第10話 女王
巣の中に突入していった俺たちは、闇の中にいた。完全な闇であるのは確かであろう、人間の可視光においては。……赤外線を検知することができるムシコロンにとっては、巣の中は闇の中ではない。こちらが見えていないと思っているのか、蟲機が避けもせず体当たりをしてこようとする。突進してくる機体の速度は、人間には知覚できるかどうかすらわからないレベルだ。
……速さには速さで対抗する。蟷螂拳の構えから最速で腕を振り下ろす。ぐしゃりと頭がつぶれる感触が伝わる。硬いとはいえムシコロンの外殻ほどではないということか。
「ムシコロン、お前の体何で出来てるんだよ……」
『我の主要構造材は鉄・タングステン・モリブデンの高靭性合金と炭素繊維の積層構造体だから、蟲機よりは頑丈だろう。ただ、下半身はなぁ……』
「言っとくが下位蟲機でも距離空いたら銃弾はじくし、上位蟲機は爆発物でもない限り外殻抜けんからな」
蟷螂拳の構えから次々と蟲機を粉砕してゆく。目にもとまらぬ速さ、というのはこういうことを言うのだろう、訓練の成果で見えるけど。
『相性というものがある。人間すら殺せるオオスズメバチだが、オオカマキリには捕食される』
「なるほど。だから蟷螂拳か」
そんなことを言いながら次々と蟲機を残骸に変えてゆくが、肝心の女王の姿は見当たらない。数が多いのも問題だ。
「ネオニコチノイドは使えないのか?」
『残弾を補充するには時間がかかる。それに環境への影響を考えるとむやみに使用したくない。ピレスロイド系の方は比較的環境への負荷が小さいから使いやすいが、忌避効果が今は問題だ』
逃げられるのも厳しい。今だけは逃げられると困る。さらに核融合炉を持ち逃げされたりしたらたまったものではない。
「赤外線センサーで見える範囲には敵いないぞ。巣の構造ってどうなってる」
『複数の層から形成されているから、他の層に移動するしかないな』
移動を開始すると、また突っ込んでくる蟲機たちに遭遇する。次から次へとしつこい。たかってくるんじゃねぇよ!
「女王はどこだ女王は」
『核融合炉が手に入らんぞ、そいつを見つけないと!』
だんだんと焦り始めた俺たち。一体何機の蟲機を倒しただろうか。消耗というほどの消耗はないが、精神的には追い詰められている。せっかくの突入作戦が失敗してしまうのはまずい。俺たちが勝っても、蟲機の群れを逃がしては意味がない。何より外で俺たちを待っている、騎士や
「ここにもいないか」
『最後の層だ。女王だけでも仕留めないと……と熱源多数!?BINGO!』
「ビンゴってなんだよムシコロン」
『あとで教えて……いやみんなで大会でもするか!この戦いに勝ったらな!』
「何だかわからんが、楽しそうだ!」
思った以上に多数の蟲機が残っている。この数を格闘のみで沈めろと!?持つのかムシコロンとは言え。
「殺虫剤使えないのか!?」
『使えない!考えてみろ、生体核融合炉が死ぬぞ!何のために我らがここにいるのかを考えろ!』
そういいながらも裏拳で背後から襲ってきた蟲機を吹き飛ばす。次からつぎへと群がり来る蟲機を、どんどん殴り飛ばしていくが、ムシコロンの拳の切れが悪くなってきている。
「おい、疲れてるわけじゃないだろ!?」
『動力系にトラブルだ。右腕の修復に時間がかかる』
「左腕だけであと数百戦うのか?……待て。ムシコロン、考えがある」
『何だ?』
ムシコロンの動きがさらに悪くなってきた。蟲機が取り囲むようにたかってくる。そのままあちこちを破壊れる距離で、俺たちは仕掛けた。片側のブースターのみを起動させ、高速回転しながらそのまま内蔵兵装をぶっ放す。
「零距離殺蟲霞弾!スパイラル・ムシコロン・シュウウウウタアアぁぁぁぁっ!!」
『全方位への霰弾、避けられるものなら避けてみるがいい!』
霰弾が蟲機に当たるたび、無数の蟲機が残骸と化して巣の中に突き刺さって行く。一度に吹き飛ばした蟲機たちの間から、一回り大きな機体が抜け出そうとしている。逃げるつもりか?女王さえいれば再起できるという考え方か。そうはさせるつもりはないがな!
「ムシコロン!逃がすな奴を!」
『いわれなくとも!動けなくしてやる!』
ムシコロンが女王に掴みかかり、その脚を逆方向に曲げてゆく。
『外骨格の弱点は関節だからな!関節技は質実剛健!へし折れろ!』
すさまじい音とともに脚がへし折れた。機体の出力は今のところは変わらないはずなのになんという力だ。複数の腕と脚をへし折り、ねじ切って行く。それでも女王は移動しようとしている。飛んだ、だと!?
