第8話 討滅


 訓練相手が新人騎士ではなく、蟲機を倒せるレベルの騎将キャリバーたちになるという。それならそれで強くなれるし、蟲機討滅への近道にもなる。どのみちワシントンは俺とミナ、ムシコロンだけではたどり着けない場所なので、そういう意味では急がば回れだ。


 早速ノジマが相手になると言ってきた。何故か上着や上半身の服を脱ぎ始め、半らになる。なんでだよ。


「ほら、さっさと準備しろ。お前のための特別教室だ」

「……なんで脱いでるの」

「動くと暑くなるからだ。おまけに服が重い。その前にさっさと脱いでおこうと思ってな。お前も脱ぐか?」

「いや、遠慮しておく」

「さて。新人とはいえ騎士20人を倒した奴は、素人扱いする気ないからな。潰す気で行く」

「潰すのは勘弁してくれ」


 無言で突いてきたノジマの突きが速い。新人訓練の時の三割り増し程度は速いのではないか?先程の連戦で少し疲労を感じているのか、身体の反応が鈍い気がする。受けられることは受けられるので、そこはムシコロンに感謝である。連撃が止まらない。これが騎将キャリバーの技の本性か!速いのに重さを感じる!受けてなければ今頃吹き飛んでるぞ。


「おらおらおらおら!どこ見てんだ!」


 そんなことを言ってくる余裕がある。今度は上段の回し蹴りじゃないか。敢えて踏み込んで受ける、その方がかえって安全だ。まともに蹴らせたら脳震盪で済めばいいかもしれん。腕が痛い。


「……お前をからな。刈らせてもらう」


 ノジマが脚を深く沈め、深く呼吸する。気配が変わった。何を出してくる?そう思った、次の瞬間。


 ……突然目の前が真っ暗になった。何をされたかすら全くわからなかった。超スピードの攻撃で一瞬にして俺は意識を刈り取られた。


 目を覚ましたのはすっかり日が暮れた頃だった。どうやら病室のベッドである。ノジマにこっぴどくやられたようだ。最後の技だけは見当がつかない。掌打が一瞬見えたような気がするが、どこに食らったんだ……?。


「タケル!目を覚ましたの!?」

「……ミナか……すっかり訓練ができなかったじゃないか今日は……」

「何言ってやがる。お前丸一日以上意識失ってたんだぞ!」


 ノジマがいつのまにか来ていた。


「どういう……ことだ?」

「そりゃこっちが聞きたい。内頸で意識飛ばしてやったのは確かに俺だが、まるで数日寝てないかのような感じだったぞお前」


 夜は寝てたつもりだったがな。ムシコロンの仮想現実バーチャル訓練しながら。


「寝てたと思うんだが、仮想現実訓練で」

「ムシコロンに聞いたよ。仮想現実って、意識は起きてるらしいじゃない。タケルは丸三日寝てなかったってことだって」


 ミナのその言葉に、俺は愕然とした。三日寝てなかっただと?


「そんな状態のお前に吹き飛ばされる新人は全員訓練し直しだが……タケル。一度だけいう」


 ノジマが真剣な表情になった。


「……次は止めない。お前がどうなろうが」

「そうか……」

「……とはいえおまえ、仕組をわかってなかったのか。確かにそれで恐ろしく強くなったのは確かだし、うまく付き合えば強くなれるわけか?」

「それは、そうだと思う」

「なら、止まるなとは言わない。だが、スピードは抑えてもいいんじゃないか?」


 スピードを抑える……その発想はなかった。それにしたってタオルだけ首からかけているのはどういうことなんだよノジマ。服を着てほしい。


「上のいうことは必ず聞けとはいわないが、聞かないで失敗するより聞いて失敗したほうがいい。なんでかわかるか?」

「え、なんでだ?」

「もし失敗したとき、一緒に考えられるだろ」


 そういいながら笑顔を見せる。ミナさんは相変わらず目を輝かせている、あんたも好きだね美形が。しかしそういう考え方もあるのか。サポート役としてのノジマは優秀だ。服さえ着てくれていれば。


「わかった。……明日からも、俺は止まらない」

「なっ、お前俺のいうこと聞いて」

「でも、ゆっくりでも、前に進むよ。そうしないと間に合わないかもしれないから」

「こいつ……しゃあねぇ。だったら俺が、俺たちが間に合わせてやるから。だから、今日は寝ろ。明日からしご……止まらないんだったな。やりづれぇ奴だな、ったく」


 そういうと、ノジマは手を振って部屋から出て行ってしまった。ミナが何かいい匂いのするものを持ってきた。なんだこの赤いの……


「りんごっていうんだって。すごく美味しかった。タケル……倒れるまでやるって言って倒れたら元も子もないんだからね」

「わかったよ」

「これ皮っての、むいて食べるんだって。半分こ……する前に一つ約束」

「なんだ」

「次倒れたりする無茶したらもう何もしてあげないから!」

「わかったわかった」


 そういわれるとすごく困る。……ミナが不器用ながらむいたりんごは、みずみずしくこれまで食べたことのない甘さ……香り……美味しさだった。


 翌日からは、まじめに、そして普通に、訓練に取り組んだ。騎将キャリバーの打撃が、蹴りがここまでのものかと痛感する。何度も吹っ飛ばされる。だが、その一方で全く届かない高さではない。ムシコロンとの訓練は無駄ではなかった、そう思う。


