第19話 遺伝情報
硬いものを砕くような音が響いている。絶叫が聞こえる。ムシコロンが叫んでいるからだ。
『痛い痛い痛い!我に痛覚つけてどうするんだミコト!』
「痛くなければ覚えませんって昔の偉い人は言っていましたからね」
『なんでこんなことになっているのか……』
そりゃ無理な補修を重ねてあちこちがまともに動作してないからだ。ソフトウェアもウイルスだらけ、ハードの方は動作に不具合があるパーツの残骸が融合してまともに動けやしない。これでよく動いてたもんだ、半分くらいは俺のせいだが。
「補修パーツにしても無理矢理蟲機のものを使うなんて論外!素体細胞から組織を再構築して追加するわ」
『それどのくらいかかるんだ?』
「木質組織内に培養槽を作って、バイオニクス構造形成を試みる実験には成功してるから、それを組み合わせて急拵えの素体を作るの。概ね一週間もあればいけるわ」
『たったそれだけで!我自身だと年単位かかるのに!?』
技術者半端ない。もうこの人だけでいいんじゃないかな。
「それでも元の機体の性能の60%出ればいいところよ。核融合炉は直せても縮退炉を無闇に使うのには反対」
『反対と言われても、使わないと勝てない奴いたらどうするんだ』
「まだ痛い目みたいようね……」
『わ、わかった、善処する!!』
あちこちの残骸を排除していくうちに、素体の部分が見えてきた。癒着した組織が素体に悪影響を及ぼすとミコトは言っているが、これまで無理に無理を重ねてきた結果がこれだ。切除だけでもかなりの時間が取られ、バイオニクス組織をミコトが切除してどこかに持っていった。ムシコロンはもう悲鳴すらあげない。
「修復の時には全ての回路を接続するから。激痛かもしれないけど」
『この上激痛だと!?鬼!悪魔!ミコト!!』
「つべこべいわない!自業自得よ自業自得!!」
完全にそうかと言われると疑問符は無いわけでもないが、まあとにかくここは
「そういえば今ここで使われてる
「俺と先生だ。ノジマの手も借りている」
キンジョウが手を挙げながらいう。小首を傾げながらミコトがしげしげと
「そう。……悪くはないんだけど、ファビュラスというにはやや足りないわね」
「ファビュラスってどう言う意味なんだろ」
アリサの身もふたもない言葉に、ミコトは特に気にしないように返した。キンジョウにこんなことも聞きつつ。
「最高ってところかしら。これ、上位蟲機の素体使ってる?」
「正解だ。なんでわかる?」
「形態学って知ってる?生物間では、一見違っていても中身を見ていくと同じ起源のものがあるの。バイオニクスの産物であるしている蟲機も、あなたたちの機体も同様ね」
「バイオニクス技術に関しては俺は素人だからな。これ以上のものとなると……」
「素体はそのままで、それを発展させることができる、としたら?」
「えっ、これこれ以上強くできるんですか!?」
「信じられない……俺はバカだからどうやったらそんなことができるのか全くわからないが」
「バイオニクス技術の基礎は何?そう言われたらみんなはどう答える?」
俺たちはめいめい考えだした。俺も少し考えてみることにした。……やはりだ。
「……遺伝情報?」
「タケルくん、正解。タケルくんに10ポイント。ここは昔から膨大な生物の遺伝情報を収集していた場所なの。その遺伝情報を用いれば、目的の素材や構造、化学反応を手にできる」
何のポイントだ何の。それはさておき、遺伝情報から化学物質や構造を手にするのは、バイオニクスが現実のものになったこの時代ならともかく、過去においてはあくまで想像の域を出なかったものだろう。
「なので、
「わかりましたぁ……どう強化しよ……」
「考えるのは苦手だ……」
めいめいが強化について考えている様子だ。俺は気になっていることを聞いてみた。
「そういえば、ミナの治療に役立つ情報は無いのか?」
「……私自身の実験が、そうね」
ミナの身体に核融合炉仕込むとか?おいおいやめろ。
「核融合炉はちょっと……」
「そこじゃないわよ。蟲機の体内で発現している遺伝子を使って、蟲化病の進行の抑制ができるってことよ」
「なるほど」
「ムシコロンが使ってた蟲化病の進行抑える薬は、住血吸虫の感染経路を無茶苦茶にする薬みたいね。併用は可能かも」
「マジか!」
ミコトは少し笑顔を見せた。
「蟲化病の子たちを連れてきて。治せるわけでは無いけど、私自身が役立つと思うわ」
そう言われたら待ってはいられない。俺は脱兎の如く駆け抜けてミナたちを呼びにいった。効果が期待できるといいのだが。
それから数日後、ミナたちの症状には更なる改善が見られた。ミコトも元気にムシコロンをしばいて……もとい修理していた。素体の骨組みをムシコロンに組み込み直しているようだ。ミナがムシコロンのところを訪ねる。
「ムシコロン、調子はどう?」
『最悪だ。だが、直るの自体は悪くない』
……こいつ……さっきまでと違ってカッコつけたぞ。さっきまで奇声みたいな機械音だしてただろお前。ミコトにも冷たい目で見られている。
「そう、やる気があって何よりね。今日中に修復シーケンスのフェイズを5まで進めても問題なさそうね」
『予定通り4までで頼む』
「へたれはさておき、タケルくん。この先だけど、わたしもついて行きたい」
意外な気がする。ミコトはセントラルからの逃亡者じゃないか。ムラサメもだが。
「ムラサメくんもついて行きたいって言ってるわ。元々蟲滅機関の人だし、是非連れて行ってあげて。彼の専用機も作りたいしね」
「ククルカンが責任者だからなぁ。ククルカンが同意するなら問題ないんじゃないかな」
「そうね。早いうちにククルカンに聞いてみるわ。ところで、ムシコロンの修理が終わったらどこに向かうつもり?」
「ワシントンD.C.に向かう予定のはずだが……」
ミコトの顔が曇った。
「タケルくん、それは自殺行為よ。ククルカンに言ってやめさせないと。地上も蟲機だらけだけど、海にも蟲機を超える甲機がうじゃうじゃしてるわ。甲機の戦力は蟲機並みだけど……
それはまずいな。ではどうする?
「一つ、考えがあるわ」
「ミコトさん、考えってなんだ」
「藩陽サーバ……あそこにはかつて藩陽軍区で開発された海戦型強化歩兵のデータがあるはずよ。だから、私たちは藩陽を目指すべきなの」
藩陽?それはどこだ?ムシコロンが答える。
『藩陽ってことは中国か。海を渡るのに違いはないぞ』
「それでも太平洋を横断すると言う自殺行為に比べたら現実的な気はするわ」
『自殺行為か……』
俺たちはしばらく考えこんでいる。藩陽、そこにいけば何かが変わるのだろうか?
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