「こいつ、飛べるぞ!逃がすなムシコロン!!」
『ここで逃すわけにはぁ!!ブーストっ!』
何らかの推進ガスと羽膜で飛んで逃げようとする女王を、背後からブーストでこちらも壁にめり込ませてゆく。めりこんだ女王をそのまま不定形の捕食部位でムシコロンが取り込み始める。
『蟲滅機関には悪いが、先にいただかせてもらう!』
「逃がすよりはマシか」
『そういうことだ』
そのままムシコロンは、核融合炉ごと女王を取り込み切った。緑色のランプが一気に増える。それと同時に赤ランプがかなり減った。
「おお……システムの修復速度が上がってきている」
『それより残敵の掃討をせねば』
女王を取り込んだムシコロンの出力が、一気に倍以上になっている。想定通りではあるが、ここまでとは。残敵を適当に片腕で殴り飛ばしつつ、熱源を探し程度する。15分ほどで敵影はなくなった。そのまま慎重に外に出ようとすると……撃たれたぞおい!!
『違う!我だ!蟲機じゃないっ!』
「ムシコロンだと!?ということは全滅させたのか!」
ノジマの声がする。俺も返答する。
「そうだ!動いている蟲機はもうない!女王はムシコロンがつまみ食いしたが、まだ多数の製造過程の女王機体がある」
「マジかっ!やりやがったなお前ら!」
「よくやりましたっ!……あとで請求しますからねらムシコロン」
マキナの言葉に、頭部をかいてゴマかすムシコロンだが、あの場合は仕方ないだろう。逃走されるくらいならつまみ食いの一つもした方がいい。
外の敵はあらかた排除されていて、蟲滅機関の戦闘力はバカにならんなと再確認できる。俺とムシコロンが本気でやったらそりゃ潰せるだろうけど、現時点では。周囲を見回していると、爆発音が続けて起こった。何が起こった!?
「ユウナさん!やりすぎですよ!」
「そうかなぁ?」
「跡形もなく破壊したら資材として使えないんですよ!?」
「……はぁい……」
ゆるふわな感じの女の人がマキナに怒られてる。あいついっつも怒ってないか?
『それ我がもらってもいいか?』
「はぁ……仕方ないですね。ご自由にどうぞ」
「うわぁ……ありがとうございます!お優しいのですね」
ムシコロンがまた頭をかく。こいつ、美人に褒められたからって照れてんじゃねぇよロボットのくせに。俺はコクピットを開けて出てみる。
「そちらは?」
「はい。ユウナと言いますぅ。よろしくお願いしますね。タケルくんですよね?」
「タケル、見た目に騙されるなよ。ユウナは
ノジマが変なことを言うが、こんな見た目で?女性としては少し大きめだが、戦いには全然向いてないように見えるんだが……。
「嘘でしょ?」
「よく言われ……ますねぇ」
ウソだろ、見えなかったぞ。いつの間にコクピットの横に乗って来たんだ!?高速すぎる。ムシコロンすら反応できなかったみたいだぞ。
『アエエェ!?ニンジャ!?ニンジャなのか汝!?』
「あらぁ?びっくりしちゃいました?」
「急に姿消して出現したらびっくりするわそりゃ。なるほど……最強なわけだ」
「ムラサメさんに比べたら全然ですよぉ。はあぁ。ムラサメさんがいてくれたらなぁ」
誰だよムラサメって。ユウナより強いとかどんな世界なんだ。ノジマがまた続ける。
「ムラサメはユウナより前の最強の
「2倍……人間なのほんとに」
「ムラサメさん、行方不明になったのって駆け落ちだってうわさもあるんですよぉ。いいなぁ……」
駆け落ち???なんなのそれ。
「だって考えてみてくださいよぉ。わたしよりはるかに強いムラサメさん、どうやって死ぬんですか?」
「そりゃ人間だから死ぬときは死ぬだろ」
『でもそこまで強い奴が、そんな簡単に死ななそうなのも確かだな』
「それもそうだが」
俺とムシコロンも言われてみれば、と言う気にはなっている。
「いいなぁ……セントラルで好きな人の子供産むとか恋愛とかできないじゃないですかぁ……」
『そんな前世紀の発想をするのはやっぱりニンジャなんじゃないのか?女のニンジャってクノイチだったな』
恋愛ってなんだよ恋愛って。ムシコロンもパニックになってないか。
「いずれにせよ女王の素体を持ち帰ろうぜ。一手間かかるが、ムシコロンなら持っていけるだろ、なん往復かしたら」
『核融合炉を先に取り込めるなら更に早く作業を進めるが、どうする』
「その方が良さそうだな。マキナ、構わねえだろ?」
「……仕方ないですね。その代わり全部持っていってくださいねきちんと」
ふう。これで作業が捗りそうだな。俺たちは女王の素体を回収する作業を進めていく。撤収作業の方が交戦より時間がかかってるが、戦争と後始末だと後始末の方が長いのが歴史的には普通だとムシコロンも言っていた。
……あとは戻ってビンゴ大会でもすればいいんじゃないか?などと思い機関に戻った俺たちは、銃を突きつけられていた。セントラルの保安部の連中に。
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