第12話 理由



 俺たちが格納庫に移動すると、ムシコロンが内蔵プリンタで、数字がいくつか書かれた紙を印刷している。


『タケル来たな。これを皆に配ってくれ』

「わかった。ん?なんかこの紙、穴を開けられるようになってる?」

『そうだ。やり方は皆がそろったら説明する』


 皆がそろうと、ムシコロンが球がいっぱい入った道具を取り出した。


『この中から球を取り出し、数字を読み上げる。あと一つになったら手を挙げて前に出てくれ』

「懐かしいな。子供の頃やったきりだ」


 ミドウがしみじみそんなことを言う。こちらからしたら全く未知のイベントだよ。


『汝ら紙持ったかー?ではビンゴ大会始まるぞー!』


 困惑する一同。ミドウが拍手をしているから俺もマネしてみた。拍手が増えてきた。


『では説明する。今からここにあるカゴを誰かに回してもらう。……そうだな、ミナ頼む』

「わかった。この横の取って回せばいいの?」

『うむ。それでは回してくれ』

「球が出てきた」

『数字を読み上げてくれ』

「32」


 ミナが数字を読むと、一同、あっただのないだの言い出す。


『32があった者は紙の番号を折り曲げる』


 紙を破く音があちこちでする。なるほど、こういうふうにやるのか。


『一列が並んだら勝ちだな。あと一つ開ければ一列並んぶようになった者は前に出てきてくれ』

「なるほど、そういう遊びか」

「真ん中に数字がない。ムシコロン。しかもなんて読むのかわからない」

『すまぬキリュウ、そこは FREE と書いてある。最初から開けておいていい』


 全員が紙の真ん中を開け始める。数字の読み上げが再開し、みな一喜一憂する。10個ほど出たところで、ユウナが手を上げた。


「わたしあと一つです」


 おおおお。とざわめきがおこる。早いよ!俺はまだかよ。早く前に行きたいところだが……10人くらい並んだところで俺もあと一つになった。


「俺も俺も!」


 そこからが意外に長い。あと一つなのになかなかこない……よく考えたら確率かなり低いか。などと思っていると、一列に並んだ人がいるようだ。整備班長だなあれは。


『うむ、そろったら『ビンゴ!』と叫ぶのだ』

「そうか。なら、ビンゴぉ!」

「整備班長、おめでとうございます。いつもありがとうございます。これは一等の賞品です」


 そう言ってククルカンが何かを持ってきた。


「酒か!まさかまだあったとは!?」

「整備班長酒ってなんだよ」

「タケル酒を知らんのか。飲むと気持ちよくなるやつだ。タケルはもうちょい大きくなってからな」


 まさか、子供は飲めないとかあるとは思わなかった。くそう、美味いなら飲みたいぞ。将来絶対飲みたい。そんなことを思っていると、今度はユウナがビンゴだ。


「ざんねんですぅ……」

『二等は我からプレゼントだ。古典映画詰め合わせセットだ』

「映画ってなんですかぁ?」

『ユウナも見たことがないのか?』

「そうだ、あとで皆さんで見ませんかぁ?」

「いいのか?ユウナの賞品だろ?」


 ノジマがそう聞いてくるが、ユウナは首を横に振る。そして微笑んでこう返す。


「みんなで見たほうがきっと、楽しいですぅ」

「なら一緒に見るか」

『我が映像を投影するから皆で後で見よう』


 ビンゴ大会が終わったら映画大会か。どんな映画なんだろう。俺の番はまだかよ。どんどんビンゴしていく周囲を横目に、俺は一列を開けることができない自分の紙を見つめている。あ、ミナもビンゴか。


「わたしも!ビンゴっ!」

「ミナさんにはこちらを」

「なんだろ?……わぁ!可愛い服!ありがとうククルカンさん!」


 結構いろんなものを提供してくれてはいたが、全員には行き渡らないようだ。……俺にもこなかった。ミナが喜んでいるからよしとするか。ビンゴ大会が終わり、そのまま映画大会が始まった。何やら巨大な船が沈む映画だった。女の子たちが泣いていたが、そんな泣くほどか?


「レオ様可哀想……」

『……レオ様は役名ではないぞユウナ』


 色々あったが、かつての人類はなかなか楽しい人生を送ってたんだということが分かった。羨ましい。映画も終わり、皆部屋に戻って行く。楽しい時間はすぐに終わったが……ククルカンやミドウは何故俺たちにこのようなことを教えたんだ?


