第2話 満身創痍
天井から、女の声がする。構わず逃走するか、そう思っていたらムシコロンが俺に話しかけてくる。
『汝よ』
「タケルと呼んでくれ。さっさと逃げるぞ」
『うむ。その件だが、動くことは動けるが、今の我ではそう遠くへは行けぬ』
「マジかよ」
『最悪そこの連中にもやられる可能性は……ないか……が、蟲機には破壊される』
先程助けた男ががっくりと崩れ落ち、両手と膝をついている。そして顔だけこちらに向け聞いてきた。
「ないのか」
『ないな。汝は人間の中では強いだろうが、蟲機の群れ相手では持つまい』
「それはさすがにバカの俺でもわかる。だが、お前にも勝てないと?」
『逆に勝てるつもりでいたのか!?』
何故か男と話しているムシコロン。いやまぁ、殺し合いになるよりは話し合いで済む方が良いけど。
『おしゃべりはそこまでにしてもらえますか、キリュウ』
「すまないマキナ」
『さて、ミナさんと……タケルでしたか。あなた方はセントラル保安部がマークしているのをご存知ですか?』
「あぁ」
『そしてミナさんは蟲化病感染者です。感染者の処置はお分かりですよね』
ちっ……ムシコロンが十分動ければ逃走だってできるだろうが、ここまでまともに動ける状態じゃないとは想定していなかった。センサー上では正常に動作していたからなぁ……センサーに頼りすぎるとよくない。乗り捨てる手もあるがもったいない。
『ですが』
「ですが?」
『もしここであなた方が暴れた場合、隔壁全てを破壊し、キリュウたちも倒されるのは確実でしょう、残念ながら』
「そうだな」
『まあそのくらいならできるな今の我でも』
『そこで、提案があります』
提案?なんだ?マキナの声に一同がじっとしている。
『ミナさんを処分した後、その機体とあなたを蟲殺機関の所ぞk』
「断る」
『……しかしセントラルにいる以上、蟲化病感染者には死んでもらうしか』
『ちょっと待った汝』
『なんですか?』
『今我のコクピットにいる、ミナという娘の病が問題なのか?』
急にムシコロンが変なことを言い出した。マキナがキレている。
『当然です!蟲化病の進行に伴い意識混濁、異常行動、皮膚の異常硬化による蟲化、最終的には人間を襲っ』
『知っている。それが何か?』
『それが何か?しかも治療法が無いんですよ!蟲化病には!』
『治るよ』
「「「『はぁ!?』」」」
俺やミナ、キリュウ、マキナ、その他蟲殺機関の人たち全員がムシコロンに突っ込んだ。
『だから治るって。今の我でもとりあえずの病状の緩和ならできるし』
「できるんだ……」
『嘘だと思われるのも嫌だから、ミナ、ちょっと手を出せ』
「こう?」
ムシコロンのコクピット内に、何かマニピュレーターに付属した針のようなものが出てきた。それがこちらに寄ってくる。怖い。それがミナの手に当たる。
『無針注射だが圧かかるんで全く痛く無いわけじゃないぞ』
「うん……いつっ!」
『よし。しばらくは持つはずだ。本式な治療はNCBIの方にある遺伝情報データをだな……ん?んんん!?』
「どうしたムシコロン!?」
『タケルよ』
なんだよすごい不安になってきたぞ、急に何か変なことを言い出したし。NCBIってなんだよだいたい。
『……なんで繋がらない!?』
「つながるって何にだよ!?」
『EnsemblもDDBJも繋がらない!?大戦時でも使えたのに!?』
「ムシコロン。そのさ、NCBIとかってなんなの?」
『色々な生物の遺伝子のデータを格納しているサイトだ。蟲化病の原因となっているのは住血吸虫に類似の生物だが、既存の住血吸虫とはゲノム内に相同でない未知の領域が存在いて、そこが原因だとは判明している。そこに、ネットワークで接続しようとしたが……』
データを格納しているとな。そんな便利なものがあるのか、しかも病気の原因まで特定できているとは。
『ちょっと待ってください!それではセントラルが言っている病気の治療法がないと言うのは、まるきり嘘ではないのですか!?』
マキナが悲鳴に近い声でムシコロンに問いかける。
『ここでできないなら嘘とは言えないだろうが、隠蔽していたとしたら話は別だろうな』
「セントラルの方針はわからないが、ここでできないのでは治療法が無いのと違いはあるまい。何しろ俺たちはこの地下以外に行く先もない」
キリュウがそう言い放つが、俺たちにはムシコロンがあるんだからそうも言い切れないだろうが。
「それでミナ、具合はどうだ?」
「……うん、身体のあちこちの痛みがちょっと減ってきたかも」
『全身の痛みが緩和されているということは、効いていると言っていいはずだ』
「ふぅ。とするとひと段落できるわけか。ムシコロンの修理が終わったらそのNCBIとやらに行くとするか」
『……我らだけでか?自殺なら一人でしてくれ』
「おい、どういうことだそれは?」
聞き捨てならない言葉を聞いてしまった。自殺行為ってことかよ。
『確かに蟲機の十機や二十機なら我が倒すのは容易いことだ。だが、蟲機の数はそのような生易しい数ではない。千ならまだしも、万や億となると……』
「万や億!?そいつはちょっと厳しいな」
『厳しいな、ではすまんぞタケルよ』
万や億とまで言われるとさすがに現実味がないが、道のりが厳しいこともわかる。
『しかも我の下半身はほぼ全壊だ。……これではまともに動けん』
「直るまでにどのくらいかかるの?ムシコロン」
