイラスは余裕そうに煙草を吸って煙を吹いた。


「俺の部隊は俺を除いて全滅。これは緊急事態と判断できると思うがね」

「……下級騎士に、この権利は行使できませんわ」

「良く知ってるねえ。だが残念。ほれ」


 そう言って、ガイラスが胸元からペンダントを取り出した。剣と竜の紋章が入っており、それは確かに上級騎士しか装着を許されない物だった。


「というわけで、ねーちゃん達には、【竜の尾】の潜伏先への潜入調査、手伝ってもらおうか」


 ガイラスの言葉を聞き、タドラはため息をついてこう呟いたのだった。


「助けて損しましたわ」



☆☆☆



「で、あれが、そのアジトですの?」

「そうだ。俺は絶対に罠があるから突入は止めろって進言したんだが、馬鹿隊長がつっこんで……あとはお察しだ。ただ、あそこに潜んでいる事は確定したし、中にいる奴も見当がついた」


 岩の陰に隠れたタドラ達三人が前方にそびえる遺跡を観察していた。


 元々は塔だったのだろうが、三階部分から上は崩れており、歪な形で建っていた。


「あそこにいるのは一級賞金首の【竜喚びサモナー】って呼ばれる奴だ。本人の戦闘能力はさほどだが、魔物を召喚させることについてはこの世界でもトップクラスだ。俺のいた部隊もそいつの召喚した魔物の群れにやられた」


 ガイラスが悔しそうな表情でそう言ったのを見て、タドラは意外ですわと、心の中で思った。仲間の事なんて置いて逃げてきたものとばかりと思っていたが、どうやら違うようだ。


「とにかく、内部に潜入して奴を倒さないといけないが、魔物のせいで近付けない。だから、お前らには無理ない程度で囮になって欲しいんだ。魔物の注意を引き付けてくれている隙に俺が内部に突っ込んで奴を倒す」

「むちゃくちゃな計画ですわ」

「……ほっとくと王都が危ないんだ。今から帰って応援を要請しては遅すぎる。多少無茶でもやるしかない」


 ガイラスの言葉に嘘はないと、タドラは直感で分かった。


「一応、騎士らしいところはあるんですね」

「うるせえ。金を貰っている以上は、仕事をするのが俺の流儀だ」

「なるほど。良いですわ、手伝います。ただし、騎士団の作戦に【ビートダウン】が協力したという証言をしていただくのが条件ですわ」

「あん? するに決まってるだろ。騎士団に協力的なギルドはちゃんと評価するさ」


 ガイラスがそう言って頷いた。不良騎士ではあるが……悪人といった感じではなさそうだ。タドラはそう判断し彼に協力する事に決めた。シェルウルフが逃げてしまった以上は、何か手柄を立てないと今日ここまでやってきた意味がない。


「なら良いですわ。アイネ、やりますわよ。ヴェロニカ、上空を警戒して頂戴」

「はい!」

「ぴぎゅっ!」


 ヴェロニカが翼を羽ばたかせ、上空へと舞いあがった。


「ほー、あんたはテイマーか。上空から偵察できるのは便利だな」


 しかし、上空へと上がったヴェロニカが、すぐに降りてきた。


「ぴぎゅ!! ぴぎゅう!!」


 ヴェロニカの必死な鳴き声を聞いて、タドラは塔の方へと目を向けた。すると、その崩れた上部から、無数の黒い影が現れた。


「――っ! 始まったか! あれはブラックワイバーンか!?」

「他も諸々いますわよ!!」


 見ると、塔とその周囲の砂から、黒い魔物が無数に湧き出ていた。その全てがドラゴン系の魔物だった。


「凄い数ですよ!!」


 上を仰ぐアイネの視界の先で、無数のワイバーンがタドラ達の上を通り過ぎ、そのまま西へと向かっていった。


「まずいぞ! あっちは王都の方角だ!!」

「それよりもまずは目の前の魔物ですわ」


 塔から出現した魔物の群れが同じように西へと――つまりタドラ達の方へと向かってきていた。


「くそ、夜まで待つつもりだがしかたねえ。お前らは隠れてやり過ごせ! こうなった以上は俺が一か八か突っ込んで召喚主である奴を倒す」


 ガイラスが剣を抜いて走りだそうとするのを制止して、タドラが岩陰から飛び出た。


「どうやら、時間がないようですので……私がやりますわ」


 タドラがそう言って、【竜断】を構えた。


「は? おい!! 俺の話を聞いて……い――は?」

「とりゃ!」


 タドラが【竜断】を両手で持つと、空へと掲げ――そして思いっきり振りかぶった。


 黒い軌跡を描き、轟音と共に大地へと叩き付けられた【竜断】から黒い衝撃波が放出。それは黒い波濤となり、大地を、迫り来る魔物の群れを、まさに文字通り裂きながら、【竜喚びサモナー】の潜伏する塔へと迫り――


「嘘……だろ」


 空いた口が塞がらない様子で見ていたガイラスの目の前で――


 タドラの前には、砂や瓦礫が吹っ飛び、岩盤が剥き出しになっただけの大地が放射状に広がっていた。


 【竜断】を肩に担いだタドラはその様子を満足そうに見て呟いた。


「そこにいると分かれば……わざわざ危険を冒して相手が罠を張っている場所に行くのは愚かだと思いません?」

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