 ……ベッドの上で俺はそのことを考えている。ククルカンは復讐がしたい、そう言っていた。蟲滅機関を復讐に巻き込むとも。でもこれではまるで、皆にレクリエーションを提供しているだけではないか。とても復讐者のやることとは思えない。


 だが、その一方でだ。


 何の意図もなしに、こんなことをするとも思えない。ククルカンは何を俺たちに教えたかった?ビンゴ大会、映画、美味しい食べ物。これらの共通点は大戦前の人類の文化、ということだ。大戦前の人類は、今の灰色の地下生活からすると、様々な色に彩られていたと言ってもいい。それを、今の地下生活しか知らなかった人間が知るとしよう。これは、毒だ。甘美な毒だ。一度味わうと二度と元には戻れない。


 蟲滅機関の人間は激しい訓練や厳しい戦いをする一方、日々美味しい食べ物を食べさせられ、大戦前の文化を経験する。何が起こるだろうか?今の地下生活に戻れるのか?


 寝付けないので廊下をうろうろと散歩していると、格納庫の方に向かうククルカンの姿を見つけた。俺もそちらの方になんとなく歩いて行く。


 格納庫に着いたククルカンがムシコロンを見ている。俺にも気がついたようだ。


「こんな遅くにどうされました?」

「ククルカン」

「なんでしょうか?」

「蟲滅機関のメンバーに大戦前の文化を経験させるのも復讐なのか?」

「……そうだともいえますし、そうでないともいえますね」

「どういうことだ?」


 ククルカンは寂しげな笑みを浮かべた。


「蟲機を殲滅し、地上を取り戻す。それが私の復讐です。それはいい」

「?」

「問題は、仮に復讐が成功したとして、私の生徒たち、学生たちに残るものは?私はそこが不安になりました」


 いまいち言いたいことがわからない。生徒とか学生って何だ?


「地下のこの狭い世界の僅かな知識と経験で、地上を取り戻したあとどうやって生きていくか。その指針も何も無しに放り出す。それは無責任極まりないことだと私は思います」

「ククルカン、あんたはその後のことを考えているんだな?復讐の後のことを」

「そうです。私は復讐が終わったら静かに去ります。ですが、それでも皆さんは生きていかないといけない。だから、少しでもその後のことを考えたいのです」

「そうか」


 蟲滅機関のメンバーがククルカンのことを先生と読んでいるのは、そういう経緯だったか。


「さあ、タケルくん。さすがにもう遅いですよ。寝る時間です」

「お互いにな」

「そうですね。それでは、おやすみなさい」


 ククルカンにそう言われたので、俺は部屋に戻ってベッドの上に寝転がった。疑問が全部消えたわけではない。わけではないが、少なくとも眠れるくらいには疑問は解消したようだ。


 翌朝、俺とミナは、騒々しい声で目を覚ました。一体何が起きている?また保安部絡みじゃないだろうな、嫌な予感しかしない。服を着替えて部屋を出るとキンジョウが走ってきた。


「タケル、君も急いで来てくれ」

「何があったんだ?」

「保安部が蟲化病の患者を何人か捕まえているんだが、患者の解放条件として我々が捕まえている保安部員の解放をしろとのことだ」

「なんでそんな人質みたいなことを」

「保安部としては蟲化病の患者の処分は色々と利があったのだろう。それを奪われるのが嫌らしいな」


 なんだよそれ。利があるってのが、いやらしいことをするとか楽しみの為に殺すとかなんじゃないかという気もする。できたら当たって欲しくない感だが、外れることはなさそうだ。マキナもこちらに走ってきた。


「キンジョウ!ここにいましたか!?」

「今タケルくんに説明をしていたんだ」

「せっかくムシコロンが治療への足掛かりを用意してくれたのに、これでは……」


 マキナが震えている。保安部が蟲化病の人間に何をしていたがを知っているのだろう。それはおそらく想像だけでできそうである。


「ムシコロンを出すか?」

「できたら刺激は避けたい。避けたいがこうなってくると激突は避けられまい」

「こっそり出してください。可能ですか?」


 俺は目を閉じて、少し考えた。やがて。


「可能だ。水面下、ならぬ地面下でこっそりと進むことにする」


 蟲化病の患者がミナの他にもいるとは。助けられたら助けたい。時間の猶予は、あまりない。

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