第7話 あいつは、狂ってる


 初めて訓練を受けたその日、俺はほとんど動けなくなりながら、本当に這いつくばりつつムシコロンのコクピットにたどり着いた。全身の骨が折れているんじゃないか?打撲していない場所がないんじゃないかと思うほどの激痛が全身に走る。立って歩けないほど疲労もしている。……俺は笑みを浮かべている。いいじゃないかこれは。


『タケル!?何だその状態は!?』

「想定……の……範囲……ないだ……。それ……より……昨日……いってい……」

『わかったが本当にいいのか?』

「……やっ……って……く……」

『ああもうどうなっても知らぬぞ!』


 言うが早いかムシコロンが無針注射を全身に行う。なんらかの泡で骨折部と思しきところを固める。呼吸と体温の調節。あぁ、体の方はこれでいい。


『その上あれを本当にやるんだな!?いま、これから!?』

「……やる……」

『廃人になっても責任取らんぞ!』


 今度はムシコロンが俺の脳内の演算機ターミナルと接続する。俺はそのまま意識を失った。



 ……しばらくして意識が戻ったと思ったが、そこは真っ白な空間である。地面だけがある。よし、想定通りだ。


『本当にやるぞ。仮想現実バーチャル格闘訓練、朝まで並列1000対1000組手でだ!』

「望むところだ!」


 人間サイズのムシコロンが、俺と相対する。俺が1000体、ムシコロンが1000体。あるムシコロンの構えが変だ。なんだよその指をつまむようなのは。


「ムシコロン、ふざけてないでまじめにやれ」

『これは蟷螂拳という立派な格闘技だぞ!世界最速の拳技の一つだ!』


 ムシコロンがそういうか言わないかの間に、ムシコロンの突き技で俺は壁にまで吹き飛ばされていた。


『詠春拳のほうが世界最速じゃないのか?』

『我は蟷螂拳だと認識しているが……』


 別のムシコロンが、両の拳を交互にぐるぐるさせながら前に進んでいく。おい、ムシコロン同士で認識がずれてるぞ。


『そんな難しいところからやらせなくてもっと基本からやるべきでは?』

『いや、そんなに時間がないのだからどんどんやるべきだ』


 ムシコロン、せめて自分の中での育成方針くらいすり合わせとけ!


『……どうせ並列でやるんだから全部やればいいではないか』

『我、頭いいではないか』


 1体のムシコロンが無茶を言い出す。こちらが無茶を頼んでるのだから間違ってはいないか。そのまま何度も、何十度も、何百度も殴り、蹴り飛ばされる。防御の訓練も兼ねているのだから当然だ。


『対人も必要だが蟲機対策も必要ではないか?』


 そういうムシコロンが蟲機サイズで攻撃してくる。あっけなく吹っ飛ばされる。


「いってぇ!何度か死んでるだろ!?」

『痛くしなければ覚えませぬ、って昔の偉人が言っていたぞ』

「それ本当に偉人か!?」


 次々と死んでいく俺。そして復活する俺。仮想現実バーチャルだからって死にすぎる俺。所詮この世は夢幻の如くとはいうが。


「こう死にすぎると、実際にあっさり死んでしまうんじゃないか?」

仮想現実バーチャルと現実を区分するため、仮想って視野の端っこに出しといた。これで現実のときは注意深くなるだろ』

「おお、これで思いっきりやれるな」


 そういうとムシコロンの言う通り、俺の視界の端っこに「仮想」って文字が出てくる。これなら現実の時には間違わずに済むな、だって現実にはこの文字出てこないから。


『どんどん逝くぞ!現実に死ぬ気でやれば死ぬが、仮想現実バーチャルでなら何度でも死ねる!』

仮想現実バーチャルで死ぬのが目的じゃないから!強くなるのが目的だから!」

『似たようなものだ!どんどん逝け!』

「くっそおおおおぉぉぉぉ!!」


 朝まで俺が死んだ数は、100万回では足りないだろう。俺は、少しずつ何かを手にしている気がする。


 次の日も、その次の日も俺は同じように現実では瀕死になり、虫の呼吸いきでムシコロンにたどり着き、ムシコロンに身体の治療を受けながら、脳は仮想現実バーチャルで修行する。最初の日は100万回死んだ俺だが、次の日は10万回で済んだし、3日目には1万回ですんだ。


