怨讐のディアボロス外伝 殺虫機ムシコロン 

とくがわ

第1話 殺虫機ムシコロン


 俺たちは追われている。


 病気になってしまった妹のミナの命を、奴らがつけ狙っているからだ。俺は端子プラグを探しながらミナの手を引いて走り続ける。携帯型演算機ハンドターミナルをつなぎさえすれば、この状況を打破できるかもし


「蟲を見つけた。これより排除する」

「ミナは蟲じゃねぇ」


 振り向かずに俺はそう言い放つ。ミナのことを蟲扱いしやがるような嫌な奴らが、俺たちに追いついてきた。このままではミナの命が危ない。俺はそのまま、壁に端子がないかを探し続けつつ走る。あるじゃねぇか。端子に携帯型演算機をつないで、壁を調べ始める。


神経接続ナーブコネクト完了。バイオニクス・アーキファクト操作モードに移行します』


 今時、直接接続ダイレクトコネクトなんてするやついないからか、ユーザ認証もパスワードも要求されない。されてもパスワードは形骸化されているか、逆に既に死んでいるユーザの生体認証だ。それなら初期化するけど。


『操作開始。隔壁位置情報を提示します』

「隔壁を横に……お、これ下げ」

「立ち止まって何かしているかもしれん。慎重に近づけ」


 男達が、銃を構えたまま俺たちに近づく。身体にはゴテゴテと何かを付けている。生体オーガナイズド強化歩兵パワートルーパーか。


「タケル、あの人」

「接続……今それどころじゃない」

「……結構カッコいい……」


 ずいぶんと余裕ありますねミナさんよ。そりゃ妹だからな、別に他のいい男好きになるのはいいけどさ。


「でもタケルの方がカッコいいけど……」

「蟲化病が目にくる程悪化しやがって……早く治してやるからな」

「もう……」


 涙をふくふりをする俺の背中を、ミナが軽く叩く。冗談を言える余裕があるうちはなんとかなる。隔壁が動き始めた。群体筋肉コロニーマッスルの動作は正常のようだ。隔壁が開き始める。


「抵抗するなら撃つ!」

「逃げるのは抵抗に入るのか?」


 俺がそういうと、追ってきた男(顔はカッコいい)が一瞬止まる。


「抵抗と言ったら反撃とかすることだよな?逃げるのは入らないよな」

「ちょっと待て……俺だ。今逃亡者が逃げるのは抵抗に入るのか聞いてきて……入るのか。すまない。俺はバカだから……」


 どうやら男が俺の発言を間に受けたようで、そいつを問い合わせていたようだ。いくらなんでもそれはどうなんだよ。そんなことを思っていると隔壁が開き始める。


「ミナ!行くぞ!」

「うん!」

「待て!撃つぞ!」


 俺とミナが隔壁の穴に入った次の瞬間、。計算通りだ。銃声が背後から響くが、隔壁は抜けなかったようだ。


「何だと!?何が起こった!?俺だ!隔壁が急に開いた上、上から別の隔壁が!……そうだ!……わかった!迂回する!」


 どうやらまだまだ追ってくるつもりらしい。どんどん隔壁を移動させないと。多数の隔壁を操作する。監視用バイオセンサーにもアクセスできた。よし、これで連中の動向を見られる。壁と壁の隙間に2人寝られるくらいのスペースを作った。今日の寝床はここになりそうだ。天井の明かり消したいが、通路の明かりは消せない。地下暮らしを少しでも明るくするためだと。


「……ったく、蟲滅機関ちゅうめつきかんなら蟲だけ殺してろよ」

「しょうがないじゃない、蟲化病の患者は蟲化して、最後には蟲になるんでしょ?」

「まだなってねぇだろミナは」

「タケル、本当に治せると思ってるの?」


 治せると思っているか、か。ミナは不安そうに俺のことを見ている。家族の贔屓目だが、妹は美少女と言っていいと思う。妹だけどどきっとさせられる。俺は変態シスコンじゃないんだからどきっとしたらまずいのだが。


