第32話 虚構と現界


 ノジマの心臓が、止まっている……いや心臓が吹き飛んでいる……即死じゃないか、そう思っていたとき突然白いガスがノジマに吹きかけられた。


「何をしておる!早く凍らせんか!今ならまだ死にたてじゃから間に合う!!」

「間に合うって、心臓ないだろうが!」

「そんなもんじゃろうが!」


 魔女の婆さん(外見幼女)無茶苦茶言いやがる!しかし死なずに(いや死んでるけど)済むならそれはそれでいい。俺も幼女ババァに怒鳴りつける。


「幼女ババァ!ノジマを頼んだぞ!」

「言われなくともわかっとるわ!そんなことよりドームに早く向かわんか!」


 ドームに突入して、いよいよこの中に起きていることを明らかにする必要があるのだ。


「よぉし行くぞぉ!真・ムシコロン!」

『だぁかぁらぁ!我のことをそう呼ぶなって言っておるだろうが!』

「それよりタケル、このまま突入してどうにかなるのかな」


 ミナの言うこともわからないでもない。このドームの中はいうならば敵の中枢の一つだ。上手いことやらないとこちらが返り討ちにあっても不思議はない。


「俺に考えがある。ムシコロン、直接触れないように周囲から『観測』してみたい。できれば『干渉』もしたい」

『なるほどな。この中は巨大な生体量子サーバだってことだったな』

「どういうことなのムシコロン」

『この中で連中は好き勝手に世界を書き換えているわけだ。その仕組を外からいじれないかということだな』

「察しがよくて何よりだ。重力制御でなんとかいけないか」


 ムシコロンは重力制御もできるから、統一理論が真であるとすると全ての量子を制御できることになる。うまくすれば気づかれないように量子サーバを弄れるわけだ。


『やってみるぞ!重力制御!干渉開始!』


 ドームの外壁から重力干渉によりムシコロンがコントロールを奪いにかかる。しばらく続けていたのだが、ムシコロンの反応がおかしい。


『タケルよ』

「どうしたムシコロン?」

『すごく変なことを言うぞ。

「はぁ!?」


 いやいやいやあるに決まってるだろシミュレータじゃないんだから……本当に?


「……ムシコロン、ひょっとして」

『ああ。そういうことか……』

「どういうことなの2人とも?」

「ミナ、どうやら俺たちのいる世界そのものがだったんだ」

「何言ってるのタケル!?」


 とはいえ違和感が全くないわけではない。何かがおかしい。


『更に変なことを言うぞタケル。我の中にタケルたちがいる世界とそうでない世界が重ねあって存在するのを、我自身が感知している』

「どういうこと?」

「まさかと思うがムシコロン、お前からみて一方の世界にはな?」

『正解だ。おそらく観測者問題を回避するためだ』

「言ってることがよくわからないな」


 俺とムシコロンでミナにざっくり説明をする。この世界をイジる存在は、計算量を減らすために人間の物理的シミュレーションをやめたのだ。量子レベルでの操作おっぱじめる人間をいちいちイジるのは限界がある。より単純な物理処理のみを世界に適応し、それで世界を作り替えた。


「自然現象も放置しているようだな」

『言うならば量子的プロジェクション・マッピングだ。実際の世界に我らの影を投影することで世界の辻褄を合わせているのだ』

「ずいぶんセコいことしてるんだね」

「全くだ。なんだってそんなことしてるのか理解できん」

『更に現実世界にいる人間を演算装置として使うことで、イジった世界を維持しているようだ』


 なるほど……目的はともかく世界の側を操作、維持する方法はわかった。ミナの言うこともわからなくもない。セコい。


「ムシコロン、俺たちはに行けるか?」

『……面白い。やってみよう』

「何するの、タケル、ムシコロン」


 俺は口角を上げてこう叫んだ。


「決まってんだろ!殴りにいくんだ!物理的にな!」


 ムシコロンの干渉を続けていくうち、俺とミナ、そしてムシコロンはドームへと溶け込んでゆく、ようにからは見えたろう。キリュウの叫び声が聞こえる。


『何をするのか全くわからんがやめろ!姿が消えていってるぞ!』

「心配するなキリュウ。全て終わったらみんなあっちに行くからな!」

『あっちってどこだ?』

だよ!」


 俺たちの姿は、そしてドームの向こう側の世界に『現界』する。俺とミナはムシコロンの中で目を覚ました。……いつの間にかムシコロンの中にカプセルが存在して、そこに『俺たち』がいたのだ。


『……あちらの世界からはタケルとミナの存在は消失したな』

「ムシコロンは両方を観測できているのか?」

『できるようになった。両方を行き来できるともいえるな。……そうか、あちら側の我の身体に縮退炉が見つからなかったのはそういうことか』

「どういうことだ?」

『周りを見てみるといい』


 俺たちの周りには、無数の『棺』が並んでいた。棺からは何かの線がつながっている。これが生体量子サーバの正体ということか。棺の透明な部分からは人間が見える。


「この人たち生きてるの?」

『生きてはいるな。夢の中にいるようなものだが、違いがあるとするならそれぞれの夢が共有されているということか』

「でもなんでこんなことをしているんだろう……」


 ミナのいうことはもっともで、このようなことを引き起こした奴はこうしたのか、全くわからない。


『……ここにいても仕方あるまい。先に進むとしよう』


 ムシコロンが宙に舞い上がると、俺たちの周りに蟲機が群がってくる。大した敵ではないが、とにかく数だけは多い。


『たかってくる蟲どもが』

「ムシコロン、まとめて始末するぞ」

『応!』


 振り向きざまに裏拳を叩き込む。ぶっ飛ぶ蟲に飛びつき、脚を掴んで振り回して次々と蟲を始末してゆく。


「真空竜巻!ムシコロン!トルネエエエェェェド!!」


 そのまま空の上に引きずり上げ、蟲柱と化した蟲機の群れに向かって、必殺の一撃を放つ。ムシコロンの胸元の空間が歪み、重力が反転する!


「ムシコロン!真・グラビティ・ノヴァアアアアァァァぁぁぁぁっ!!!」

『宇宙の果てに!落ちろ蟲機!!』

「いっちゃええぇぇぇぇっ!!!」


 無数の蟲機が、空間の裂け目から見える宇宙に吸い込まれていき……閃光。爆発してゆく蟲機を横目に、俺たちは次の蟲機の群れを睨む。


「ムシコロン」

『どうしたタケル?』

「ワシントンは、どっちだ?」

『ここからだと10,000キロくらい離れているが……。そうだな、今の我なら』

「どうするの?」

『決まっている。このまま一気に突っ切るぞ!システム全開!空間制御開始!』

「空間歪曲!!ムシコロン・レイジング・ランサアアアアァァァっ!!」


 ムシコロンが光速に近い速度で移動するため宇宙に向かう際に発生した空間の歪みで、無数の蟲機が爆発四散していく。眩い閃光の中、高度2600キロにまでほぼ瞬時に到達した。


 眼下には地球が見える。蒼く、そして緑色に溢れたこの星は、今は蟲の星でもある。


「ワシントンD.C.はどのへんだ?」


 ムシコロンが指を指す。指の先にある場所。そこが終着地だ。

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怨讐のディアボロス外伝 殺虫機ムシコロン  とくがわ @psymaris

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