第11話:落ちぶれましたわねギルド長

【ムーンウルヴス】拠点。


「エルメさん、遅れている返済ですけど、今週中にお願いしますね?」

「ま、待ってくれ! 金ならアテがあるから一か月……いや一週間待ってくれ!」


 エルメが脂汗を掻きながら、昔は自分に対してヘコヘコしていた商人に対して懇願していた。


――お願いしますね。では」


 商人が去っていく。だが、エルメに休息の時はやってこない。


「おい、うちでの飲食代のツケ、払ってもらおうか」

「うちのお店で女の子達を買った代金……まだ支払いが済んでいないのだけど」

「組合庁の者です。ギルド税が未納のようですが……?」


 エルメはすっかり憔悴しきっていた。原因は一つしかない。

 ギルドで唯一の稼ぎ頭であったローランの死だ。


「あのクソ無能が……!!」


 エルメは金の催促に来た者を全員無理矢理追い出すと、一人になった拠点で吼えた。

 だが叫んだところで、何も変わらない。


 そもそも、王国一と謳われていた【ムーンウルヴス】はかつてなら、ローランレベル冒険者であればパーティが三つは組めるほど人材が豊富であった。しかし、ギルド長がエルメに変わった時に、エルメは自分に従わない冒険者達を追い出してしまい、自分が子飼いにしてた者達だけを優遇しはじめた。


 結果として一流と呼べる冒険者は、ローラン達のみになってしまっていたのだ。

 そして頭痛の種でありつつも頼みの綱であったローランの訃報は、王都に瞬く間に広がった。


 結果、【ムーンウルヴス】に見切りをつけた者達がこうして少しでも金を回収しようと連日、エルメの下へと押しかけていた。


 もし……エルメがタドラの実力に気付いていれば。追放したとしても、預かっていた金や武具を返していれば。


 何かが、変わっていたかもしれない。


 だが、そうはならなかった。そして、どちらにしろエルメには――破滅しか待っていない。


「荒れているな、エルメ」


 誰も居ないはずの酒場に、低い男の声が響いた。

 その声を聞いた途端に、エルメが身体を一瞬震わせた。


「お、お前は……」

「どうした? 何を焦っている?」


 まるで、闇から這い出てきた悪魔のように、その男がゆっくりとエルメへと歩み寄った。

 銀色の髪に、いっそ恐ろしいほどに整った顔立ちと、血のように紅い瞳。その顔は少年のようにも見えるし、老人のようにも見え、年齢が読めない。何より、その顔面を竜のタトゥーで覆っており、強烈な印象を見る者に与えていた。