「思っているか?いや、確信してるんだ」

「確信?」

「治せるってことをな」

「でも、どうやって」

「それはこれから探す。だけどな、これを見てくれ」


 壁の一部を発光させる。動画がここらにあったはず……あったあった。画面に白黒だけど動画を流せる。よしよし、いい子だ。


「絶滅戦争終盤の映像をセントラルの生体サーバから入手ハックした。蟲化病の治療法が完成しているって昔のニュースだ」

「なら何でセントラルは私たちを殺そうとしているの?」

「セントラル自体には治療法が無いんだ。ここから治療法のある場所まで行かないといけない」


 ミナの表情が曇る。そして、慎重に言葉を選ぶように俺に聞いてきた。


「つまり、それって、地上の、セントラルの外に出ないといけないってこと?」

「そうなるな」

「自殺行為でしょそれ!?外には蟲がうじゃうじゃいるよ!」

「逆に言うなら、外に出てしまえばもうセントラルは追ってこないはずだ」

「それはそうかもしれないけど、蟲にたかられて死ぬのがオチじゃない!」


 俺たちが「蟲」と言っているのは大型、小型様々の外骨格エクソスケルトン生体機械バイオニクスの総称である。特に大型の蟲機ちゅうきは人間の数倍、ものによっては数百倍の巨体であり、人間など瞬殺できてしまう。絶滅戦争の最中に作り出されたそれらは、人類の90%を死に追いやった。


 蟲がどうやってできたか、誰が作ったかについては様々な意見がある。ただ、一つ言えるのは、蟲は人間と分かり合えないということだ。一方的に屠られる獲物とハンター、それが人間と蟲の関係である。


「だが、これにも可能性がある」

「可能性?」

「絶滅戦争末期に、人類が作ろうとした兵器がある。これがな、。セントラルの情報が正しいなら」

「それなら何でセントラルはそれ使わないの?」

「使わないのか使えないのかはわからないが、もし使えない理由が情報認証ソフトプロテクトなら俺なら突破できるかもしれん」


 タケルはそれ得意だもんね、とミナが小声でいう。


「それでも、空気を掴むみたいな話ね。全部。どこにあるのかわからない治療法。動くかどうかわからない兵器。おまけに外は蟲だらけ。これでうまくいったら奇跡どころの騒ぎじゃないわ」

「やらなきゃゼロだし、起こそうとしなければ奇跡だって起きないだろ」

「それはそうかもしれないけど」

「ミナ、ネガティブに考えるのは腹減ってるんだよきっと。ほれ、圧搾携行食ならまだまだある」

「うげ……これ口の中パッサパサになるやつよね」


 仕方ないだろ、そんなものしか持ってこれなかったんだから。


「あとは……そうだ、

「は!?」

「知らなかったかミナ?隔壁動かす群体筋肉は食えるんだぜ」

「う、うそでしょ?」

「本当。俺ずっと食ってる」


 ミナが遠くを見ながらぶつぶつつぶやいている。大丈夫かな、蟲化病が進行してないか?壁を操作して筋肉を露出させる。少しなら取っても大丈夫だ。


「これを壁の回路から取り出して、電流調理で……」


 電圧をうまくかけて焼く。昔の人間が感じたであろう香ばしい匂いがする。美味そうだ、そう思う。


「うぅ……信じられないけどいい匂いがする」

「塩はある。食べてみろ」

「はふ……うそこれ美味しい!こんなのはじめて!肉とはちょっと違うけど美味しい!!」

「この筋肉は貝って生物を基にしたらしい。貝はよく食べられてたようだぞ、昔は」


 壁の動作のための組織は貝柱などを参考にしている、とセントラルの記録に残っていた。


「ふぁーお腹いっぱい……眠くなってきちゃった」

「そうだ。水がないからこれ飲んどこう」

「これは?」

「群体筋肉の培養液。ほんのり甘いし美味い」

「タケル……ちゃんとしたもの食べよう?今は仕方ないけど」


 意外に美味いんだけどなぁどれも。……もっともミナには、美味しいものを食べさせてやりたいのも確かだが。腹が膨れたら寝る、壁の明かりを消して。人工の明かり以外、ここにはない。


 目を覚ました俺たちはしばらく進むと、巨大な空洞にたどり着いた。目の前には何かの残骸のようなものが、蟲機の残骸と共に転がっている。まるで巨人のような機体からだが、そこにある。


