第3話 獅子心中の虫
ごりごりごきゅんという音とともに蟲機を食い尽くしたムシコロンが、四本目の脚も生やすことができた。俺の方も最低限のソフトウェア修正が済んだ。しかし酷いなこのソフト側の異常は。ここまでになるまでなんで放置していたんだ。などと思いつつ作業していると、ムシコロンが何かデータを渡してきた。
『……れを渡しておこう。使い方はソフトに入っている』
「わかった。それよりムシコロン、ソフト側の修正はひとまずここまでにしときたい。キリがねぇ。どうしてこんなになるまで放置してたんだ」
『むむ。すまぬ。ハードの修復で手一杯でな。こちらも脚が四本生やせたから、最低限の機動力は確保できた。とはいえワシントンまで行くのは自殺行為なのは変わりない』
「修正もう少し進めるが、ミナの身体も心配だ。そんなに余裕ないぞ」
『それもわかる。少なくとも半壊程度には復旧しないとワシントンに行くのは難しい』
「現状は?」
『修復率17%』
さすがにダメだな。カタログスペック全て出せるようにしろとは言わないけど、ミナの身体を心配するあまりに心中というのでは元も子もない。コンソールをいじりながらこれからどうするかを考える。
『それにだ』
「それに?」
『正直なところ我単独で長距離移動するの厳しい。できないとは言わぬが、できれば支援の船でもあると助かる』
「そんなもんどこにあるんだ?」
『この付近にある、はずなのだが……完全に破壊されていなければ』
ムシコロンと違って破壊されている可能性は高いんじゃないかな。何しろセンサーにひっかかってもこなければ、セントラルのサーバにもそんな情報格納されていなかった。あるとは到底思えない。
『ところで、しばらく修復にかかるのであれば、一度タケルとミナさんの事情聴取をさせていただけませんか?』
マキナが俺たちにそんな提案をしてくる。この女結構しつこくミナの命を狙っている気がするので、そこのところは怖い。とはいえ、いつまでもムシコロンの中にもいられない。
「俺たちを捕まえたりミナを殺したりしないだろうな」
『あなたを捕まえてもその機体は使えないんですよね、きっと。ミナさんの症状が緩和しているかを確認させてもらいます。緩和しているとするならセントラルにとっても朗報なので』
『そもそもタケル以外に我のソフトを直せるものもいなさそうだしな。そこは理解しておけ』
『わかりました。キリュウ、案内をお願いします』
「こちらだ」
俺たちはムシコロンを降り、キリュウたちの後についていくことになった。キリュウが元来た道を戻って行き、俺たちがそのあとについていく。しばらく行くと垂直能動輸送管の前についた。
「それでは私たちが先にお二人を案内します」
「頼む」
そういうキリュウとノジマたちを後に、俺たちは蟲滅機関の制服を着た男二人と輸送管に乗り込んだ。空気に押されて移動するらしい、輸送管の移動板に乗って上を目指していくと、やがて管が開いた。目の前には、セントラル保安部の連中が銃を構えている。
「えっ……嘘だろ?……畜生、やりやがったな」
「大人しく縄をつけろ」
「くそっ」
俺とミナは拘束されてしまった。手には簡単に切れない縄が巻かれてしまうし、ここまでか。
「……蟲滅機関の連中はやはり叛乱を考えていたようですね。再起動した機体の隠匿とは、セントラルに対する反逆です」
「そうだな。よく連絡してくれた」
どういうことだ!?俺は蟲滅機関の服を着ている男に、聞くだけ聞いてみることにした。
「あんたたち、蟲滅機関の人間じゃないのか!?」
「機関の?まあそうともいえるし、そうでないともいえる。少なくとも今日からは違うがな」
なんてことだ。保安部にだまされてるぞ、蟲滅機関の人たち。
「蟲化病の娘は処分しろ。そいつはどうする?」
「あの機体を動かしたらしいからな。動かし方吐かせたら処分だ」
誰が言うかよ。そういえばさっきムシコロンにもらったプログラムがあったな。俺の身体なら使えるかもしれんって言ってたが。使うなら今しかねぇ。……うう、頭で操作するの大変だぞこいつは……。などとうんうんうなっていると。
「ん、貴様何をしている!?」
「何もできねぇよ。腕使えないのに」
「こいつ!ターミナルを腕に!?」
「早く取り上げろ!」
「くそっ!これじゃ何もできねぇ!!」
……といったが、
「しかし処分といっても適切に行わないと、我々まで蟲化病になりかねんぞ」
「わかっている。処置室に移動するぞ」
「こんなことって……タケル…」
「すまねぇミナ……」
無線で音声通信くらいはやるかもしれないが、データ通信なんてセントラルが規制してて今日日誰もやるまい。そもそも規制というより知らせないといったほうがいい。こっちとしては連中が知らないことはありがたい。悔しがる振りをしながら処置室に移動する。ミナもだますことになるが許してほしい。
「ん?何か揺れたような気がするが……」
「地震か?」
「気にするな、早く行くぞ」
処置室というところに行くためには、また輸送管を下って行くようだ。セントラル付近の地下には空洞があちこちにあるので、それらを活用しているのだろう。活用の仕方が、処置という名の殺人行為ってのはどうなのかとは思うが。下卑た笑みを浮かべてミナを見つめる男たち。こいつらまさか……。
「お前ら、ミナを処置するだけなんだよな本当に」
「処置する前の蟲をどう使おうが俺たちの勝手だろうが!」
「おいおいいきりたつなよ、最近ご無沙汰だからって」
保安部が犯罪してるぞ腐敗しすぎてないかセントラル。保安部助けてってこいつらじゃねぇか救いようがねぇ……。股間のワームおったててんじゃないぞ!
