第9話 生体核融合炉


 蟲機の残骸を回収していると、ククルカンがやってきた。相変わらず白い人だな、見た目的に。


「討滅できましたか」

「ああ。約束は守った」

「はい。こちらも約束は守りたいと思います」


 約束。そう、俺たちがミナを治すためにワシントンに行く手伝いだ。いろいろ大変だった。


「しかし、そのためにはいろいろと準備が必要になります。まずは何はともあれ核融合炉が足りません」

『我にも足りないからな。核融合炉なら喉から手が出るほど欲しい』

「バァ……おっと。ムシコロンもそうでしたね。ですが、私たちにも置き土産として必要なので」

「置き土産?」


 ククルカンは少し疲れたような顔でいう。


「セントラルで、こっそりと取引をしている相手の方がご所望でして。十分な量の核融合炉と蟲滅機関の強化歩兵パワートルーパー。それと引き換えならアメノトリフネをお譲りくださると」

『なるほど。悪くはない取引に聞こえるが』

「それで、核融合炉は何個くらい必要なんだ?」

「40基は欲しいところですね」


 そんなにかよ!ちょっとやそっと上位蟲機倒しても貯まらないぞそれは。


『我も15基欲しい』

「欲張りすぎだろお前も」

『縮退炉動かすためには必要なのだ』


 だから縮退炉ってなんなんだよ。いずれにしてもそんな数どこで入手できるのか問いたい。問い詰めたい。


「確かに、普通にはそんな数を入手するのは困難ですね。そこで、普通ではやらないことをやろうと思います」

「普通ではやらないこと?」

「後で全員を集めて作戦会議を開きます。来てもらえますか?」

「いや、それは行くけど……」

「それでは、よろしくお願いします」


 そういうとククルカンは行ってしまった。核融合炉をそんなたくさん入手できるところがあるとも思えんが。


 ひとまずムシコロンたちと残骸回収して、格納庫に帰ってきた後、作戦会議室とやらに向かう。200人程の人間がそこにいた。蟲滅機関のほぼ全員が集まっている。


「こんなにいるのか」

「タケルくんは前の方にいてください」


 マキナに案内されて騎将キャリバーの後ろに座らされる。しばらく待っていると、ククルカンがやってきた。


「お待たせしました。常日頃みなさんの尽力、感謝しています。今回は私から、ある作戦について説明したいと思います」


 壁の一面の色が変化していく。何かの図が浮かび上がる。かつて存在したイカという生物の外皮を模した壁だと聞いたが。


「ご存知の方には復習という形になりますが、蟲機の巣についての説明をしたいと思います。蟲機はその大きさはさておき、社会性昆虫と同様の生態を有しています。一つの巣には、通常一体の『女王』が存在します。女王は蟲機の素体を生み出す存在ですが、生体核融合炉を有しています」

「核融合炉?」

「核融合炉は他の蟲機は有していません。代わりに大容量の生体電池を有しています。蟲機のエネルギー源は電気的に生み出された水素と酸素を反応させた電子伝達系であり、女王の電気は不足した蟲機の電気を補充するために使われています。また、こうして発生させた酸素分圧を高めることで、蟲体の隅々まで行き渡らせ、巨大な蟲体を維持できるのです」


 生物でありながら機械、という存在の蟲機の実態というやつか。ククルカンはどこで知ったんだろうか。


「巣の蟲機を撃破しても得られる核融合炉は通常一つなのはこのためです。しかし我々は、もっと多数の核融合炉が必要です」

「先生」

「どうぞダイナ」


 ダイナが手を挙げている。それを見たククルカンはにこやかに応える。


「通常は、ということはもっと多数の核融合炉を手にできる場合があるということか?」

「そうです。それについて今から説明したいと思います」


 多数の核融合炉を手にする方法か。それがあるなら喫緊の問題は解決するな。


「多数の核融合炉が巣に存在するタイミングですが、巣の代替わりの時です」

「代替わり?」

「蟲機の機体は硬く、強大な反面、寿命は短いという特徴があります。このため、代替わりを行うために大量に、百機ほどの次世代の女王を作り、一番強い機体が次の女王となります。他の機体は廃棄されるようです。廃棄される前のタイミングで巣を襲撃すれば、大量の女王、つまり核融合炉が得られるということになります」


 シンプルだな、問題は蟲機の巣を襲撃するなんてことができるかって話だが。


「もちろん普通では蟲機の巣に飛び込むなど自殺行為です。しかし、我々にはバ……ムシコロンが存在します。ムシコロンを突撃させ、巣の中の蟲機を殲滅させることが狙いです。その支援を騎将キャリバーの皆様にはしてもらいます」

「なるほど……」

「ぼくたちは入口を塞ぐってことだね」

「タケルくんとムシコロンは大変ですが、不可能というレベルではないかと」


 そう期待されるのはありがたいところだ。いずれにせよやるしかないならやらないという選択肢はない。


「わかった。よろしく頼む」

騎将キャリバーのみなさんや、騎士の方々には巣への突入支援と、周辺の警戒をお願いします」

「了解した」


 こうして翌朝早くに突入作戦が決行されることになった。作戦に関わる全員、遺書を書かされている。俺も書くことにした。ミナのことだけはよろしく頼むと。遺書を書いたのち、ムシコロンに作戦を連絡しにいく。


 ……ミナがムシコロンと何か話していた。和やかな雰囲気だ。


「……れで、ムシコロンのできた頃ってどんな時代だったの?」

『戦争しかしていなかったが、それでも今よりは豊かな時代だったな。絶滅戦争など起きなかったら人間は地上にいただろうなまだ』

「地上ってどんなところだろ?」

『次の作戦がうまく行ったら行けると思うぞ』

「ミナ」

「なぁに、タケル?」


 俺は遺書のことを思い出した。蟲滅機関は俺が死んだあとミナをきちんと助けてくれるだろうか?