 その男はゆったりとしたローブを羽織っており、その歩みに淀みはない。


「な、なんの用だ――【竜喰らい】」


 ドラゴンタトゥーの男――【竜喰らい】が顔面の竜を歪ませて笑う。


「何の用だって……? 無能なお前を、わざわざギルド長に仕立ててやったのは誰だ?」

「……わ、分かっている!! だが、くそ! 邪魔が入ったせいで!!」

「戦力が足りないからと言うから、【竜睨みゲイザー】を貸してやったというのに……邪魔が入った、が言い訳になると思わないことだな」

「ほんとなんだ!! くそ……これも全部タドラって女が悪いんだ!! そいつと王子のせいで私の計画が……」

「ならば、その女と王子を殺せばいい。邪魔な者は全て排除する。それがお前のやり方だろ? もしくは仲間に引きずり込むか……好きな方を選べ」


 そう言って、【竜喰らい】がどこからか取り出した短剣を手で弄びはじめた。それがエルメには、脅しに見える。


「しかし……いや、そもそも【竜穿ちピアサー】がこの王都の近くに潜伏しているなんて私は聞いていないぞ!」

「なぜ貴様に教える必要がある? 我らには我らの計画がある。お前は所詮その一部分に過ぎない」


 【竜喰らい】がそうエルメの耳元で囁くと同時に、短剣をエルメの腹部へと突き立てた。


「あがっ、かはっ……」


 痛みで倒れ込むエルメが腹部を手で抑えるが、なぜか血は出ておらず、傷すら付いていない。


「最後のチャンスをやろう。精々、足掻いて【ムーンウルヴス】を存続させることだな。それだけが貴様の存在理由だ」


 そう言うと、【竜喰らい】が一瞬で姿を消した。まるでそこには最初から誰もいなかったかのように。


「ううう……くそ……くそ……」


 エルメの嗚咽が悲しく響いた。



☆☆☆



 アゼル武具店。


「あー! てめえ! いつの間にかさっきの剣、全部食いやがったな!!」

「ぷぎゅい」


 味はまあまあかな? という表情を浮かべたヴェロニカを、アゼルは揺すって剣を吐き出させようとする。


「アゼル、駄目ですよ乱暴にしては」


 タドラがそう窘めると、ヴェロニカがアゼルの手をすり抜けタドラ下へと飛んでいく。


「……いやでもお嬢、それタダじゃないんだぞ?」

「ですわね。だからヴェロニカ、駄目ですわよ? アゼルが一生懸命作った物ですから。ご飯はちゃんと用意しますから」

「ぴぎゅ……」


 こくりと頷いたヴェロニカが反省したような態度でタドラに頭を擦りつけた。


「ふふふ……可愛いですわね……あら?」

「ぎゅうぅ……けほっけほっ」


 突然ヴェロニカが、咳き込み、口から何かを吐き出した。


「これは……何かしら?」


 それは、黒い光沢を帯びた小さな金属の塊だった。見る角度によっては違う色にも見える。


「……おいおいおい……まさかそれは……【竜皇石りゅうおうせき】か?」


 駆け寄ってきたアゼルがその金属の塊を拾うと、恐る恐る検分しはじめた。


「嘘だろ……マジでそうじゃねえか」

「どういうことですの?」


 様子がおかしいアゼルを見てタドラが首を傾げた。


「【竜皇石】ってのはな、ある種の竜の体内でのみ精製される金属で……武具に使用できる物としては最高の素材なんだ!! 上位種の竜からしか採れないせいで希少な上、量も少ないんだ」

「なぜヴェロニカから?」

「そういう竜は自然の鉱石や人間が作った金属を食べて、不純物は栄養に変えて、純粋な金属は体内で自身の血や魔力と混ぜて圧縮させて【竜皇石】を精製しているんだ。つまり……ヴェロニカはさっき食った俺の剣を……【竜皇石】に変えたんだ」

