第22話 化身


 天空から、巨大な金属の輪のようなものが撃ち出される。俺たちはそれをかわすが、見た目に反してかなりの速度だ。あんなものを直撃したら確実に機体がどうにかなってしまう。かわしたと思ったが、背筋に冷たいものを感じる。


「後ろからくるぞ!」


 俺の叫びとともに、ムシコロンが横っ飛びに飛びかわす。すれすれを金属の輪が通り過ぎてゆく。輪が、その機体の腕にひきよせられるようにくっついたのを俺たちは目撃する。


「どういう仕掛けだ?」

『シンプルだが、強力だぞ。あれは大出力の電流を磁気に転換している。つまり巨大な磁石だ』


 つまり磁力を利用し、発射したり引き戻したりしているのか。それにしても、俺たちのことを敵と認識しているのか。思わず大声で叫ぶ。


「待て待て待て!俺は敵じゃない!」

『你们这些虫子! 去死吧!』


 なんて言ってんだよ?俺しゃべれないぞその言葉。そうだ、ムシコロンの回線使えばよかったんだよ、落ち着けよ俺たち。


「ムシコロン、回線開くぞ。周波数を通信域全てに」

『無茶苦茶言うな』

「あいつの通信域わかるのかよ!?」

『そうするしかなさそうだ!なっ!』


 左右から複雑に飛び交う鉄の輪を何とかかわすが、とにかく当たったら大惨事だ。こいつは強い。最低でも今のムシコロンと同等には強い。


「つながりそうか!?」

『今やってる!……電波を検知したぞ!770MHzか!よし!』


 ざ、ざっという音とともに、その機体のパイロットの叫び声がする。飛び交う鉄の輪をかろうじてかわし続ける。あ、かすった。かすっただけで機体が軽く吹き飛んだぞ。機体に反して威力が重い!


『乾坤圏!!我要那个!!』

「待て待て待て!俺たちは蟲じゃない!!」

『他到底在说什么?』

『中国語は苦手なんだがな。你好。我们是从日本来的……ってその声!?』


 急に哪吒、と呼ばれた機体が動きを止めた。鉄の輪を腕に戻すと、考え込むようにし始める。攻撃を止めてくれるのは助かるが。


『嗯,日语翻译在......その声は老师せんせい?』

『ナタクのパイロットはお前だったのか、昊天ハオツィエン?』

「知り合いなのか!?」

『昔の同僚の子供だ。一緒に飯を食べたこともあるぞ』


 おいちょっと待て!?お前ロボットだろ。ロボットが何で飯食うんだ!?


「ムシコロン……おまえ、人間だったのか?」

老师せんせいは人間だぞ?何言ってるんだそっちのもう一人のパイロットは』

『すまん昊天ハオツィエン、我はもう人間ではない……』

『えっ!?まさか、老师せんせいまで?なんで!?』


 老师せんせい??ということは……。ムシコロンが、機体を前のめりに停止させる。


昊天ハオツィエン、お前……病が……』

『気にすんな老师せんせい。俺は今母さんと一緒なんだ。母さんはここで俺たちを治す方法を研究している』


 俺はあまりのことに言葉が出なかった。ムシコロンが人間?哪吒の中の人?もメカになった?意味が分からなすぎる。


『おーい、そっちのパイロットー!?しっかりしろー?』

「あ、あぁ。すまん。どこから驚けばいいのかわからんかったんだ」

『気にすんな。それで、あの船で来たのか日本から』

「そうだ。途中に蟹がいたけどな」

『蟹?』

「なんか、ビーム撃ってきた」

『撃ってきたな確かに』


 昊天ハオツィエンはあきれたように俺たちに言う。


『蟹はビーム撃たないだろ普通』

「奇遇だな、俺たちもそう思ってたんだ」


 蟹がビーム撃つのと人間が機械の身体になるのと、どちらの方が現実味がないかは疑問が残るが。昊天ハオツィエンがこんなことを提案してきた。


老师せんせい、我々のところに一度来ませんか?』

「いいのか?」

老师せんせいの仲間なら大丈夫だろう。そう判断した』

「わかった。ありがとう」

『别客气』


 こうして俺たちは一度船に戻り、哪吒たちのことを説明する。ククルカンはどうやら知っていたようで、二つ返事で快諾してくれた。哪吒に知らされた座標まで移動すると、そこには廃墟があるだけのように見える。……いや、よく見ると廃墟に何か細い糸のようなものが絡まっている。


「これはなんだよ……」

「普通じゃないのだけはたしかだな」

「あんなところにすさまじく大きなキノコがあるな」

「そんなんどうだっていいだろキリュウ!バカなこと言ってないで目的地探せ!」


 などと俺たちが言い合っていると、呆れたようなそぶりで哪吒がやってきた。


『遅いぞ日本人たち。こっちだ』


 こっちだと言われても、見渡す限り巨大なキノコ、キノコ、そしてキノコじゃないか。どこに拠点があるんだよ。


「いいけど昊天ハオツィエン、どこだよ入口?」

『……母さんの技術は大したものだろ?』


 入口が全然わからないと思ったら、キノコの下から巨大な穴が出現した。


「そういうことか……セントラルは木質中心だったが、藩陽、ここもバイオ技術の拠点だったな!」

『セントラルってなんだ?』

「俺たちの産まれたところ、そして追われたところだ」

『なんかすまんな』

「気にするな」


 そんなことを俺と昊天ハオツィエンで言い合っていると、キノコのようなものから光が見える。


『生体光ファイバー。母さんの研究は今も続いているんだ。俺を元に戻すために』

「そうなのか……」

『蟲になるくらいなら、この擬神機、哪吒の化身になる、俺がそう言った時母さんは悲しそうな、だけど誇らしげな顔をしてくれた』


 擬神機?またなんだか知らない単語が出てきた。


『そもそも人間を蟲、いや蟲機化するバイオニクス技術は、擬神機の劣化版に過ぎないんだ』

『劣化版というのは言い過ぎだ昊天ハオツィエン。むしろ量産特化と言うべきだと我は思う』

「ムシコロン的にはそういうものか」

『そうだ。擬神機の性能や汎用性を限りなく落とす代わりに、生産性を限界まで向上させたのが蟲機だ』


 そういう関係かよ。なるほど、ムシコロンが蟲機を取り込めるわけだ。


『まぁその辺りは色々あるがな。母さん、帰ったよ』

「おかえり。……日本からわざわざ来たと伺ってます」


 昊天ハオツィエンの母が、俺たちを待っていてくれた。やや疲れた表情の女性だが、こちらも美人だ。若い頃はずいぶんとモテたのではなかろうか。


『ああ。久しぶりだな、紫萱ツィシュアン

「その声は……嘘ですよね?老师せんせい……?」


 どうやら2人とも、ムシコロンの人間だった頃の知り合いのようだ。





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