「機関の人たちとは仲良くしてるか?」

「うん。みんないい人だよね」

「何かあったら、頼るんだぞ」

「どうしたのタケル?」

「ムシコロンと作戦について話があるから、先に休んでてくれるか?」

「わかった。あまり遅くならないでね」


 あまり心配はかけたくないからな。中座してもらった。ムシコロンに作戦を伝えた後、遺書についても告げた。


「俺も遺書を書いた。何かあってもミナのことだけは最期まで頼むと」

『そうか。……我も遺書を書いたほうがいいか?』

「おまえが遺書書いてどうすんだよ」

『いや、我も参加するしその作戦。死んだらと思うとな』

「書くのはいいけど誰宛てだよ」

『……ミナ宛くらいしか思いつかぬな今は』


 おまえもかよ。書いてもらってもいいけど、意味あるのかそれ。


『一応何かの時のための蟲化病緩和薬2年分用意した』

「2年持つのかよ」

『無理をしなければな。……ほんと、寝たきりだぞ最後の一年は』


 死ぬよりはマシなのかなそれでも。


「まぁなんにせよ、蟲滅機関にミナのことを頼む状況にならないようにするしかないだろ」

『それはまぁそうだな』

「あと、遺書は連名にしとくから、ムシコロンと俺の。それとさっきの薬の件も書いとかないとな」

『わかった。名前だけ書かせろ』

「……ってお前ムシコロンって名前書いとかないと誰かわからねえじゃねぇか」

『我にムシコロンなんて名前つけたのは汝だろうが!』


 はぁ、細かいことは気にすんなよムシコロン。細かい男はモテないぞ。


 翌朝、普段なら寝ている時間に俺たちは出撃してゆく。蟲滅機関の保有する戦力のほぼ7割を投入して行う作戦だ。もしヤバそうならさっさと撤退するしかない、そうでないと蟲滅機関はもたないだろう。保安部とかに取り込まれたりすることになったらミナがいろいろ危ない。


 ムシコロンのシステムのチェックを行ってみると、三割くらいのシステムのランプが緑色になっている。残りは橙色か赤だ。


「復旧率38%と言ったところか……こんな状態だがやるしかないな」

『兵装がひとつ復旧したが……あまり使いたくない代物だ……』

「こんな状況だ。使えるものは全部使うぞ!」

『わかった……だが、あまり無節操には使うな』


 なんだよそんなに使いたくない兵装って。いろいろ調べていると、左腕にその兵装が追加されている。これはどうやって使うのだろうか?


 地下の空洞を伝っていくと、蟲機の巣が見えてきた。かなりの大きさだ。セントラルほどではないがかなりの大きさの建造物と言っていいそれが、蟲機の巣だとは。何体かの蟲機が俺たちに気がついたようだ。無論容赦なく襲ってくる。騎士たちが戦い始めた。


「つ、強い!?」

「数も多い!くそっ!飛びやがって!」


 これまで戦ってきた蟲機と比べて速い。おまけに空中で止まったり躱したりして、騎士たちも仕留められない。蜂型、とククルカンは呼んでいた機体は、純粋に強い。騎士が次々と吹き飛ばされたりしている。このままではジリ貧だ。


「復旧した兵装、使うぞここで!」

『やむを得ん!セイフティロック、解除!』

「うおおおおぉぉぉぉ!!殺虫剤!ネオ・ニコチノイドぉぉぉぉ!!」


 左腕に装備していた殺虫剤を噴霧する。至近距離で浴びせた蟲機の外殻がぼろぼろと崩れ落ちてゆく。蟲機を構成する外部の蟲が死んでいるのだ。外殻の孔が見えた。


「殺針接続!ムシコロン・アースストライクううぅう!!」

『致死濃度のネオニコチノイド、その身で味わえ蟲機!』


 右腕の針を孔に突き刺し、ネオニコチノイドを注ぎ込む。蟲機は動かなくなっていく。他の蟲機の動きも明らかにおかしくなって来た。だがおかしい。


「ムシコロン?なんか奴ら寄ってきてない?」

『ネオニコチノイドには、ある種の昆虫に誘引性があることがわかっているからな……』

「だが、これはうまく使えば!」


 殺虫剤を散布しながら蟲機たちを誘導してゆく。蟲機の巣の周りをぐるっと周りこみ、別の入口を見つける。


『見つけたぞ。ここから突入する!』

「わかった!外は任せた!いくぞおおおお!」


 俺たちは絶叫とともに蟲機の巣に突撃していった。蟲機との死闘が開幕したのだ。


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