「まあ! ヴェロニカ凄いじゃない!」

「ぴぎゅう!」


 笑顔のタドラを見て、嬉しそうに飛び回るヴェロニカ。


「凄いなんてもんじゃないぞ。あんなただの鉄の剣で【竜皇石】が作れるなら……錬金術だ……。この量ですら、家が一軒建つほどの金で売れるんだぞ」

「……ヴェロニカのご飯代の心配はなさそうですわね」

「ヴェロニカ……いやヴェロニカ様! あっちに鍛冶用の鉄がいっぱいあるから食べてくれ!! そして【竜皇石】を!! これでまた凄い武器が打てるぞ!!」


 興奮して目が怪しく光るアゼルに、若干引いたヴェロニカがタドラの陰に隠れた。


「アゼル。気持ちは分かりますが、強要してはいけませんよ」

「……すまん。とりあえずこの【竜皇石】はどうする!?」

「アゼルの打った剣から作られたのなら、アゼルの物でしょう。好きにお使いなさい」

「やったぜ!! ちょいとしばらく工房にこもるぜ!! ぐへへ……何を打とうかな……ぐへへ」


 怪しい笑い声を上げながら工房へと引っ込んでいくアゼルの背中を見て、タドラは笑みを浮かべた。


「これで、資金にはしばらく困らなそうですわね。お手柄ですわねヴェロニカ」

「ぴぎゅ! ぴぎゅ?……ぐるるる……」


 ヴェロニカが急に動きを止め、店舗の入口へと向けて威嚇しはじめた。タドラがそちらへと視線を向けると、カランと音が鳴り、扉が開く。


「あら……あらあら……誰かと思えば」


 タドラが目を細めた。そしてそっと、ヴェロニカをテーブルの向こうへと隠した。意図を理解したヴェロニカが身を潜める。


「一体、何のご用かしらねえ? ?」


 店舗の入口に立っていたのは、ろくに食事もとっておらず風呂にも入っていないのか、頬がこけ、異臭が漂う中年男性――エルメだった。


「……タドラ・フリン・アマジーク。頼みがある」

「フルネームは止めてくださいと、言ったはずですが?」


 紅茶を飲みながら、タドラはすでにエルメを見てすらいない。何を今さら、といった感じである。


「タドラ……貴様……いや君の活躍はガンザから聞いた。私は謝罪したいのだよ」

「なら、結構です。出て行ってくださる?」

「……すまなかった。金と武具については、残念ながら返すあてはないが……代わりに提案があるんだ」


 タドラは紅茶のソーサーをテーブルに静かに置くと、紅茶が冷めてしまいそうなほどに冷たい声で、言葉をエルメへと叩き付けた。


「出て行け、と言いましたけど?」

「私のギルドに戻って来て欲しいんだ。今なら君をうちの筆頭冒険者として最大限に優遇する! 私の後任として次期ギルド長に推薦しても良い! 王国一の冒険者ギルドの筆頭冒険者にして次期ギルド長。最高の肩書きだと思わないかね!?」


 唾を飛ばしながらまくしたてるエルメを、見つめるタドラの顔には何の感情も浮かんでいなかった。


「あと、一回しか言いませんわよ――

「頼む!! あのクソ無能ローランが亡き今、私が頼れるのは君だけだ!! 【ムーンウルヴス】の看板を下ろすわけにはいかないんだ! 頼む!!」


 そう言って、エルメが頭を床に擦りつけた。

 何が、あの傲岸不遜だったギルド長をここまで変えたのだろうか。それだけがタドラには疑問だった。


「落ちぶれましたわね、エルメさん。私にそんな無様な姿を見せるほどに貴方を追い詰めているのは何かしら?」


 タドラが立ち上がり、エルメの前に仁王立ちする。


「……慈悲を……慈悲を!」


 チラリとこちらを覗くように見つめるエルメ。その眼には、まだ何かずる賢い光があるような気がしたタドラだった。


 世間知らずのお嬢様とはいえ、一度騙された身だ。どんなに哀れな姿で媚びてこようと、信用なんて出来るわけがなかった。


「では、こうしましょうかエルメさん。【ムーンウルヴス】は解体。貴方が保有する全ての権利を私のギルド【ビートダウン】へと委譲。ああ、勿論借金やらなんやらはそちらで返済してくださいね? 現在そちらに所属している冒険者や事務員達に関しては彼らの意思を尊重しますわ。移籍を望むのなら、こちらには受け入れる用意はあります。これであれば、名前は変わりますが、ある程度【ムーンウルヴス】の冒険者や関係者は救われますわ」 


 その言葉を聞いて、エルメが声を荒げた。


「駄目だ!! それじゃ駄目なんだ!! !!」

「はい?」

「冒険者なんてどうでもいい! あんな役立たずどもなんて野垂れ死ねば良い! 事務員? 代わりなんざいくらでもいる!! だけど【ムーンウルヴス】の看板と私は駄目なんだ!!」


 その言葉を聞いて、タドラはくるりと踵を返すとテーブルの横の壁に立て掛けてあった【竜断】を手に取った。


「まままま待て!! 落ち着け」

「お前のようなクズと話す事はもうありませんわ――


 そう言ってタドラは、エルメの目と鼻の先へと【竜断】の先端部分を勢いよく落とした。轟音が鳴り、床がひび割れるも、重力波が出ないように調整したおかげで、エルメには傷一つ付いていない。


「ひ、ひゃはははは!! 馬鹿女め!! 下手に出れば調子に乗って!! これが最後のチャンスだったんだぞ!! もうお前も私も終わりだ!! ひゃはははは!!」


 発狂したように笑い出したエルメがそう吐き捨てると、そのまま店舗から去っていった。


「……なんだか、荒れそうですわね」


 念の為、店舗の外まで様子を見に行く。上を見上げると空は青く晴れ渡っているが、どうにも雲行きが怪しそうな予感しかしないタドラだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る