第10話:ペットが可愛いですわ~

「……うわあ、今のは痛そう」


 ルーンはそれだけを言うと、立ち上がった。あの【竜穿ちピアサー】が不憫でならない。


「無事そうで何よりですわ」 


 ルーンの下へと歩いてきたタドラが微笑みを浮かべた。


「どうやってここに?」

「床を全てぶち抜いてきました」

「はは、君らしいね」

「先ほどの女性は?」

「邪教徒だよ。死んでないと良いけど」

「手加減は凄くしましたが……」


 そういってタドラは眉をひそめた。


「あれで?」

「はい」


 呆れたような顔をしたルーンだったが、その瞬間に【竜穿ちピアサー】が埋もれている瓦礫の山が吹っ飛んだ。


「おや、まだ元気そうだ。良かったね」

「はい!」


 瓦礫の山から現れたのは身体の半分が潰れた【竜穿ちピアサー】だった。常人ならとっくに死んでいる怪我だが、なぜかまだ生きている。


「なぜだ……どういうことだ……くそ……こうなったら!!」


 【竜穿ちピアサー】の視線の先には、ようやく広間の入口へと辿り着いたローランがいた。


 ダンッ、と床を蹴った【竜穿ちピアサー】がローランへと迫る。


「うわ、やめろ!! 来るな!!」


 【竜穿ちピアサー】が潰れた手でローランの頭を掴んだ。


「助けて……助けてくれ!! あいつらの命をやるから!! 俺だけは助けてくれ!!」

「お前の肉体、魂、使わせてもらうわ」


 それを見ていたタドラが助けに向かおうと動いた瞬間。


「止め――ぴぎゃ」


 ローランの頭が潰れ、そして【竜穿ちピアサー】へと吸われていった。


「ウガアアアアア!! 我が肉体と魂、そして生け贄を捧げる! 降臨せよ!! 邪なる蛇よ!!」


 【竜穿ちピアサー】とローランの身体がぐちゃぐちゃに融合し、そこに現れたのは下半身が死体によって構成された蛇で、上半身が【竜穿ちピアサー】の胴体になっている、醜悪な怪物だった。


「ラミアか!」


 ルーンが何かの古い文献で見た古き魔物の名前を思い出した。邪教徒によって崇拝されていたとされる悪魔――ラミア。


「殺&%す’&%殺’&す&殺す!!」


 聞き取れない金切り音を立てながら、ラミアが口から酸の霧を迫るタドラへと吐いた。


「これは流石に【竜断】では防げませんわね。では――【慟哭する鼓動ロアリング・クライハート】」


 タドラがスキルを発動。鼓動の音が響き、同時にタドラの全周囲へと衝撃波が放たれた。それによって酸の霧が掻き消され、更にラミアの身体の節々から血が吹き出た。


「ギャルラアアアア!!」


 悲鳴を上げ、のたうち回るラミア。


 【慟哭する鼓動ロアリング・クライハート】とは、【蛮族】が使える数少ないスキルの一つである。自身の鼓動の音を増幅し、周囲へと衝撃波として放つスキルだ。


 それは形のない物――純粋な魔力の塊や炎といったものを破壊する力を秘めているが、効果があるのは一瞬であるため、タイミング良く使わないと不発に終わってしまう。またその衝撃波は威力は低いものの攻撃にも使え、相手を内側から破壊できる。ただしこれも効果範囲が狭い為、よほど接近しないと当たらない。


 使い勝手は悪いものの、広範囲に放たれた相手の魔術やスキルに唯一対抗できる手段であるため、タドラはその使い方を熟知していた。


「魔物となった以上は、討伐するしかありませんね」

「待っ%$て’&%く――」


 ラミアが命乞いをしようと手を伸ばした瞬間に――【竜断】が脳天に直撃。そのまま床へと叩き付けられた。更に竜断の刀身から放たれた黒い衝撃波によって身体が引き裂かれていく。


 その一撃でラミアは絶命し、ぐずぐずの肉塊へと溶けていった。


「ふう……今度こそ終わりましたね。早く紅茶が飲みたいですわ」


 祭壇で待っていたルーンの下へと、血と臓物に塗れたタドラがにこやかにやってきた。その笑顔も所作も貴族令嬢のそれだが……その姿はあまりにそれと相反している。だけど、なぜかそれが妙に似合っているな、と感じるルーンだった。