「これか?あちこち光ってるし、たしかに生きてるなこれ」

「壊れてるんじゃない?」

「調べてみないとわからない。おぉ、端子の口あるじゃないか!いけるかも!」

「そこまでだ!」


 俺が端子を機体に差し込んだ途端、聞き覚えのある声がした。機体に銃弾が弾かれる。


「蟲滅機関!追いつかれたか!」

「その蟲を渡せ!さもなくば両方とも殺す!」

「お前らの殺す相手は人間じゃなく、蟲だろうが!」

「お前の側にいるそいつこそ蟲だ!」

「まだ違う!俺が治すからな!」


 また銃声がした。今度は足元を狙いやがった。


「そんなことができるわけがない!俺はバカだが、そのくらいは理解している!蟲化病に感染した人間を治療する方法などないことは!」

「いや、ある。……あるんだ」

「バカなことを……大人しく蟲を渡さないなら次は……なっ!?」


 男が急に俺から目を離した。蟲滅機関の男が銃を蟲機に向けながら叫ぶ。


「蟲機!こんなところにまで入ってくるとは!?」

「相手をしてやる。蟲機」


 カッコいい男は何言ってもさまになる。機械のような生物の様な音を立てながら、全高数メートルはあろうかという六つの手足を持つ緑色の蟲機が、蟲滅機関の男達に飛びかかる。だが、先程俺に怒鳴っていた男が、軽々と飛びかわし、蟲の背に飛び乗った。そのまま至近距離で銃弾を首に叩き込むと、蟲機の首が吹き飛んでゆく。その間にも俺はハックを続けているが、まに合うか?いや、イケる!


「すごい……」

「ミナ!今のうちに!」

「あっ!くっ!また来ただと!?」


 さしもの男もさらに二機追加で来た蟲機を相手にはできなかったようで、蟲機の体当たりに突き飛ばされてしまう。なんとか機体にの中に乗りこんだぞ!機体の機能は生きているようだ。


「今のうちに逃げ……動くぞこいつ!?嘘だろこれ……強化歩兵パワートルーパーの出力の100倍!?」

「タケル!お願い助けてあげて!!」

「ミナ!それだとお前が!」

「ここで助けなかったら、私達蟲以下よ!」

「くそっ!一度だけだ!」


 俺は機体の腕を動かす命令を、直接端末から送り込む。機体はぞんざいに両腕を振り下ろし、二機の蟲機を吹き飛ばす。それだけで蟲機たちは、まるで羽虫のように潰されてしまった。なんて力だ……。俺はつぶやくしかなかった。


「すごい……こいつは……」


 突然、機体が喋り出した。昔の兵器、しゃべるんだな。


『我を覚醒させたのは汝か?我はバァ……認証エラー……モード・ベルゼ……移行……』

「お前は蟲を殺せるのか!あの蟲機すら虫けらのように!」

『機体の損傷を確認、修復シーケ……開始』

「殺虫……そうだ!お前は殺虫機ムシコロンだ!」

『……はあぁ!?』

「よろしくな!ムシコロン!」

『ちょ!ちょっと待て汝!その名前いくらなんでも酷くないか!?やり直しを要求するぅ!!』


 俺たちの掛け合いを、ミナは微笑みながら見ていた。そして。


「ありがとう、タケル。助けてあげてくれて」

「お、おう」

「相変わらずネーミングセンス酷いけど……」

『そうだそうだ!呼び名変えろ!』


 ムシコロンは文句を言っているが、蟲を殺す機体にそれ以上にいい名前があるなら教えてほしい。


「俺はバカだが、俺でももう少しいい名前つける……」


 蟲滅機関の男が立ち上がった。蟲機と戦って攻撃喰らって、なお立ち上がれるって蟲滅機関ってバケモノだな。


「生きてたか、それじゃ俺たちは行くぞ」

「待て」

「待てと言われてもな。ミナを殺されるわけにはいかない」

「どこに行くんだ!?」

『そうですよ、どこに行くと言うのですか?』


 不意に、天井から声がしてきた。女の声の様だが、俺たちの戦いを見ていたとでもいうのか?


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