第19話:埃っぽい場所ですわね


 嘆きの塔最深部――【星覗きの玉座】


 ルーン、いやルーンの父であるイディール国王ですら、その場所に足を踏み入れたことはない。


 その空間はまるで神殿のようだった。

 真四角の形をした広間は、中心に向かって階段状になっていた。その頂点に玉座があり、そこには何かを大事そうに抱く死体が座っている。


 その玉座へと続く階段の手前に、ルーンは乱暴に下ろされた。先程からなぜか身体の自由が利かず、動こうにも動けなかった。


「ここは……玉座ですか……?」

「そうだ。この上に立つ塔も、王城も全て虚構にすぎない。千年の繁栄は……ここから始まったのだ」


 玉座を見据える【竜喰らい】の背を見て、ルーンが自分の身体を踏むレーヤンへと言葉を絞り出す。


「魔術かスキルか分からないがこの拘束を解け。今なら王家反逆罪も目をつぶってやる」

「何を言い出すかと思えば……? それを王家反逆罪だなんて……ルーン王子は何も分かっておられない」


 レーヤンがそう言うと。倒れているルーンの横腹を蹴り上げた。その顔には醜悪な表情が浮かんでおり、心底ルーンを虐げるのが楽しいことが分かる。


「ぐっ……そうか……そういうことか」


 ルーンはそう言って、【竜喰らい】を見つめた。

 もし、あいつの正体が自分の推測通りなら……。レーヤン伯の言葉の意味も理解できる。ルーンはそう考えて、【竜喰らい】へと声を投げた。


「あんたの正体が分かったぞ。まさか父上に追放されたと思ったら……狂信者に成り果てるとはね……僕は貴方の事を今でも尊敬しているのに……なぜですか


 なぜ、イディール王家の血がないと開かない扉が開いたのか。

 答えは単純だ。【竜喰らい】が王家の血を引いているからだ。


 そして王家の血を引いており、かつこんな大それたことを起こしそうな人物は、一人しかルーンには思い付かなかった。


「……気付いていたか」


 そう言って、【竜喰らい】――ルーンの兄であり、この王国の第一王子であるサンズ・ダルク・イディールが振り返った。


「……貴方の背中は僕が一番良く見てきたさ」


 ルーンは幼い頃から、兄であるサンズに憧れを抱いていた。勉学も、剣技も、何もかも敵わなかった。

 そんな兄が、急に今の王家は欺瞞だの虚構だのと言い出し、壊れだしたことにルーンは気付かない振りをしていた。


 だが、兄がイディール王家に伝わる禁術や禁具を持ち出した時に、王である父から絶縁を言い渡され、王国から追放処分を受けたのだ。その時の事をルーンはよく覚えている。


 まるで人が変わったかのような兄を、ルーンは見たくなかった。


「なぜ……なぜこんなことを。父へと報復ですか」


 ルーンの言葉を受けて、サンズが顔を醜く歪めると、乾いた笑いを上げた。


「ははは……報復だと? ふざけるな。俺はあんな奴に興味などない。王国も王家も何もかもどうでもいい。俺は俺の宿命を……全うするだけだ。人のいう肉体に、楔に、呪いに、囚われし【竜】を解放する……それが俺の悲願だ」


 まるで自分に酔っているかのように謳うサンズを見てルーンは悔しそうな顔をする。


 何が……一体何が兄をこんな狂信者に変えてしまったのだ。


「【竜王の血】をどうする気ですか」


 ルーンは、実際のところ【竜王の血】の正体を知らない。いや、歴代イディール王家の者でその真実を知っている者はほとんどいないはずだ。なのに、目の前の兄は全てを知っているかのような物言いだ。


「どうするだって? あれこそ、真の王の証であるのだ」


 サンズがゆっくりと階段を登っていく。ルーンは、兄が何を企んでいるかは分からないが、それを絶対に止めなければ、おそらく最悪な事が起きてしまうことだけは直感で理解していた。


 だが、身体は動かず、兄に忠誠を誓っているレーヤンを言葉で説き伏せるのは無理だろう。


 となれば……この兄の動きを予測して、誰かがここまで来てくれることだが……自身の父ぐらいしかおそらく気付かないだろう。


 この状況で父が来たところで事態が好転するとは思えない。


 必要なのは……全てを粉砕するような力だ……どんな陰謀だろうと、どんな策略だろうと……力でねじ伏せるような――そんな人物だ。


「タドラ……」


 思わずそう呟いてしまったルーンに答えるように、遠くの方から破壊音が聞こえ、微かにこの広間全体が揺れた。

 しかしレーヤンもサンズもそれを気に留める様子はない。


「……まさか」


 だけどルーンはそれの意味する事に気付いていた。だけど……そんな都合の良いことがあるだろうか? そう思うもルーンは珍しく根拠もなく、その可能性を信じることにした。


 今は、自分に出来ることをするしかない。


「兄さん。待ってくれ。僕にも教えてほしいんだ。【竜王の血】とはなんだ? なぜそれがこんな地下深くに封印されている? そもそもなぜこんなところに玉座がある――ぐはっ」