『そうだなミナ、普通にやると一年弱はかかる』
「そうなる前にミナが死んじまう!」
『わかっている。ん?そうだ、そういえばさっき我が倒したばかりの蟲機と、キリュウが倒した奴があるよな。キリュウ、これ使っていいか?』
ムシコロンが指さした先には、先程ムシコロンとキリュウが倒した蟲機の残骸がある。残骸ではあるが、まだピクピクと動いている。虫の
「俺はどちらでもいい。マキナ、構わないか?」
『蟲機の残骸は貴重な資源ですが……仕方ありません』
『それなら問題なさそうだ』
というが早いか、ムシコロンが蟲機のそばに何かを噴出させ、移動する。そうして、両手のひらを胸元で合わせる。妙な構えだ。
『融合捕食……いただきます』
「「「は?」」」
ムシコロンの下半身から、何か機械と生物を融合したような不定形の何かが出てきた。ごりごりごきゅんとでもいうような不気味な音が空洞に響く。
「
「おえぇ……」
蟲滅機関の男の一人が吐いている。吐くほどの光景なのかなそれ、直接見てないけど。
『ふむ、まだ足りんか』
「脚とか生えてきたか?」
『もう少し食えれば脚の再生ができる。もっとも、蟲機の素体で我を支えるには多脚にせざるを得んがな』
「多脚って脚が4本とかそういうやつか。蟲機と変わらないじゃねぇかそれ」
『仕方あるまい』
そりゃそうだがカッコつかねえなぁ。ムシコロンが蟲機みたいなかっこってどうなんだよ。ハンドターミナルを操作して俺は色々とムシコロンの問題に気づく。
「それとムシコロンよ。無茶な融合捕食してるせいで機体のバランスが悪いぞ。調整しないとまともに動けないだろ」
『むう。だが仕方ないではないか』
「ちょっと待ってろ。ソフト側で調整効くやつは調整してやるから」
『タケルよ汝、そんなこともできるのか!?』
『私的にターミナルを動作させている!?セントラルが知ったら大変なことになります……』
マキナって女は、俺たちの挙動でずっと悲鳴みたいなのあげてるけど、そんなにわめいて喉痛くないのかな。ターミナルからムシコロンのシステムを掌握する。脳幹サーバと生体ジェネレーターと両腕は生きてるけどあとほぼ死んでるじゃねぇか!おまけに意図的にセンサー誤動作させてやがる。
「セントラルの連中、何がなんでもムシコロン動かしたくなかったのか、それとも他の連中か?」
『ここに落着する前にやられたやつのせいか……セントラルは我をたまに監視するのみだったぞ』
「そうか。……くっそ、いろんなところがウイルスに感染してやがる!ソフトもハードも!ハードはお前なんとかしろムシコロン!」
『ウイルスだと!?わかったハード側はなんとかする。ソフトは頼む!』
「ムシコロンも怪我と病気なの?私と一緒だね」
『そうだなミナ』
ミナにそう返すムシコロンからは、なんとなしに優しさを感じる。蟲機の捕食を続けているうちに、あることがわかってしまった。
『タケルよ』
「なんだムシコロン」
『足りない。全く足りない。これじゃ脚三本しか生やせない』
「そうだな。歩くのがやっとってとこか。どうする?」
『また蟲機でも襲ってこないかな』
「俺もバカの自覚はあるが、お前も縁起でもないことを言うんじゃないこのバカ。さっき蟲機に吹き飛ばされたのであちこち痛いんだぞ」
キリュウにバカ呼ばわりされたぞムシコロン。実際ムシコロンにとっては羽虫同然の雑魚蟲機でも、人間が相対したら絶望しかない相手なのは確かだ。
『むう。なら襲撃などはそうは来ないのか』
「それが残念だがそうでもない。かなりの頻度で蟲機の襲撃がある」
『キリュウ大変です!ノジマが蟲機の襲撃を受けているようです!』
マキナからだ。ん?それ待てよ。向こうからムシコロンのおやつがやってきた。
『マキナと言ったな。汝、そのノジマここに誘導できるか?』
『できます!』
『1匹殴るのも2匹殴るのも一緒だ。誘導してくれ』
『わかりました!』
俺たちがしばらく待っていると、半裸の男があちこち傷を負いながらこちらに走ってきた。こいつも結構カッコいい。隣を見るとミナが目を輝かせている。いい男ならなんでもいいのかミナさんよ……
「畜生!こんなところに急げってマキナも何考えてやがる!」
『おお、来たか!』
「なんだこいつは?蟲機ではないようだが、ってか喋ったぁ!?」
『蟲機に一撃喰らわせる!うまくかわせ!』
「お、おぅ!」
「行くぞムシコロン!殺蟲拳!ムシコロン・ナッコオオオぉぉぉぉ!!」
俺の叫びとともに、ムシコロンがノジマの背後の蟲機に拳を叩き込む。さっきより威力が上がっているようだ。
『いくらなんでもダサすぎるだろその技名……』
「ふぅ、助かったぜあんた」
『こちらも助かった。さて、さっそくいただきます』
「えっ」
驚くノジマの横で、キリュウは無言で首を横に振っている。ノジマはムシコロンが蟲を捕食している様を呆然と見ていた。
「……うっそだろ蟲食ってやがるぜこいつ」
『事実です、認めてくださいノジマさん』
「でもよマキナ、なんなのこいつ」
『我の名はバァ……ベルゼ……なんで言えない!?ってネームサーバ書き換えたなタケルぅ!!』
「ムシコロンだ、よろしくな!」
「お、おぅ……」
半裸の男ノジマは、力なくそう答えた。走って疲れてるから仕方ないよな。
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