 夕方には痛む身体でムシコロンのコクピットに乗る。そこからは再度夜まで仮想現実バーチャル格闘訓練だ。蟲機サイズのムシコロンに何度も殺される。時間になったらムシコロンがアラームを鳴らして知らせる。


「もう寝る時間か……」

『早く寝ろ。もう我もあのような詰められ方ミナにされたくないぞ、本当に怖かったんだからな……』


 ミナのやつどんな脅ししたんだよ……ムシコロンが震えあがってるぞ。俺も怖くなってきたからさっさと寝る。時間がもったいないと思っていたが、寝る時間はやはり必要だ。


 一週間後。


 俺は複数の騎将キャリバーと訓練をしている。相変わらずすごい速さで移動するアリサ。動きを予想して置いておいた俺の拳が、アリサの腹をかすめる。


「……!当たった!?」

「かすっただけでは?」

「でもすごいよ!ぼく速さだけは自信あったのに……」

「まぐれ……でもないか。予想が当たったから」

「すごいよタケルくん!これなら、明日から蟲機討伐行ってもらっていいと思う!」


 アリサが俺の手を両手で握って喜んでくれている。あ、やべ、と思ったがもう遅い。ミナの目が怖い。


「ちょっとアリサさん!タケルにちょっかい出さないで!」

「えっ、そ、そんなつもりは……」

「タケルもでれでれしない!」

「してねぇっての!」

「ぼくタケルくんが優秀な騎士になれそうで喜んでただけなのに……」

「アリサさん今までそういうことやってたんですか?」

「うん」


 ミナがちょっとイラっとしている。ノジマもうなづいている。小声で「いいぞ、もっと言ってやれ」とか言っている。


「そういうのあんまりよくないですよ!勘違いする男絶対いますよ!」

「そ、そうなのかな。でもぼく男っぽいし気にならないんじゃ」

「アリサさんきれいなんだから!なりますよ!ダメ!絶対!」

「はぁい。なんでぼく怒られてるんだろ……」


 まぁ隙が全く無かった感じじゃないから、いわれるのも無理はないけど。水などのんでひと段落していると、何やら警報音が鳴りだした。


「おい、こいつは……」

「緊急で討伐に向かえとマキナからの指示だ!」

「キリュウ!わかったすぐ行く!」

「そうだ!タケルくんも来てよ!ちょっと前倒しだけど問題ないよね!?」


 まぁ実際お墨付き貰ったところだからな。早速仕留めに行こうか。格納庫から古い強化歩兵パワートルーパーを借受ける。ムシコロンが俺を見つけてきた。


『いよいよか。我もついていっていいか?』

「手伝わないでくれよ」

『討伐が済むまでは手伝わぬ。その代わり討伐出来たら我の好きにしていいよな?』

「それはそうだろ」


 ならよし、と言わんばかりにムシコロンが唸りを上げる。お前のが気合入れてどうすんだよ。果たして、向かっていった先にはやや大きめの蟲機が壁を喰らっていた。


「壁を、食ってるだと?」

「ぼさっとしてないでタケル!」


 ちょっと驚いたがうかうかしてはいられない。壁の中の生体筋組織が狙いか?あれ美味しかったしな。壁に穴を開けて液体を流し込もうとしているのも見て取れる。背後に静かに近寄って、無言で脚を開き、腰を落とす。強化歩兵であってもやることは同じだ。


 蟲機の胴体に掌打を打ち込む。浅いっ!?焦ったか!?蟲機が機械音のような、怪物のような奇声を発する。こちらに向き直る暇は与えない!仕留める!


「はあああぁぁぁぁ!!!」


 再度の掌打は、今度は勁が乗った。水銀が流れ込むような重い力を叩き込む。奴が流し込もうとした液体が、機体内部に流れ込んだようだ。奇声が、絶叫に変わった。そのまま何度も何度も掌打を叩き込む。動かなくなるまで叩き込み続ける、それだけだ。


 蟲機が俺に向かって腕を振り下ろそうとした。だが、もう遅い。まともに動かない機体でのその攻撃は、無意味だ。機体から、液体が流れ出る。そのまま蟲機は前のめりに倒れていった。


「蟲機討滅、完了」

『見事だタケル。次の敵が来たら我の一撃もお見舞いする……いい獲物が来たぞ!』


 でかい。あれって上位蟲機ってやつか?ツノが二つ生えたその蟲機に、ムシコロンが猛然と向かって行く。地面にその四足の脚をつけ、踏みしめる。あの構えはっ!!


「滅蟲猿猴!ムシコロン!」

『通背掌!』


 一撃で大型蟲機の胴体に大穴を開けたムシコロンの腕は、伸びていた。そして元の長さにもどる。


『……って変な煽りを付けるな!』

「腕の長さを動かせるなら威力も上がるか……今のは上位機か?」

『残念ながらせいぜい中位だな』


 核融合炉が手に入らなかったのは残念だが、それでも蟲機を撃破できた経験は生かされるのではないか。蟲機の残骸を見ながら、俺はそう思った。

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