「黙れ! 邪魔をするな!」


 言葉の途中でレーヤンに蹴られてもルーンは口を閉じなかった。


「教えてくれ、兄さん! 僕だってイディール王家の血を引いている! 知る権利はあるはずだ! 兄さんだってそれを求めてあえて外に出たのだろ!?」


 ただの、当てずっぽうだったが、ルーンの言葉にサンズが反応し、玉座のすぐ前で足を止めた。

 天井から、ぱらぱらと破片が落ちてくる。


「その通りだ、弟よ。俺は、ひょんなことから真実に触れてしまった。この呪われた血の意味を。俺は俺達の血に流れる呪いを解こうとしたが、父はまるで俺の話を聞いてくれなかった。だから、俺はわざと国外追放されるように動き、国外で【竜の尾】を結成し、情報を集めた」

「兄さん……【竜王の血】とは……」

「知っているだろう、我らイディール王家特有のこの紅い瞳が何を意味するか。この世界で、瞳が紅い生物は我らを除き、一種しかいない」


 サンズはそう言って、紅い瞳を見開かせた。破壊音が近付いている。流石にレーヤンが気付いたのか、広間の入口へと視線を向けていた。


 しかしサンズは自分の言葉に酔っているのか、気付いている様子はない。


「……竜、ですね」

「そうだ。我々は千年前の邪竜戦争の生き残りなのだ。つまり――」


 サンズがとうとうと語るなか、ルーンは、すでにこの話に興味を無くしていた。

 邪竜戦争? 呪われた血? なんだそれは。


 そんなことはどうでもいい。その【竜王の血】とやらが何かも分からないし、知りたくもない。とにかく、この狂った兄の思い通りに事が運ばなければそれで良いんだ。


「兄さん。もう結構です。くだらないご高説まことに感謝ですよ」


 ルーンの言葉に、サンズが顔をしかめた。


「どういうことだ?」

「全部終わりですよ。ああ、結局貴方は……何も分かっちゃいないんだ。大それたことを言って、ただ復讐したいだけなんだよ、くだらない」

「なんだと? くだらない? 俺のこの崇高な使命が、宿命がくだらないと」


 静かに激怒するサンズ。その気迫に恐れをなしたレーヤンが後ろへと下がる。


「あ、レーヤン。そこは止めといたほうがいい。上から


 ルーンが丁度、レーヤンの真上の天井に亀裂が入ったのを見てそう呟いた。


「へ?」


 次の瞬間、黒い衝撃波が天井を突き破り、レーヤンへと到達。レーヤンは一瞬で肉塊となると同時に立っていた床と共に消失した。


「なんだ?」


 サンズの疑問に答えるように天井の穴から、二人の人物が降りてきた。


「あら? 当たらないように調整したのに自ら突っ込んでくるなんて……不運な人ね。それにしてもなんだか陰気で埃っぽい場所ですわね……」

「ここは……まさか」


 着地した二人はルーンのよく知る人物だった。ルーンはレーヤンが死んでおかげか、束縛が解けている事に気付き、立ち上がりつつ、その二人の名を呼んだ。


「父上……タドラ!」


 同時に、サンズが叫んだ。


「……やはり最後まで俺の邪魔をするんだな……親父!!」


 それに対し、タドラの手を借りて立ち上がったイディール王がため息をついた。


「やはりお前か……サンズ」


 イディール王が寂しそうな目で、玉座の前に立つ哀れな息子を見つめた。

 もし、自分がもっとしっかりと向き合っていれば……こんなことにはならなかっただろう。


「……詳しい話はあとですよ父上。タドラ……あの男とあの玉座が全ての原因だ――


 ルーンのその切迫した声を聞いて、タドラは自分のすべきことを理解した。


「お安いご用ですわ――王も後ろにお下がりくださいませ。少々、揺れますわ」


 タドラが【竜断】を構えると同時に、ルーンがタドラの後ろへと飛び込んだ。


「何をする気だ貴様!!」


 吼えるサンズを――黒い波濤が襲った。


 

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