「ははは、君は姿も戦い方も蛮族そのものなのに、どこまでも貴族令嬢だな。とでも呼ぶべきか?」

「蛮族なのはジョブだけですわ。失礼ですわね。でも、嫌いではありませんわ。その響き」

「だろ?」


 ふふふ……と笑い合っていると、ピキピキ、という何かが割れるような音が聞こえてきた。


「ん? 何の音だ」

「……これ、ですわね」


 タドラが、祭壇の上に置いてあったドラゴンの頭の口の中にある楕円形の石を見つめた。人の頭部ほどあるその石の表面に亀裂が生じていく。


「まさか……」

「取り出してみましょうか」

「タドラ、待て、触るな!」


 タドラの手がその石に触れた瞬間――黒い光が石から溢れた。それにタドラの持つ【竜断】が共鳴するように甲高い音を放つ。


「なんですの!?」


 焦るタドラの前で、石が割れた。そこから覗くのは瞳孔が縦長の黒曜石の瞳。


「ぴぎゅう」


 ソレはそう鳴くと、差し出されていたタドラの手をペロリと舐めた。


 闇よりも深い黒色の鱗に覆われ、小さな翼が生えたそれは――竜のヒナだった。



☆☆☆



「お嬢」

「なんですの」

「やっぱりヤバイって」

「何がですの」

「そいつだよ!!!」


 アゼル武具店の居間にアゼルの叫び声が響く。


 その指差す先には、猫ほどの大きさの黒い竜がおり、アゼルが作った剣をガジガジと囓っていた。


「ぴぎゅ?」


 くりくりとしたつぶらな瞳でタドラとアゼルを見つめるその竜が首を傾げた。


「はあ!! 可愛いですわ!!」

「いや、可愛いけども!! 竜だぞお嬢!!」

「ヴェロニカという名前を付けましたわ」

「名前付けちゃったの!? というかなんで拾ってきたんだ!!」


 【ヴェロニカ廃神殿】での事件についてはタドラ、ルーン王子、そしてタドラに遅れてやってきて一部始終を見ていたガンザによって報告された。その後、騎士団と冒険者による合同調査によって、確かにそこでは【竜の尾】によって大規模な儀式が行われた痕跡が残っていた。


 不可解な死を遂げたジルエスターとの関連性についても様々な憶測が立ったが、結局当事者が皆死んでしまっていて、真相は分からずじまいだった。


 そして、タドラは祭壇で孵った竜のヒナを――持ち帰ってしまった。ルーンはそれに反対しなかったので、共犯だとタドラは勝手に思っていた。


「だって……あんな薄汚いところに置いていくなんて鬼の所業を、私には出来ませんわ」

「いやでもよ……」

「良いのです。大事に育てますから。それにテイマーであれば竜の一匹ぐらいは使役していますわ。そういうことにしておけば大丈夫です。多分」

「……竜をテイムしてるテイマーなんておとぎ話にしか出て来ないぞ」


 アゼルは、タドラが一度言い出したら聞かないことをよく知っていた。


「とにかくヴェロニカは、件の事件に関係している可能性がありますわ。手元に置いておくのが一番ですし、成長すれば頼もしい戦力になるかもしれません」

「……お嬢の言う事を聞いてる間はそうかもしれないけどよ。嫌だぜ? 気付いたらデカくなっててこの店が壊されるのとかな」

「ヴェロニカは淑女なのでそんなことは致しませんわ。ねえ? ヴェロニカ」

「ぴぎゅ!」


 すりすりと頭を自身の胸へと擦るヴェロニカを見て、タドラが表情を緩めた。


「可愛いですわ……」

「……俺はどうなっても知らねえからな」

「構いません。それよりもアゼル。【竜断】を振ったら黒い衝撃波が出るんですけど、何でしょう?」

「あん? なんだそりゃ? 考えられるとしたら、黒竜の力が何らかの形で出てるってことだな。つまり――」

「重力波……ですわね」


 黒竜のみが使うと言われている重力波は、防御不可能、回避不可能の攻撃として悪名高い。それは盾だろうが魔法障壁だろうが関係なく突破し相手に届く。


「なんだそれ。防ぎようがねえじゃねえか」

「ですわね。まあ、持ち主である私には影響がなかったので良しとしますわ」

「なあ……もしかしてだけど……【竜断】持ったお嬢って無敵なんじゃねえか?」


 アゼルは恐る恐るそうタドラに聞いた。話を聞く限り、あまりにデタラメな強さだ。


「かもしれませんが油断大敵ですわ。【竜の尾】の者はどうにも人から逸脱した存在に思えました」

「お嬢も十分、人から逸脱して――痛い痛い! あ、てめえ噛んだなヴェロニカ!」

「ぷぎゅっ!」


 ヴェロニカとじゃれつくアゼルをみて、タドラは平和だわ~と暢気に紅茶を啜っていたのであった。


 しかし、王都を揺るがす本当の大事件は――これから始まるのだった。

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