「ゴミクズどもが……」
「お前はせいぜいそこで見てろよ、なぁ」
「ああ、たっぷり楽しませてもらうぜ」
「そういえばお前らさ、蟲化病に感染すんじゃないのそんなことしたら」
「あぁ?それなら対策はバッチリだ」
何やら小さな箱を取り出す保安部の連中。やれやれだ。そんなとこだけ準備良すぎる。
「いやぁ!助けてムシコロン!!」
「こんなところで叫んでも誰も聞きゃしないよ蟲のねぇちゃん」
「大人しく気持ちよくなろ……」
周囲の振動が激しくなる。突然爆発するかのように何かが空洞から飛び出てきた!この姿は!
『すまぬ遅くなったミナ!』
「ムシコロン!」
「おせぇよ!!」
「蟲機だとぉ!?蟲滅機関は何やってやがる!?」
『いうにことかいて我のことを蟲機呼ばわりとは失礼な奴らだ』
キレるところそこかよムシコロン。静かに機体の中指と親指で輪を作っている。……まさかお前その構えは。
『死なない程度に痛い目を見てもらうぞ』
「……ムシコロン。タクティカル・デコピン」
「へぶらっ!?」
「はぶるっ!?」
男達はムシコロンの指に吹き飛ばされて、地面に転がっている。……殺してないよな。俺は男達を指さした。
「これ、生きてる?」
『安心しろ。我は鶏卵すら指でつまめる制御が可能だ。……五回に一回くらい失敗して割ってたけど』
「全然安心できねぇよ!!」
残りの男たちが震え上がっている。喋る兵器が死なない程度に暴力振るってくるのは恐怖だろう。……死んでないよな?一応確認してみると、虫の息だが生きているようだ。
「しかしムシコロン、ずいぶん遅かったな」
『この空洞にこいつが穴を掘っていたので、潰してから来たからな』
そういうとムシコロンが蟲機の頭を保安部の連中に投げつける。小さな悲鳴が上がる。
「ムシコロン、こいつはなんだ?」
『ケラという昆虫をベースにしたと思われる蟲機だろうな。……
ムシコロンがいまいち何を言っているのかわからないが、ともかくミナの貞操と生命、そして俺も助かった。ミナがムシコロンの指を掴んでいう。
「ありがとう、ムシコロン!」
『いや、むしろ遅れてすまない』
「何にせよ間に合ってよかった」
『この蟲機の構成ゲノムのおかげで若干地形適正を合わせられるから、我としては強化できて助かった。ただ、掘って来れなかったら間に合わなかったかもしれぬ』
マジか。ケラ蟲機に感謝だな。とりあえずムシコロンと保安部の人間をしばきあげ服で縛り上げる。蟲殺機関の制服を着た人物たちが走ってくる。思わず身構える。女が心配そうに聞いてきた。
「大丈夫ですか!?」
「マキナ……さん?」
小柄な女がマキナだったのか。ミナは二重の意味で不安を隠せなさそうだ。だが、マキナは微笑しつつこう返してきた。
「はい。急に姿を消したということで逃げ出したのかと思ったら、まさか保安部がこんなことをしていたとは……」
キリュウたちも俺たちを心配そうに見ている。ノジマに至っては全く怒りを隠していない。殴りかねない顔をしている。止めないと殴り殺しそうだ。
「俺はバカだと思っていたが、俺以上のバカどもがここにいたとはな」
「ひでぇことしやがる。未遂で良かったがこの分だと余罪はありそうだ」
半裸で血塗れのノジマが睨んでくると凄みがある。俺が睨まれてるわけではないので怖いわけでもないが。半分呆れたように俺はぼやく。
「まさかわずかな間でこんなことになるとは思ってなかったぞ」
「保安部の連中が来る前にこいつらと一緒に戻るか。連中絶対証拠隠滅するだろうからな」
ノジマのいうことももっともだ。さっさと蟲殺機関の拠点に移動しよう。今度こそ大丈夫だと思いたい。
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