 訓練の方も急速に身体能力が高まっているのは確かで、蟲滅機関の新人騎士より早く駆け抜けることもできるようになったし、他の新人騎士では相手にならなくなってきた。3日目には俺は歩いて訓練場を後にできていた。新人騎士が全員倒れているようだが、やっぱり騎将キャリバーは強いなと思う。攻撃がようやく見えてきたが、受けきれないのはなんとかならないものか。そんなことを思いながら通路を歩いて行こうとすると、部屋で騎将キャリバーたちが話している声が聞こえてきた。


「異常だよ」


 そういうのはアリサだ。見えるか見えないかギリギリの速さのすさまじい攻撃してくるあんたが、異常というのはなんなんだ。


「タケルのことか」

「うん。まだ3日目だよ?あの子おかしいよ!ぼくの攻撃を見切ったんじゃないかなぁ。速さには少しは自信あったけど、これ自信無くすよ……」

「いやいやいや、アリサの問題じゃねぇよ。タケルが本当にもうそれは異常な速さで強くなってやがる」

「だよねダイナ。ノジマさんもそう思う?」

「あの異常さ加減からしたら、俺はもう抜かれてるんじゃねぇか?」

「それはないだろう。ノジマは過小評価しすぎだ自分を」


 俺の話をしているのか?異常だ異常だって、何が異常なんだよ。


「あいつ、怖さってないのかよ。普通攻撃されるとわかったら反射的に防御反応取るはずだろ?それがない」

「そうか?俺にはわからなかったが」

「キリュウはマイペースだね……」

「ノジマぁ、あいつ蟲機倒せるのいつだと思う?」

「一週間後には倒してそうだな……」


 ノジマの発言を聞いて騎将キャリバーたちがざわめく。ざわめきつつも「ありえるな……」などという声も聞こえる。


「それより俺がわからねぇのは、あいつ全身ぼろぼろになって這ってどっか行ったんだよ。次の日にはピンピンしてやがるんだ」

「ダイナの言う通りだよ。顔の打撲とか一日で何とかなると思えなかったのがきれいに治ってるし」

「身体よりも精神だな。あいつと他の新人騎士を比較すればわかるが、一切苦しい顔とかしないんだよ。アタマの中どうなってるかわからん。嬉々として厳しい訓練続けてやがる。俺達でも新人の頃苦しかっただろうが」

「あいつ何かおかしいよ……あいつは、狂ってる……」


 騎将キャリバーたちはなんでそんなこと言ってるんだ?まさか油断でもさせるつもりではないか?ダイナはそもそも俺のこと入れるの反対だったしな。食堂に向かうと、ミナがいた。笑顔で俺を迎えてくれる。


「タケル!」

「ミナか」

「訓練頑張ってるね」

「おう。今日はなんとか立ててるぞ」

「……無理してない?」

「無理?無理だと思ったら何もできないからな。そういう意味じゃ無理してないな」


 ミナはちょっとだけ哀しそうな顔をして、つぶやいた。


「そうだね……タケルは止まらないからね……」

「ミナは身体の具合はどうだ?」

「ほとんど痛くないよ。ムシコロンのおかげだね」

「そっか。ならムシコロンに礼を言っとくか」

「うん」


 俺たちは食堂を後に、格納庫にやってきた。ムシコロンが静かに佇んでいる。


『……ん?ミナか』

「ムシコロン」

『その感じだと身体は良くなってるな』

「そうだね。いつもありがとう……ムシコロン、タケルは無茶してない?」

『無茶というなら、そもそも我らがワシントン目指すのが無茶だからな……』


 それもそうだな。無茶というなら前提が無茶なので全部無茶だし、やるかどうかでいうならやるしかないからな。


「俺は止まらないんじゃないんだ。今は止まれない」


 何故なら、俺が止まったらミナが死んでしまうから。だから、今は止まれない。


「わかった。タケル?」

「なんだ?」

「全部終わったら、のんびりしようね」


 そうだな、俺は声には出さずに心の中でそう思った。それはミナにはまだいえない。


「今日も頼むぞ、ムシコロン!仮想現実組手100万本!」

『応!』


 少し寂しそうなミナを後ろに、そう叫んで俺はムシコロンに乗り込んでいった。


 翌日、ノジマの指示で新人騎士たちとの組手を行うこととなった。新人と言っても俺より訓練経験は長い。……仮想現実組手と過剰オーバートレーニング、そして全身再生で、俺の訓練期間も10年に相当するとムシコロンが言っていたが、それでも実際の訓練期間は短い。ノジマは相変わらず服を着崩している。


「……というわけだ。タケルをもし倒せる奴がいたら今日の訓練は免除」

「やった!」

「悪いなタケル。この数だ」

「倒させてもらうぞ!」


 などと新人騎士たちは言っているが、何を喜んでるんだ?休んだら強くなれないじゃないか。体の柔軟を行いながらぼやく。


「俺は倒されても別にいいんだが、訓練を休みにする必要あるのか?」

「は?」

「お前何言ってるんだ?」

「訓練休まなくてもいいんじゃないか?鍛える時間少なくなるじゃないか。まぁいい、とにかくやろう」


 俺がそういうと、新人騎士たちはおろかノジマまで変な生き物を見る目で見てくる。ムシコロンに教えてもらった八極拳の構えで待ち構える。


「おい、俺そんなの教えてな……もういい、後で聞くわ」


 ノジマがそう言ったが、俺は無言で待ち構える。


「行くぞ休暇ぁ!」

「訓練休みぃ!」


 新人騎士たちが押し寄せてくる。20人程か。下半身をさらに落とし、大地との反発力を伝えるように身体を回しつつ、拳を放つ。発勁の勁とは魔力のようなものではない。実際には運動量なのだ。全身の運動量の伝達により、ただ拳を放つより強大な一撃を撃てる。


「ぐぼぁ!?」

「ふげぁ!?」


 大怪我になったら訓練は続けられないから、痛くはするが怪我はさせない。太ももに蹴りを入れ、下がった上半身の隙から、鳩尾みぞおちに掌打を叩き込む。隙が多い。こっちは脇が開いている。そっちは棒立ちだ。打ち込みたい放題だ。お、隙が少ない奴もいるな。構えを変えて、腕を伸ばすようなイメージでその技を放つ。


「通背掌!」

「なっ!!」


 さすがに距離があるから油断していたな。その油断は命取りだ。吹き飛ばした騎士を横目に、振り向きざまに襲い掛かってきた騎士を肘で打ち抜く。動け、動け。次々とかかってくる騎士をすべて沈めるのにかかった時間は5分ほど。皆立ち上がってくる気配はない。うめき声だけがあたりを支配する。


「やっぱりこうなったかぁ……」


 ノジマが予想していたかのように、そういう。もっと訓練をきっちりやるべきではないか?


「さて、さっきの話を聞きたいんだが、誰に教わった?その技」

「……ムシコロンに」

「ムシコロン!?あいつ格闘技できるのか!とんでもない機体じゃねぇか別の意味で!俺も教わろうかな……」

「それで、俺はいつ蟲機を相手にできる?」

「まぁ待てタケル。確かにお前は強くなった、下手したら俺より強いかもな。蟲機もしとめることも不可能とは思わん」

「なら」


 ノジマが手で俺を制した。


「どういうからくりかは知らんが、急激に強くなる今やってる方法を使うのはやめろ。これからは騎将キャリバーの指示で訓練だ。でなければこの話はなしだ」

「知っていたのか?」

「知っていなくても、普通じゃないのはわかる。これ以上やっても身体にダメージがかかるだけだ」

「……わかった」

「一週間後から蟲機と戦わせる。そこで倒せるなら、俺たちと共に戦う仲間として認めたい」


 ノジマはそういうと、新人騎士たちを訓練に参加するように指示を出す。俺はノジマが出した指示通り、空いている騎将のところに行って訓練をすることになった。一週間後、必ず蟲機を仕留めないと。


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